第23話:料理の堪能と小さな魔獣
今回、楓が作ろうとしているのは、生姜焼きだ。
ティアナが用意してくれたお肉を薄く切っていき、新しく手に入れた調味料に浸して下味を付けていく。
(タレっぽい調味料が手に入ったし、これなら生姜焼きにも適してそうだったもんね!)
昨日の野営の時は、結構な量を食べていたティアナ。
そして今回もそれなりに食べるつもりなのだろう、用意されたお肉も結構な量になっている。
だからだろう、楓はお肉の厚みを変えながら、食感にも楽しみを持ってもらおうと考えた。
「でも……さすがに量が多すぎるな。下味が付いたお肉は、先に焼いていこうかな」
そう考えたものの、ここで大問題に気づいてしまう。
「……火が、ない!?」
昨日はティアナが持っている槍の魔導具を使って火を点けていた。
しかし今回は、この場にティアナはいない。従魔具の材料を集めに行っているからだ。
「…………仕方がない! ティアナさんには、お肉が焼けていく過程も楽しんでもらおう!」
自分で火おこしができればよかったが、楓にその術はない。
焼けないものは仕方がないと切り替えると、楓はお肉の味付けに注力することにした。
(あとは焼くだけ! ってところまで進めれば、ティアナさんも納得してくれる……はず!)
自分に言い聞かせながら、生姜焼きの準備をしていく楓。
生姜焼きの準備が整うと、次は付け合わせを作っていく。
ティアナからは必要ないと言われたが、生姜焼きは付け合わせがあってこそ光る料理だと楓は考える。
(お肉だけで食べてももちろん美味しいけど、野菜と一緒に食べたり、野菜を巻いたり、そんな感じで食べても美味しいもんね!)
野菜を食べやすい大きさに切っていき、生姜焼きに使ったタレで簡単なドレッシングを作る。
そうしていると時間はあっという間に過ぎていき、ものすごい勢いでティアナが戻ってきた。
「料理は!」
開口一番でそう言われてしまい、楓は申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい、ティアナさん。実は、火がなくて、焼くまでできなくて……」
「はっ! そ、そっか! 私の槍を使ってたもんね!」
楓が素直に謝罪を口にすると、ティアナも忘れていたのか、ハッとした表情を浮かべた。
「本当にごめんなさい! 一応、あとは焼くだけなので、すぐに作れます!」
「ううん、私もすっかり忘れてたよ! それじゃあ火を用意するから、お願いね!」
そう口にしたティアナは、槍の魔導具を突き出した。
楓も既に慣れたもので、穂先の上にフライパンを乗せる。
「火加減は昨日と同じで構いません。それじゃあ、お願いします!」
「了解よ!」
楓の指示に従い、ティアナが火を灯す。
油を引いたフライパンが熱せられていくと、そこへ下味が付いたお肉を投入。
――ジュワアアアアァァ。
タレの香ばしい匂いが広がり、ティアナの表情が思わずにやける。
「あぁぁ~。……何よ! この食欲をそそる凶悪な香りは!!」
「新しく買ってくれたタレの香りです。これにお肉を付けて下味にしたんです」
「よく分からないけど、美味しいのは分かるわ! 食べなくても分かるもの!」
涎も垂れてきそうなくらいに口が半開きのまま、ティアナが言い放つ。
そんなティアナの期待に応えたいと、楓は焼き加減に気を配る。
「……よし、こっちはもういいかな」
「もういいの! 早くない!?」
「お肉を薄く切ってあるので、火が通るのも早いんです。あ、でも、このままだとティアナさんも食べられませんよね?」
先に焼き上がったものを食べてもらおうと考えたが、槍を持ったままだと食べることができないと思ったのだ。
「焚き火にできたらいいんですけど……」
「大丈夫よ! 我慢するから!」
「え、でも――」
「我慢も美味しく食べるためだもの!」
一定の我慢が、食べた時により美味しく感じるということに、楓も心当たりがある。
ティアナもそれを狙っているのかと思うと、思わず微笑んでしまう。
「分かりました。それじゃあ、じゃんじゃん焼いていきますね!」
「お願いね!」
それからしばらくは下味を付けたお肉を焼く時間が続き、ついに全てのお肉を焼くに至った。
「これで、終わりね! カエデ、終わりよね!!」
我慢するとは言ったものの、既にティアナの目は血走っている。
それだけ早く食べたいと思ってくれている証拠だ。
「うふふ。終わりですよ。さあ、食べましょう!」
「やったー!」
既に食べる準備万端なティアナのお皿に生姜焼きと付け合わせを盛り付け、そのまま手渡す。
「……野菜、ある」
「まあまあ。その野菜に、これをかけちゃいます」
お皿に盛られた野菜を見て、なんだか悲しそうな声を漏らしたティアナに、楓は苦笑しながらドレッシングをかけていく。
「……あれ? これ、お肉と似た香りがするわね?」
「お肉、生姜焼きのタレを使ったドレッシングです。食べてみてください」
「うん。これなら、食べられそうだわ」
そう口にしたティアナは、最初にお肉ではなく、ドレッシングがかかった野菜を口にする。
「……うっそ……え? これ、めっちゃ美味しいんだけど!!」
「そうですよね! お肉と一緒に食べても美味しいので、是非どうぞ!」
「これは、マジで止まらないわ! もういっちゃうわね!」
これ以上の我慢は無理だと、ティアナはお肉を口に運んだ。
「……~~!!」
声にならない声を発しながら、ティアナはあまりの美味しさに体を震わせる。
「それじゃあ私も。……う~ん! 美味しいですね! 自分でもビックリです!」
それから二人は無言で生姜焼きを堪能していき、先に楓がお腹いっぱいになった。
「あぁ~……お腹いっぱいです~」
「うっそ! 私はまだ食べられるわよ!」
「食材を用意してくれたのはティアナさんですし、たくさん食べてください」
「ありがとう!」
そこまで話をしたところで、楓は突然洋服の裾を引っ張られる感覚を覚え、そちらに視線を向ける。
「……え? リス?」
『……キュ?』
楓の呟きに、リスっぽい生き物が小さく鳴いた。
「えぇ!? なんであの魔獣が!!」
直後、生姜焼きに夢中になっていたティアナが、リスを見て魔獣だと叫んだ。




