第144話:新たな同行者
そして、翌早朝。
楓たちはまだ薄暗い時間に、王都の南門に集まっていた。
「鈴っち、来るかなぁ……」
心配そうに呟いたのは、アリスだ。
彼女は鈴音の友人だ。だからこそ心配もひとしおだろう。
「そろそろ、日が昇るね」
東の空が明るくなり始めている。
選択するのは鈴音だ。自分たちが決められることではないと思いながら、楓は呟いた。
「……あ! 鈴っちだー!」
するとここで、アリスの明るい声が薄暗い南門に響き渡った。
楓たちも王城の方へ視線を向けると、そこには笑顔で手を振っている鈴音の姿があった。
彼女だけではなく、レイスとミリアがわざわざ見送りに来てくれていた。
「鈴っちー!」
「アリスちゃん!」
アリスが駆け出し、鈴音に飛び込む。
お互いに抱き合い、笑顔を浮かべ合っている。
「お待たせしてすみませんでした」
二人を微笑ましく見つめながら、レイスが楓たちに声を掛けた。
「私たちは待っていませんよ。ですが、どうしてレイス様とミリア様が?」
「カエデ様たちを見送りにきました」
「えぇっ!? そ、それだけのために!!」
まさか王族が見送りに来てくれるとは思わず、楓は驚きの声を上げた。
「カエデ様にも、アリス様にも、ティアナさんやヴィオンさんにも、大変お世話になりました。もちろん、これから新たな道へと進むスズネ様にもです。そんな皆様が王都をあとにするのですから、当然のことですよ」
そう口にしたレイスは、ニコリと微笑んだ。
「シュッシュシュー!」
「クロウ!」
するとここで、レイスの影からクロウが姿を現した。
クロウは影の腕を薄く延ばし、嬉しそうに両手を振ってくれている。
「元気そうでよかった。……レイス様。今度バルフェムへ足を運ぶ際は、是非クロウの従魔具を作らせてください」
「いいのですか?」
「はい! ……もちろん、タダではありませんけどね。割引はさせていただきますよ?」
本音と冗談を交えながら楓がそう口にすると、レイスはくすりと笑いながら頷く。
「ふふ。分かりました。その時は是非とも、カエデ様にお願いしようと思います」
「シュシュフシュシュ!」
「クロウもその時にはよろしくね!」
楓とレイス、そしてクロウが楽しそうに話をしている様子を、彼の後ろに立っていたミリアが微笑みながら見守っている。
「ミリア」
そこへティアナが声を掛けた。
「なんだ、ティアナ?」
「あんたも大変だね。今度はゆっくりと、酒でも飲みながら話しましょう」
「私にそんな暇があると思うか?」
「ないだろうね。だから、レイス様とバルフェムを訪れた時にでも、ね?」
ティアナもミリアが多忙であることは理解している。王族の護衛騎士なのだから当然だろう。
だからこそ、レイスが羽目を外せるタイミングで、ミリアも少しは羽目を外せと言いたかったのだ。
「俺で良ければその時には護衛を務めても構わないぞ?」
二人の会話が聞こえていたヴィオンが、そんな提案を口にした。
「ですが、ヴィオン様にご迷惑が……」
「レイス様との対話は俺にとってもためになることが多かった。その機会を得られるのであれば、迷惑どころがこちらからお願いしたいところだ」
「いいこと言うじゃないの! ……っていうか、ミリア? なんで私は呼び捨てなのに、ヴィオンは様付けなのよ!」
こちらはこちらで話が盛り上がっている。
少しばかり会話に花を咲かせたところで、日が完全に姿を現した。
「そろそろ行こうかな」
楓がそう口にすると、全員が会話を止め、レイスとミリア以外は南門の方へ移動する。
「それでは、皆様。お元気で」
「またお会いいたしましょう」
「はい! レイス様とミリア様もお元気で!」
お互いに満面の笑みを浮かべながら、楓たちは王都をあとにした。
◇◆◇◆
王城の南向きに位置する窓からは、王都の南門を眺めることができる場所がある。
今朝早く、鈴音が王城を出ることを知った道長は、その窓から南門を眺めていた。
「……本当に、行ってしまったんだな」
独り言を呟きながら、小さく息を吐く道長。
「ミチナガ様」
そんな彼に声を掛ける人物がいた。
「……あなたがどうしてここに? エレーナ様?」
そこにいたのは、ラカーシャ王国の第三王女であるエレーナ・ラカーシャだった。
ここはフォルブラウン王国の王城であり、他国の王族であっても許可なく入れるような場所ではない。
「外交です。以前にも何度かお会いしているでしょう?」
そう口にしたエレーナだったが、実際は違った。
彼女は自らのスキルを利用して王城へと侵入し、道長に接触を図っていた。
「そうだったんですね。朝早い時間から、お疲れ様です」
そんなこととは知らない道長は、当たり前のようにエレーナを労った。
「ケイル様も戻ってきて、もうミチナガ様にお会いできないかと思い、本日は足を運ばせていただきました」
そんな道長にエレーナは微笑みながら、彼が喜びそうな言葉を投げ掛けていく。
「え? ……そ、そうなんですか?」
「はい。……あの、ミチナガ様? 今度は私の国で、二人だけでお会いしたりできませんか?」
「ふ、二人で、ですか?」
エレーナの誘いに、道長はゴクリと唾を呑みこみながら確認を取る。
「はい。二人で、です」
「…………お、俺だけの判断では、どうにも分かりかねますので、答えはまた後日でも?」
「ご安心を。私はいつまでも、あなたの答えを待っています。そして、その時が来たらまた、足を運ばせていただきます」
そう口にしたエレーナは、美しい微笑みを残して道長の前から去っていった。




