第139話:王妃の言葉
アリシャはしっかりとした足取りで楓たちの横を抜け、段々になっている床を上がり、エルデクスの隣にある椅子に腰掛けた。
「初めまして、異世界からの勇者様方。わたくしはあなたたちに命を救われた、アリシャ・フォルブラウン。フォルブラウン王国の王妃です」
柔和な声は心に響き、楓たちは思わず見惚れてしまう。
「あなたがカエデ・イヌヤマ様ね?」
「え? あ、はい!」
「あなたはあなたが思うように生きてほしい。他の皆様も同じです」
アリシャの突然の言葉に、声を挟んだのはアッシュだった。
「母上! それはさすがに!」
「こちらの都合で勝手に呼び出したのでしょう? それならば、わたくしたちが皆様を縛りつけるわけにはいかないわ」
「ですが!」
「控えよ、アッシュ」
楓たちを召喚したアッシュは、強大な力を放り出すことの方が無責任だと考えていた。
だからこそ、近くに置いてその力を有効活用するべきだと思ってもいた。
しかし、声を上げたアッシュに対してエルデクスが間に入った。
「そなたは王妃の言葉に反論するというのか? 彼女の言葉は、我の次に重い言葉になるのだぞ?」
「そ、それは……」
「うふふ。構わないわ、あなた。アッシュも皆様方のことを心配しての発言でしょうからね」
笑みを浮かべているアリシャだが、その言葉には有無を言わせない迫力がある。
アッシュもこれ以上は何も言えなくなり、やや俯き加減になってしまう。
「さあ、カエデ様。あなたはどうしたいのか、本当のお気持ちを教えてくださらない?」
改めて、アリシャが楓に問い掛けた。
アリシャの言葉には、嘘偽りはないと楓は感じている。
ならば、本当の気持ちを伝えてもいいのではないか、そんな気持ちになっていた。
(だけど、私が本当の気持ちを伝えて、陛下や王妃の逆鱗に触れたら……)
楓の答えによってエルデクスやアリシャを怒らせるようなことがあれば、きっとティアナたちが立ち上がってくれるだろう。
しかし、それはフォルブラウン王国との対立を意味するものでもある。
自分の選択によってティアナたちが危険に晒されるかもしれないと考えると、どう答えるのが正解なのか、楓には分からなくなっていた。
「カエデ、大丈夫よ」
そんな楓の心情を理解してか、ティアナが声を掛けてくれた。
「カエデが思っていることを、本音でぶつけてあげな」
「ティアナさん……」
「俺たちを心配しているのかもしれないが、気にするな。俺たちは冒険者であり、常に自由な存在なんだからな」
「ヴィオンさんまで……」
楓の不安を和らげようと、ティアナとヴィオンが柔和な笑みを浮かべながらそう教えてくれた。
「……ありがとうございます」
二人の言葉が、楓に勇気を与えてくれた。
一度深呼吸をしてから、楓は口を開く。
「……私は、バルフェムに戻りたいと思います」
「カエデ!」
「私にはお店があり、共に働く仲間がいます。そして、私を信じて従魔具を作らせてくれた、従魔たちがバルフェムにはいます。そんな人たちを、従魔たちを置いて、バルフェムを離れるだなんて、できません」
楓の答えにアッシュは声を荒らげたが、構うことなく自分の本音を語っていく。
その言葉を微笑みながら聞いてたアリシャは、楓の答えを聞いて満足気に頷く。
「……それでいいのです」
「え?」
「わたくしたちの都合で呼び出され、自らの想いを語ることもできず、ただ従わせられるような人生を、わたくしたちは強要したくありません。このようなことを、勝手に呼び出したわたくしたちが言えた立場ではないのですが」
「そんなことはありません、王妃様!」
申し訳なさそうに語り出したアリシャに対して、楓は声を上げた。
「アッシュ様もレイス様も、王妃様のためにと勇者召喚を行いました。そして、助かった。その結果が全てだと思います」
「カエデ様……」
「その延長線上で私たちの生活まで考えてくださって、とても感謝しております」
楓が頭を下げながらお礼を告げると、アリシャは最初こそ驚いた表情をしていたが、すぐに変わらぬ微笑みに変わる。
「……うふふ。カエデ様は、とてもお優しい方なのですね」
「そうでもないのですが……」
「アッシュ、レイス」
「「はっ!」」
微笑みのまま楓と話をしていたアリシャだが、アッシュとレイスに声を掛けた時には、その表情は国を支える王妃のものに変わっていた。
「今後、カエデ様や皆様の行動を制限することを禁じます」
「かしこまりました」
「母上! しかしそれでは――」
「アッシュ?」
レイスはすぐに頷いたが、アッシュは納得ができなかった。
だからこそ声を上げようとしたのだが、彼が全てを言い終わる前にアリシャは名を呼び言葉を遮った。
「わたくしの決定が不服なの?」
「彼らは皆が強大な力を持っております。放置するよりも、こちらでしっかりとサポートしてあげなければ!」
「サポートは当然のことです。その後のことを話しているの。何も知らない人たちを放り出すなんて真似、するわけがないでしょう?」
アリシャにとっては当たり前のことだが、アッシュからすればその後も引き留めるべきだと考えていた。
そうではないのだと言われ、彼は納得できなくとも頷くしかできない。
「……かしこまりました」
「うふふ。いい子ね」
その後の謁見を問題なく終えた楓たちは、謁見の前をあとにした。
だが、退出する際にアッシュとケイルからは鋭い視線を向けられており、それに居心地の悪さを感じてしまう楓なのだった。




