第165話:嬉しい依頼
「お久しぶりです、カエデ様」
「ど、どうしてレイス様が? それに、ミリア様は?」
レイスが来たことにも驚きだったが、護衛騎士であるミリアの姿が見えないことも、楓を驚かせていた。
「ミリアは別の仕事がありまして、別の者に護衛を頼んでいるんです」
「別の者、ですか?」
従魔具店の中に入ってきたのはレイスだけだ。
既にヴィオンも扉を閉めているし、レイスもそれに対して何か言及している様子もなく、外に締め出してしまっているということもなさそうだ。
「……あ! もしかして!」
「フシュシュー!」
「クロウ!」
レイスの護衛、それは彼の従魔になった、シャドウイーターのクロウだった。
「本当に久しぶりだね、クロウ! 元気だった?」
「シュシュッ! シュシュシュー!(元気! 主はいい人!)」
「うふふ。そうだよね。レイス様はとってもいい人だよね」
クロウの言葉を翻訳しながら、楓は嬉しそうにそう口にした。
「僕と再会したことよりも、クロウと再会できたことの方が嬉しそうなのは気になりますけど、いい人と言われるのは嬉しいですね」
「え? あ! えっと、そんなことはありませんよ! レイス様との再会も、とっても嬉しいです! 本当ですよ!」
レイスの言葉に楓は慌てて言葉を付け足した。
だが、レイスも本気で文句を言ったわけではない。
それに、クロウは楓の窮地を助けてくれた従魔なのだから、再会を喜ぶのは当然だとも思っていた。
「冗談です、カエデ様。失礼いたしました」
「……レイス様~?」
王族にジト目を向けられるのも、楓くらいのものかもしれない。
この場にミリアがいたなら、ちくりと首を刺されるくらいはしたかもしれないが、今日はいない。
「……でも、ミリア様がいらっしゃらないなんて、珍しいですね」
「先ほども言いましたが、別の仕事を任せていまして、どうしても外せなかったのです」
「そうなんですね」
せっかくならミリアとも会いたかったと思いつつ、楓はレイスがどうして足を運んでくれたのか、その理由が気になった。
「それでは、レイス様。本日はどうなさったんですか?」
「今日は以前に約束したお願いをするために来たんだ。クロウの従魔具を割引で作ってもらう、って言う約束をね」
「シュッシュシュー!」
レイスは「割引」のところでウインクをしながら、楽しそうにそう答えた。
クロウも彼の周りで体を揺らしており、嬉しさを表している。
「本当ですか! 嬉しいです! ……あ、でも、私のオーダーメイド依頼は、材料の持ち込みなんです。前回にお伝えしておくべきでした!」
目の前に立つレイスは非常に軽装で、従魔具の材料を持っているようには見えない。
これでは二度手間をさせてしまうと、楓は申し訳なくなってしまう。
「ご安心を、カエデ様。父上にお願いをして、クロウの従魔具の材料になりそうなものは持ってきています」
「そうなんですね! ……でも、どこに?」
困惑顔の楓に対して、扉の横に立っていたヴィオンが口を開く。
「魔法鞄ではないか?」
「正解です、ヴィオンさん」
そう答えたレイスは、腰に提げていたポーチを軽く叩いた。
「材料はどちらに出した方がよろしいでしょうか?」
「あ! それじゃあ作業部屋に……って、勝手に話を進めていました。大丈夫でしょうか、オルダナさん?」
慌ててオルダナにも確認を取った楓だったが、彼はすぐに答えてくれる。
「大丈夫に決まっているだろう! ってか、そんなこと確認するな!」
「え? でも、確認は大事ですよね?」
「王族の依頼だろう! 何よりも優先するべきだ!」
オルダナが声を大にして答えたのだが、そこへレイスが口を挟む。
「いえ、オルダナさん。もしも先に受けている依頼がありましたら、そちらを優先していただければと思います」
「で、ですがねぇ……」
「そこは安心してください。オーダーメイドに関しては、現時点で受けている依頼はありませんので」
レイスはあくまでも順番通りに対応してほしいと口にしたが、材料が持ち込みということもあり、楓の言った通り今のところは誰もオーダーメイドを依頼していない。
そのため、クロウの従魔具を優先にしても問題はなかった。
「……そうなんですか? でも、カエデ様の従魔具ですよ?」
「材料の持ち込みが必須だとお伝えしたら、皆さん依頼を保留になさいまして」
「……なるほど、そういうことでしたか」
何やら納得顔で頷いたレイスは、すぐにニコリと微笑んだ。
「そういうことであれば、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「シュシュシー?」
「もちろんです、レイス様! クロウ!」
こうして楓は、クロウの従魔具をオーダーメイドすることになった。
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