第147話:王城での会話⑨
◇◆◇◆
鈴音が楓たちと一緒に王城をあとにした、その日の夜。
王城ではエルデクス、アリシャ、アッシュ、レイスが一緒になって夕食を食べていた。
「アッシュ、レイス」
その食事の席で、エルデクスは二人に声を掛けた。
アッシュとレイスは食器を置き、姿勢を正してエルデクスを見る。
「……お前たちにも迷惑を掛けたな。本当にすまなかった」
突然の謝罪に、アッシュとレイスは驚きを隠せない。
というのも、二人はエルデクスは王に即位してからというもの、彼が頭を下げて謝罪をする姿を見たことがなかったからだ。
「あ、頭をお上げください、父上!」
「そうです! 僕たちは当然のことをしてきただけですから!」
アリシャが病に倒れてからというもの、エルデクスは彼女を心配するあまり、国政に手をつけることができなくなっていた。
その代わりをアッシュとレイスが手分けして行っていたのだが、そのこともエルデクスは知っている。
そして、病から回復しつつあるアリシャがその事実を知ると、彼女がエルデクスを叱咤したほどだ。
「全く。わたくしは妻が倒れたくらいで動揺するような、柔な男性と一緒になった覚えはありませんよ?」
「手厳しいな」
「当然です。何せあなたは一国の王なのですからね?」
「……アリシャの言う通りだな」
ここでも厳しい言葉を浴びせてきたアリシャに、エルデクスは苦笑するしかできない。
「……でもまあ、カエデ様たちへの対応は正解ではないでしょうか。冷静な判断力が戻ってきているようで安心しましたよ」
とはいえ、厳しい言葉を浴びせるだけで終わらないのがアリシャという王妃だ。
エルデクスの判断に満足できたものを話題に上げ、彼を上げることも忘れなかった。
「……私は、カエデたちに自由を与えるという選択は、今だ納得いっておりません」
しかしここで、アッシュが不満を口にした。
「アッシュ」
「お言葉ですが、父上。カエデたちはこちらの世界の常識をいまだ、しっかりと学んでおりません。子供と同じようなものです。そんな彼女たちを自由にするのは、やはり責任の放棄ではないかと考えます」
「そうかしら?」
諫めようとしたエルデクスの言葉に構わず、アッシュは自らの意見を口にしていく。
そこへアリシャが口を挟んだ。
「今日のカエデ様を見る限り、とても子供のようには見えなかったわよ?」
「それは彼女が元の世界では大人だったからでしょう。ですが、こちらの世界ではそうとも限りません」
「だけれど、失礼がないように配慮できる気遣いの心があれば、それは子供ではなく、大人の対応ということにはならないのかしら?」
「そ、それは……」
アリシャは楓とのやり取りで、嫌な思いをするということが一切なかった。
むしろ、こちらが気遣われたと思ったほどで、とても大人な対応だと感心したほどだ。
「……僕からもよろしいでしょうか。父上、母上」
するとここでレイスが口を開いた。
「構わんぞ、レイス」
「ありがとうございます。私はカエデ様が従魔具職人として独り立ちしている姿をバルフェムまで見てきました」
エルデクスの許可を貰い、レイスは語り出した。
「スキル〈従魔具職人EX〉を使いこなし、従魔具職人として活躍しておりました。また、先輩従魔具職人から多くのことを学び、その方と共同で従魔具店を営んでおられます」
「あら、そうなのね」
「商業ギルドのギルドマスターであるセリシャの助けもあり、カエデ様は一人で生きていくにも十分な知識を有していると、僕は考えます」
「レイス、お前まで!」
レイスの発言にアッシュが声を上げたが、構うことなくレイスは話を続けていく。
「カエデ様は一人ではありません。既に多くの仲間と出会い、助け合うこともできる立場にあります。そして、アリス様やスズネ様も、そんなカエデ様の力を借りて多くのことを学べると考えます」
「ふむ。カエデはアリシャを助けてくれただけではなく、自立し、同じ異世界の者を助けられるほどの存在に成長してくれたわけか」
「うふふ。とても頼もしいじゃないの」
エルデクスとアリシャが嬉しそうにそう口にした。
「兄上。僕の今の話を聞いても、まだカエデ様たちを保護し続けるべきだとお考えでしょうか?」
最後にレイスは、アッシュに対してやや強い口調でそう問い掛けた。
「……レイスの今の話が本当であれば、大丈夫なのだろう」
「ありがとうございます、兄上」
レイスは楓の選択を尊重し、守りたいと思っている。
だからこそ、今までは常に一歩引いた立場から、アッシュを立てるように立ち回っていた。
だが、今回は違う。
アッシュの意見に反対し、自らの意見を通し切った。
その姿がアッシュには驚きでもあり、そして不安でもあった。
「……二人とも、本当に大儀であった。これからは少しばかり、ゆっくりするといいぞ」
「「はい」」
それからの食事は、静かなものになった。
しかし、その場にはどこか重々しい空気が漂っていることを、誰もが理解していたのだった。
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