第24話:餌付けと魔法
「ま、魔獣!?」
直後、楓は身動きが取れなくなってしまう。
見た目には完全にリスの姿をしているが、相手は魔獣だ。
実はものすごく凶暴かもしれない。ひと噛みされれば肉を食いちぎられるかもしれない。
そんなことを考えると、どうしても動けなくなってしまったのだ。
『……キュ?』
「ひいっ!?」
「あー……カエデ? たぶん、大丈夫だよ?」
リスが鳴くとすぐに悲鳴を上げた楓を見て、ティアナは少しだけ面白そうに笑いながらそう口にした。
「へ? そ、そうなんですか?」
「その魔獣はハピリス。目撃するだけで幸運を呼ぶって言われている、珍しい魔獣なの。とてもおとなしくて、臆病なんだけど……なんだか、カエデには懐いているみたいね?」
リスの魔獣であるハピリスは、襲ってくるわけでもなく、ずっと洋服のすそを掴んだまま、ジーっと楓を見上げているだけだ。
いったい何を求めているのか分からず、楓は困惑顔でティアナを見るが、彼女も分からないのか似たような表情を浮かべている。
「……私のサブスキルって、従魔じゃない魔獣にも効くんですかね?」
思い付きで呟いた楓は、そっと右手を上げて、ハピリスの頭を撫でてみた。
「……ねえ、ハピリス。あなたは何を求めているの?」
『キュッキュキュッ!(それ美味しそう!)』
「へ? ……こ、このお肉?」
『キュキュ!(うん!)』
実のところハピリスは、楓が生姜焼きを作り始めてからずっと、気配を消しながら近くの木の上で待機していた。
ジーっと調理風景を眺めており、出来上がった生姜焼きをティアナが美味しそうに食べている姿も見ていた。
その姿がとても羨ましく、作っていた楓も頬を緩ませているものだから、ハピリスも思わず姿を見せてしまった、というわけだ。
「……食べる?」
『キュキュッ! キュッキュキュー!(食べる! やったー!)』
楓の言葉を理解しているハピリスは、嬉しそうに鳴きながら諸手を上げた。
その姿が愛らしく、楓もティアナも思わずとろけるような笑みを浮かべてしまう。
「さあ、どうぞ」
自分のお皿に生姜焼きを盛りつけると、それをハピリスの前に置く。
するとハピリスは両手で器用に生姜焼きを掴み、そのまま頬張ってみせた。
『……キュキュ……キュキュ~ン!(……ふわぁ……美味しいの~!)』
ハピリスにとっても生姜焼きは美味しかったのか、満足気に鳴いたあとは一心不乱に食べ始めた。
機敏に手を口を動かす姿はどこか面白く、とろける笑みからクスクス笑いに変わってしまう。
とはいえ、ハピリスからすればそんなことはどうでもよかった。
ハピリスにとっての主食は森に生える果物や木の実で、当然だが人間が味付けをした料理など食べたことがなかった。
生姜焼きはハピリスにとって、一生に一度食べられるかどうかの食事だったのかもしれないのだ。
『キュギュギュッ!(もっと食べたい!)』
「はいはい。もっとね」
「はっ! わ、私も食べなきゃ!」
『ギュギャッ!(おいらも!)』
ハピリスに生姜焼きを食べられると思ったのか、ティアナは我に返ったと同時にそう口にした。
そのまま自分にお皿に生姜焼きを盛っていくと、慌てたハピリスは両手をバタバタさせながら楓を見た。
「大丈夫。ハピリスの分もちゃんとあるからね」
『キュッキュキュー!(やったー)』
それからの楓は自分で食べることはせず、ティアナとハピリスが生姜焼きを食べていく姿を満足気に眺めていた。
「あぁ~! 美味しかった~!」
『ギュギャキュッキュ~(おいらもう食べられない~)』
一人と一匹がお腹をさすりながらそう口にしたことで、楓は思わず笑みを浮かべてしまう。
そして、片づけを始めようと立ち上がったのだが、そこへハピリスが右手を上げて駆け寄ってきた。
「食べたばかりでしょ? ゆっくりしていたら?」
『キュキャキュキキ!』
「あ、そっか。触れてないから、何を言っているか分からないんだ」
何かを伝えたいように見えたハピリスの頭を撫でる楓。
するとハピリスは、楓の腕を伝って肩に上り、そこからもう一度鳴いた。
『キュキャキュキキー!(おいらがやってあげる!)』
「やってあげるって……え? 片づけを?」
『キュッキュキキー!(いっくよー!)』
ハピリスは楓の質問に答えることなく、甲高い鳴き声と共に両手を広げた。
すると、楓の周囲に水の珠が顕現し、それらが使い終わった食器や調理器具を呑み込んでいく。
「え? え? 何が起きているの?」
「へぇー! ハピリスって、魔法も使えたのね!」
「か、感心している場合なんですか、ティアナさん!?」
大慌ての楓とは違い、ティアナは感心したように声を上げた。
「大丈夫よ、カエデ。さっきも言ったけど、ハピリスはおとなしい魔獣だからね。きっとカエデに恩返しがしたいのよ」
「その恩返しが、お片付けってことなんですか?」
「……たぶん?」
楓とティアナが話をしている間も、食器や調理器具はドンドンと水の珠に呑み込まれていく。
そして、水の珠の中で渦を巻き始めると、汚れを取り除いては傷つかないよう吐き出していく。
人の手でやれば一〇分以上は掛かるだろう片づけを、ハピリスは洗い物も含めて三分ほどで終わらせてしまった。
『キャッキャキュー!(終わったよー!)』
最後は楓の頬に自らの頬を擦りつけながら、ハピリスは満足気にそう鳴いた。




