第146話:状況確認と腕が鳴る楓
従魔具店に帰ってきた楓は、早速状況の確認を始める。
「私がいない間のお店はどうでしたか?」
「冒険者さんがたくさん来てくれました!」
「なんだか、姉ちゃんを連れて行かれたとかなんとか、怒ってたぜ?」
「優秀な従魔具職人を取られたと思ったんだろうな!」
ミリー、リディ、オルダナと質問に答えてくれた。
その内容が心温まるもので、楓は思わず笑顔になる。
「それと並行してなんだが、既製品の在庫が少なくなってきているな。俺も作ってはいたんだが、俺の作成速度じゃあ追いつかない」
「分かりました。不在の間、ありがとうございました」
「共同経営だろう? 当然だ」
オルダナの報告は経営の肝ともいえる部分で、楓はすぐにお礼を口にした。
しかしオルダナは当然だと言って肩を竦める。
「リディ君とミリーちゃんも、ありがとね」
「当然よー!」
「はい!」
リティとミリーにもお礼を伝え、楓はその場で腕まくりをする。
「よーし! それじゃあ私もしっかりと働かなきゃね!」
「おいおい、待て待て」
楓としては、それこそ当然だと言える行動だったのだが、そこへオルダナから待ったが掛かった。
「……どうしたんですか?」
「どうしたも何も、嬢ちゃんは王都から帰ってきたばかりだろうが。働くのは明日からで構わねぇから、今日は休め」
「そうだぜ、姉ちゃん!」
「カエデさん、倒れちゃいますよ?」
三人から心配の声を掛けられ、楓は思わず苦笑する。
「……分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えて今日はお休みさせていただきます」
そして、三人の言葉に従うことにした。
――カランコロンカラン。
「やっほー! 犬っちー!」
そこへアリスが元気よく扉を開きながら姿を見せた。
「アリスちゃん! それに、有明さんも!」
「登録ができたので、すぐに来ちゃいました」
「私たちもいるわよー」
「さっきぶりだな、カエデさん」
アリスの後ろには鈴音、ティアナ、ヴィオンの姿もあった。そして――
「無事で何よりだわ、カエデさん」
「あ……セ、セリシャ様~!」
久しぶりにセリシャの姿を見た楓は、何故か涙ぐみ、彼女の胸に飛び込んだ。
「あらあら。どうしたの?」
「……なんだか、セリシャ様の顔を見たら、ものすごくホッとしちゃいました」
「うふふ。嬉しいことを言ってくれるのね」
しばらく抱きついたままだった楓だが、ふと恥ずかしさが出てきたのか、涙を腕で拭ってから体を離す。
「……す、すみませんでした」
「いいのよ」
すぐに謝った楓に対して、セリシャは微笑みながら頭を撫でてくれた。
「……でも、どうしてセリシャ様が? 誰か商業ギルドに行ってくれたんですか?」
「私よ。従魔具店に行くなら、せっかくだしセリシャ様も誘おうって思ったの」
楓の疑問に答えてくれたのはティアナだった。
そんなティアナの嬉しい気遣いに、楓は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「ありがとうございます、ティアナさん」
「客もいないし、どうだ? 店内でゆっくりしたら? なんなら作業場を使ってもいいぞ?」
オルダナがそう提案すると、楓はセリシャたちへ視線を向ける。
「私は構わないわ。カエデさんの話も聞いてみたいもの」
「あーしもさんせーい! 鈴っちは?」
「私も皆さんから色々とお話を聞きたいです」
「レクシアを休ませたいし、私もいいわよ」
「コンコーン」
「俺はライゴウに声を掛けてから、また戻ってこよう」
セリシャが答えると、続けてアリスと鈴音が、次にティアナとレクシアが答えた。
最後にヴィオンがライゴウを気遣いそう答えると、軽く手を振ってから従魔具店を出ようとする。
「それじゃあヴィオン、何かお茶請けでも買って来てよ!」
「俺は使い走りではないんだがなぁ……まあ、いいさ」
そんなヴィオンにティアナが声を掛けると、苦笑しながら彼は請け負ってくれた。
(……あぁ。なんだか、いいな。こういうの)
楽し気なみんなの様子を眺めながら、楓はそんなことを考えていた。
日本にいた頃は両親から十分な愛情を注いでもらえず、自分の支えになっていた祖父母は既に亡くなってしまっていた。
仕事もただこなしているだけで、楽しみや達成感なども一切なかった。
当時の自分が充実した人生を送っているかと問われたなら、楓はきっと首を横に振ったことだろう。
だが、今は違う。
自分の新しい相棒になってくれた、明るくて頼もしいピース。
尊敬できる上司と言える存在のセリシャ。
同じ職場で働くオルダナに、同僚になってくれたリディとミリー。
姉妹と言えるくらいに仲良くなってくれたティアナに、兄のような存在のヴィオン。
そして新たに、同郷の頼もしい存在であるアリスと鈴音もバルフェムに来てくれた。
(……私の帰る場所は、ここなんだな)
バルフェムが、この従魔具店が、自分の居場所であり、帰るべき場所なのだと、楓は改めて思うことができた。
「……みんな、ありがとう」
誰にも聞こえない小さな声で、楓はそう感謝の言葉を口にしたのだった。




