第183話:伸びる影
――シュウウウウッ!
直後、レイスの影が異様な形でアッシュ目掛けて伸びていった。
その影の正体は――クロウだ。
――ガキンッ!
アッシュが自らの胸にナイフを突き立てるよりも早く、クロウの爪がナイフを弾き飛ばした。
「ケイル!」
「はい!」
レイスが声を上げた時には、既にケイルは駆け出していた。
もしかすると罠かもしれないという想いも頭の片隅にあったが、そんなことなど些事だと言わんばかりに、一直線にアッシュへ近づいていく。
「失礼いたします、皇太子殿下!」
しかし心配は杞憂に終わり、ケイルはアッシュへそう声を掛けると、そのまま床に押し倒して拘束した。
「スズネ様!」
「はい! 完全回復!」
続けてレイスは鈴音へ声を掛けると、彼女も即座に完全回復を発動した。
虚ろな瞳だったアッシュの目に、僅かだが光が差し込む。
だが、アッシュはそのまま意識を失ってしまう。
「ケイル、兄上は?」
「……息はございます。スズネ様の完全回復も効いているように見えましたので、大丈夫かと」
「そうか……あぁ、よかった」
ケイルの報告を聞いたレイスは、安堵の息を吐いた。
その間、ヴィオンは小屋の中を調べていたのだが、抜け道のようなものは確認できなかった。
「……周囲の気配も消えたか」
ヴィオンはレイスの方へ歩いていきながら、そんなことを口にした。
それはつまり、ティアナたちが小屋の外にいた者たちを制圧できたということでもある。
「私、外の人たちにも完全回復を使ってきます!」
「無理はなさらないでくださいね、スズネ様」
鈴音が外に向かおうとしたところへ、レイスがそう声を掛けた。
彼女は一つ頷くと、そのまま駆けていく。
「……本当によかったですね、レイス様」
「はい、ヴィオンさん。本当に、よかったです」
レイスの声音からは、本気で安堵しているのがヴィオンには伝わった。
だが、ヴィオンには解せない部分もあった。
(アッシュ様は皇太子殿下だ。つまり、エレーナという人はフォルブラウン王国にケンカを売ったようなもののはず。それならば操り自害させるのではなく、ラカーシャ王国へ連れて行き、人質にする方がよかったのではないか?)
もしもアッシュを人質にされれば、フォルブラウン王国としても簡単に手を出すことはできなかったはず。
そして、最終的には全面戦争に陥っていただろう。
(エレーナ・ラカーシャか。彼女はいったい、何を考えているのだ?)
そんな疑問を覚えつつ、ヴィオンは小屋の外に出て上空に待機していたライゴウへ声をかける。
「他に怪しい人物はいたか、ライゴウ?」
「ヂキキヂキ」
ライゴウは鳴きながら首を横に振った。
(……やはり、あまりにも呆気なく終わり過ぎている。これ以上、何も起きなければいいんだがな)
一抹の不安を抱きながらも、フォルブラウン王国の皇太子誘拐事件は幕を下ろしたのだった。




