第2話:現状の説明と凡庸なスキル
地下室を出た楓は、すぐにここがお城なのだと推測する。
それは出た先の廊下には赤絨毯が敷かれており、壁はきらびやかに意匠を施されており、調度品も高級そうなものばかりが並んでいたからだ。
道長たちはビクビクしながら進んでいるが、楓はそうではない。
キョロキョロとお城の中を興味深げに眺めており、その様子がアッシュやケイルからは奇妙に見えていたほどだ。
「それでは、ミチナガシンドウ様、スズネアリアケ様、アリスオオミネ様は、こちらの部屋へ。カエデイヌヤマ様は向かいの部屋へお願いしよう」
アッシュがそう口にすると、楓はニコリと微笑みながら歩き出す。
「あの、犬山さん!」
そこへ道長が声を掛けてきたので、楓は表情を変えずに振り返る。
「……お気をつけて」
「神道君たちも」
一言だけそう告げた楓は、そのまま示された向かい側の部屋に入っていく。
中には誰もおらず、外からケイルが扉を閉めると、楓は大きく息を吐いた。
「……はああぁぁぁぁ~。えぇ? これ、本当にどういうことなの? 一人になりたかったから別で説明をとか言っちゃったけど、よかったのかな? 面倒な奴とか、思われてないかな?」
急に不安が押し寄せてきた楓は、早口で独り言を口にしていく。
「でも異世界だよ? 私、誰にも行ったことがなかったけど、本気で行ってみたかったんだよね! 異世界! そこに来られたってことは、私にも特別な力が目覚めちゃったりして? きゃー! 楽しみ過ぎるー!」
しかし、不安を口にした楓の姿はすぐになくなり、今度は異世界への期待が口を突いて飛び出していく。
現実逃避の手段にするくらいには異世界系の作品にドはまりしていた楓なのだから、興奮するのは仕方のないことなのかもしれない。
――コンコンコン。
するとそこへ、扉をノックする音が聞こえてきた。
すぐに我へ返った楓は、姿勢を正して返事をする。
「……はい」
『――失礼いたします』
アッシュでもケイルでもない、やや幼さを残す声が扉の先から聞こえてきた。
扉が開かれると、そこにはアッシュと同じ美しい金髪が特徴的な、童顔の男性が姿を現した。
「カエデイヌヤマ様でお間違いないでしょうか?」
「はい。それと、私のことは楓で大丈夫です」
ずっとフルネームを逆から言われるのは長ったらしいと思った楓は、初対面ではあるがそう口にした。
「かしこまりました。それと、申し遅れました。僕はレイス・フォルブラウン。フォルブラウン王国の第二王子です」
「……へ? だ、第二王子、ですか?」
まさか第一王子に続いて、第二王子と顔を合わせることになるとは思わず、楓は思わず聞き返してしまう。
するとレイスの背後からもう一人、騎士然とした女性が姿を見せる。
「彼女は僕の護衛騎士、ミリア・カリサレスです」
「ミリアです。以後お見知りおきを」
「……は、はい」
どうするのが正解なのか分からず立ち尽くしていると、レイスは笑顔でソファを示す。
「どうぞ、腰掛けてください」
「……ありがとうございます」
言われるがままにソファへ腰掛けると、テーブルを挟んだ向かい側にレイスが座り、その後ろにミリアが立つ。
「さて。それでは僕からカエデ様へ現状のご説明を――」
「だ、第二王子様が直接説明してくださるのですか!?」
「……そうですが、いけませんか?」
童顔に上目遣いでそう言われ、楓は苦しそうに胸を抑えながら首を横に振る。
「い、いえ! そのようなことは!」
「そうですか、よかった。それでは、説明させていただきますね」
「……はい」
こうなっては流れに任せるしかないと、楓は腹をくくることにした。
(うぅぅ。こういう時、大体が護衛騎士の人が第二王子に損な役回りを! とかって感じで怒ってたりするんだよなぁ)
申し訳なさそうにしながら、楓はチラリとミリアへ視線を向ける。
しかしミリアは特に気にした様子もなく、毅然とした態度でレイスの後ろに立っているだけだ。
(……私の思い過ごし、なのかな?)
