第149話:楓の休日
そして、翌日。
楓はオシャレをして、ピースはいつもの従魔具のしわを伸ばして、宿を出た。
今日は休日であり、セリシャとティアナとの女子会になっている。
場所はセリシャが決めているので楓は分かっていないが、それでも商業ギルドのギルドマスターがオススメするお店なのだから、期待しないわけにはいかない。
待ち合わせ場所は商業ギルドの前になっている。
「あ! セリシャ様! ティアナさんも!」
商業ギルドが見えてくると、待ち合わせ時間よりもまだ早いというのに、セリシャとティアナはもう到着していた。
「おはようございます! 遅くなってしまって、すみません!」
「おはよう、カエデさん。私たちが早く着きすぎてしまったのよ、気にしないで」
「そうそう」
楓は謝罪を口にすると、セリシャは笑いながら気にしないでと口にし、ティアナもそれに同意した。
「レクシアさんとラッシュ君もおはようございます」
「ココンコン」
「ガウガウン!」
ティアナの従魔であるレクシアと、セリシャの従魔であるラッシュにも挨拶をした楓は、顔をセリシャへ向ける。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「うふふ。到着してからのお楽しみよ。それじゃあ、いきましょうか」
セリシャは人差し指を自分の口に当て、微笑みながら答えた。
そのまま歩き出し、セリシャの右隣に楓が、左隣にティアナが並ぶ。
「あ! なんだろう……甘い香りがしてきましたね!」
歩いていると、楓がそんなことを口にした。
「あら、気づかれちゃったかしら?」
「ここって、裕福層が暮らしている辺りですよね? ということは……もしかして、あのお店なの!!」
セリシャが嬉しそうに笑うと、ティアナが興奮したように声を上げた。
「え? ティアナさん、知っているんですか?」
「この辺りで甘い香りのするお店って言ったら、あそこしかないわ! さっすがセリシャ様ですね!」
一人だけ置いてけぼりの楓だが、セリシャだけではなくティアナも知っているお店で、さらに大興奮しているとあって、期待は膨らむばかりだ。
そうして到着したお店は、とてもオシャレで明るい色合いのカフェだった。
「……こんなオシャレなお店があったんですね。それに、すごい行列」
カフェはまだ開店前なのだが、既に長蛇の列が出来上がっている。
ここに今から並ぶのかと、楓は少しばかり渋面を浮かべてしまうが、そこはセリシャだ。抜かりはない。
「安心してちょうだい、カエデさん。予約を取っているわ」
「さっすがセリシャ様! だと思ってました!」
楓の表情を見たセリシャがそう伝えると、何故かティアナが歓喜の声を上げた。
内心ではティアナも並びたくないと思っていたのだ。
「あっちに予約者専用の入り口があるから、そこへ行きましょう」
それから楓たちはカフェの裏手に回り、そこの扉をセリシャがノックする。
「いらっしゃいませ! ご予約のお客様ですか?」
「えぇ。セリシャよ。三名と三匹で予約しているわ」
「セリシャ様ですな? ……はい! 確認ができました! ご案内いたします!」
フリフリのエプロンを身に着けた店員が現れると、確認を取りそのまま席へ案内してくれた。
しかし、驚いたこともある。
セリシャははっきりと「三名と三匹」と言っていた。
つまり、従魔同伴でも入れるカフェだということだ。
ピースは小型だから分かるが、店員は特に気にすることもなく中型のラッシュとレクシアがついてきても何も言わなかった。
特にラッシュは中型の中でも大きい方だ。
そんな彼が入っても店内には余裕があり、それだけ従魔のことを考えたカフェになっているのだと、楓は感心してしまう。
「従魔同伴ができるって、素晴らしいカフェですね」
「バルフェムでお店をやるなら、これくらいは当然ね。でもまあ、従魔同伴だと限られた部屋しか使えないのが難点で、その分予約も大変なのよね」
「そういえば、外に並んでいる人の中には、あまり従魔と一緒の人はいませんでしたね?」
行列のことを思い出しながら、楓はそんなことを口にした。
「料理自体が美味しいカフェだから、そうなってしまうのよ」
「そこを予約できたセリシャ様には感謝しかございません!」
「……ティアナさん? 別に私を拝んでもいいことなんてないわよ?」
先ほどからいいように声を掛けていたティアナに、セリシャは呆れたように呟いた。
「本音なんだから仕方ないですよ」
「……まあ、そういうことにしておくわ」
苦笑しながらセリシャがそう口にしたところで、従魔も一緒にくつろげる部屋に到着した。
「こちらになります!」
「うわぁ。広いお部屋ですね」
「従魔用のお食事もございますので、注文が決まりましたらテーブルにある呼び鈴を鳴らしてください! それでは、失礼いたします!」
店員がそう説明して離れていくと、楓たちは椅子に座る。
それぞれの従魔たちは肩の上だったり、主の隣の床で楽な姿勢を取った。
「すごい。メニューがたくさんありますね」
「イラストも描かれてて、分かりやすいわね」
「私はもう決まっているから、ラッシュたちにメニューを見せておくわ」
イラストがあるからだろう、従魔の言葉が分からないながらもセリシャがメニュー表を手に取りラッシュ、レクシアに見せてくれている。
ピースは楓の肩の上で彼女と一緒に見ているので大丈夫だろうと判断した。
「うーん……よし! 私はこのふわふわパンケーキにしよう! 日本でも食べたことなかったしね!」
「キキキュゲ! キキュックキキュケ!(おいらはこれ! 果物たくさんのやつ!)」
「ピースはこっちね」
それからティアナ、ラッシュ、レクシアも注文が決まり、呼び鈴を鳴らして店員に伝えた。
それからしばらくは世間話をしながら時間を潰し、ようやく料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしましたー!」
テーブルの上には注文した料理が並べられていく。
楓の『ふわふわパンケーキに生クリームを添えて』。
セリシャの『本日のオススメAセット』。
ティアナの『コカトリスの香草焼きと甘酸っぱいベリーソースを添えたショートケーキ』。
「従魔たちのお料理はいかがなさいますか?」
「それじゃあ、タルトの方はテーブルに。その他の二つは床にお願いします」
「かしこまりました!」
従魔への気遣いも忘れない店員は、楓の要望通りに残りの料理を並べてくれた。
ピースの『サクサクタルトに季節の果物をたっぷりと』はテーブルに。
ラッシュの『サクサククッキーと季節の果物山盛りドン!』と、 レクシアの『熱々ホワイトソースパスタと冷静クリームスープ』は床に置いてくれる。
「それでは、ごゆっくりなさってくださいね!」
店員が部屋を出て行くと、楓たちは我慢できずに顔を見合わせ、すぐに小くじを始めた。
「うわぁ……すんごいふわふわ……口の中で、とろける~!」
「うふふ。今日のオススメは柑橘系だったのね。……美味しいわ」
「うっはー! カエデの料理も美味しいけど、ここのお店のも負けてないわね!」
楓、セリシャ、ティアナがそれぞれの感想を口にしていく。
「キュキュキュキュキュキュキュキュ!」
「ガウガウ! バクバク!」
「……コンン~」
ピースはテーブルに乗ってタルトを食べ進め、ラッシュはあまりの美味しさにがっついている。
レクシアは上品に料理を食べ進めており、味を堪能しているようだ。
(本当に美味しいよ~! ここならまた来たいな~!)
行列のできるカフェだが、常連になってもいいかもと思ってしまう楓なのだった。