「あの、大丈夫ですか、カエデ様?」
「へ? あ、いえ! 失礼いたしました!!」
それから楓は、居住まいを正してからレイスの説明に耳を傾けた。
楓の予想通り、ここは日本ではなく異世界であり、最初に顔を合わせた第一王子によって異世界の勇者が召喚された。
しかし、本来であれば三人だけが召喚されるはずなのだが、今回は四人もの勇者が召喚されてしまい、困惑していたのだとか。
(あちゃー。道長君たちは三人とも友達みたいだし、予想通り私が巻き込まれちゃったんだなー)
そんなことを考えながら、話の続きを聞いていく楓。
今回の勇者召喚だが、魔王を倒すためだとか、魔王の復活を阻止するだとか、そのような大仰な目的があってのものではない。
フォルブラウン王国の王妃を救うため力を貸してほしい、というものだった。
「異世界の勇者様は、特別なスキルを授かると聞いております。今回の勇者召喚は、僕の母上である王妃を救うためにも、必要なことだったのです」
「そうだったんですね」
話を聞いた楓は、冷静に現状を受け止めていた。
それは彼女の家族関係がそうさせたのかもしれないが、それを知る術をレイスたちは持ち合わせていない。
故に、楓が大人なのだと思うだけで、それ以上の詮索はしなかった。
「ですが、今の話を聞いた私の考えでは、三人の勇者というのは私以外の三人ではないかと思うんです。彼らは知り合いのようでしたから」
楓が自らの考えを口にすると、レイスは渋面になりながら言葉を発する。
「……兄上もそのように考えているようです」
「それが普通だと思います」
「……カエデ様。今回、僕たちの事情に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした」
そう口にしたレイスは立ち上がると、王族であるにも関わらず、見ず知らずの楓に頭を下げてくれた。
その後ろではミリアも同様に頭を下げている。
「えぇっ!? あの、王子様が簡単に頭を下げてはいけない……と思います!」
この世界の常識が分からないため、楓の言葉はどこか歯切れが悪くなってしまう。
それでも上に立つ者が、下の者に簡単に頭を下げていいわけがないと思い、声を上げた。
「……そのように言っていただけるなんて。カエデ様はお優しいのですね」
「そう言うわけでは……そ、それよりもです、レイス様!」
話題を変えようと思った楓は、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「私は勇者ではありませんが、異世界から召喚されたわけですし、もしかすると特別なスキルを授かっている可能性は、ありますよね?」
「……そうですね。勇者様ほどではないかもしれませんが、その可能性はゼロではないかと思います」
「ですよね! そのスキルって、この場で確認することはできますか?」
先ほどまではどこか冷静で、達観しているような雰囲気を見せていた楓が、目を輝かせ、まるで子供のような笑顔を浮かべながらそう言ってきた。
その姿がレイスには完全に意外であり、思わず笑ってしまう。
「……ふふ。カエデ様も、そのように笑うのですね?」
「はっ!? …………し、失礼いたしました!!」
「いいえ。こちらこそ失礼いたしました。スキルの確認ですが、できますよ。ミリア」
「はっ」
レイスの言葉に恥ずかしさが込み上げてきた楓。
それでもレイスは、これが楓の本質なのかもしれないと思い、彼女の要望を優先するため、ミリアに声を掛けた
するとミリアは懐から一枚の巻物のようなものを取り出すと、レイスに手渡す。
「こちら、使用者の授かったスキルを確認するための魔導スクロールになります」
(魔導スクロール? ……魔導具の一種かしら?)
今回は疑問を口に出すことを思いとどまり、レイスから差し出された魔導スクロールを手に取る。
「そのまま広げていただければ、込められた魔法が発動します。こちらには鑑定の魔法が込められております」
「分かりました」
説明を聞いた楓は、なんの躊躇いもなく魔導スクロールを広げた。
その姿にミリアは僅かに驚きの顔を浮かべていたが、レイスは楓の性格をなんとなく理解したのか、笑みを浮かべたまま表情を変えることはない。
広げられた魔導スクロールは内側から白い光が放たれると、その光が楓を包み込んでいく。
「おぉっ! すごいですね、これは!」
思わず興奮の声を上げた楓。
体を包み込む光を眺めながら状況を見ていると、光は徐々に薄くなっていき、そのまま消えてしまった。
「……それで? どうなるんですか?」
自分のスキルを早く確認した楓は、楽しそうに声を弾ませながらレイスへ問い掛けた。
「魔導スクロールを見てみてください。そこに、カエデ様のスキルが記されているはずです」
答えを得た楓はすぐに視線を魔導スクロールに向けると、そのまま記されているスキル名を口にする。
「えっと……〈従魔具職人〉って書かれています! ……〈従魔具職人〉って、なんですか?」
楓のスキルを聞いたレイスとミリアは、何故か渋面を浮かべてしまう。
「……申し訳ございません、カエデ様」
「え? どうしたんですか?」
「カエデ様が授かった〈従魔具職人〉は、僕たちの世界では外れスキルと呼ばれている、不人気なスキルなのです」
「…………はへ?」
申し訳なさそうにレイスの口から語られた事実。
まさかの外れスキルに、楓は思わず変な声を漏らしてしまった。




