第134話:怪しまれる楓のスキル
「お久しぶりでございます、カエデ様。セリシャ様、中に入ってもよいだろうか?」
「え? あ、はい。もちろんでございます」
楓が名前を呼んだため、すぐに挨拶を返したケイルは、セリシャに確認を取って部屋に入る。
「失礼します」
「……」
「レイス様に、ミリア様?」
一人だと思っていたケイルだが、すぐにレイスとミリアが部屋に入ってきた。
いったい何があったのか、楓の頭の中は混乱していた。
「あの、ケイル様? 本日はいったいどうして? アッシュ様は?」
「皇太子殿下にお許しをいただき、バルフェムまで足を運ばせてもらった。カエデ様、あなたについて確認することがあったからだ」
「私について、ですか?」
自分について何を確認することがあるのかと、楓は首を傾げてしまう。
「……あなたがバルフェムに移って以降、バルフェムからの報告に多くの変化がございました。アマニール子爵の老ドラゴンが新たな翼を得たり、今まで従魔具を手にすることのできなかった大型従魔が規格外の従魔具を手に入れたり、等です」
ケイルの話を聞きながら、楓はドキッとしてしまう。
バルフェムを治めているボルト・アマニール子爵の老ドラゴン、カリーナへ新たな翼となる従魔具を作ったのは楓だ。
大型従魔というのはヴィオンの従魔であるライゴウだろう。
そして、ライゴウに従魔具を作ったのも、楓だった。
「他にも様々な形態の従魔具が流行り始めており、その中心にいたのが、カエデ様だったということです」
「そ、そうなんですね」
「ここまでくれば、私どもとしてもカエデ様について調査するしかありませんでした」
「あんた、勝手にカエデの身の回りについて調べ回っていたってわけ?」
ケイルの報告を一緒に聞いていたティアナが、怒気を孕みながら口を開いた。
「そうだが、何か?」
「何かですって? これだから貴族や権力を持った奴らは嫌いなのよ」
「貴様、国家騎士に対する礼儀がなっていないようだな?」
「こっちは冒険者なもんでね。どこの誰とも知れない騎士に対しての礼儀なんて持ち合わせていないのよ」
ギロリと睨みを利かせるケイルに対して、ティアナも負けじと睨み返す。
「お、落ち着いてください、ティアナさん。あの、レイス様? これはいったいどういうことなんでしょうか?」
ティアナを宥めながら、楓は第二王子でもあるレイスに問い掛けた。
「どうやらケイルは、カエデ様のスキルが特別なスキルであると判断して、もう一度鑑定を行いたい、ということらしい」
「……私のスキルを、ですか?」
レイスの話を聞いた楓は、渋面を浮かべる。
それは、ケイルだけではなく、アッシュも楓のスキルをただの〈従魔具職人〉だと思っているからだ。
あとからレベルが加わり、今では〈従魔具職人EX〉となり、さらにサブスキル〈翻訳〉も加わっている。
改めて鑑定をした際に、これらがどのような結果をもたらすのか、楓には全く想像がつかない。
「レイス様は何か知っていたのではありませんか? 鑑定をされたのは確か、レイス様でしたよね?」
「確かに僕が鑑定をしたけど、その魔導スクロールは兄上にも見てもらったよ。その場にはケイル、君もいただろう?」
「それはそうですが」
「それとも何かな? 君は僕が兄上に嘘の報告をしたと言いたいのかい?」
柔和な表情で、声音も変えることなく、冷静に問い掛けたレイス。
しかし彼の言葉には少なくない怒気が孕んでいることを、この場にいる誰もが理解していた。
「……け、決してそのようなことは。大変失礼をいたしました」
「分かってくれればいいんだよ。ただ、僕もカエデ様がバルフェムに移ってからの報告は受けていたからね。カエデ様が王城をあとにする時も気になっていたから、こうして足を運んでいたというわけさ」
本当は楓の〈従魔具職人EX〉について、レイスは知っていた。
知っていて、楓の選択を尊重したいとレイスは黙っていた。
魔導スクロールにも、のちに楓のスキルが〈従魔具職人EX〉であり、サブスキル〈翻訳〉について記されることになったが、それを燃やして証拠隠滅を図ったのもレイスだ。
だからこそ、ミリアは自分が変なことを言わないよう口を噤んでいた。
「……ゴホン。先ほどレイス様が説明してくれましたが、改めてカエデ様の鑑定を行いたく思いますので、一度王城までご同行していただこうと思っております」
「どうして確定事項で話が進んでいるのかしら?」
「これは確定事項だからだ、冒険者」
「それを決めるのはカエデであって、あんたらじゃないでしょうが、どこぞの騎士さん?」
ここで再びの睨み合いが始まるティアナとケイル。
二人の姿を見たレイスとヴィオンは顔を覆い、ため息を吐く。
セリシャは心配そうに楓を見つめている。
「……分かりました」
するとここで、楓が凛とした表情ではっきりとそう口にした。
「カエデ!」
「いいんです、ティアナさん。遅かれ早かれ、こうなるんじゃないかとは思っていましたから」
「感謝いたします」
「でも!」
ケイルが感謝を伝えた直後、楓は自分の主張を口にする。
「どのような結果になろうとも、私は今の生活が気に入っています。ですので、またバルフェムに戻ってくる。これを約束してくれなければ、私は王城へは行きません。お約束していただけますか?」
「そ、それは……」
楓の言葉に、ケイルは口を噤んでしまう。
「いいよ、カエデ様。僕が約束しよう」
そこへ口を開いたのは、レイスだった。
「レイス様! そのような勝手な約束をされては――」
「僕の約束がそんなにいけないことなのかい? ケイル、君は何様のつもりなんだ?」
思わず声を荒らげたケイルだったが、今まで柔和な声を変えてこなかったレイスが、声を低くした怒りを露わにした。
これにはケイルも表情を引き締め、ゴクリと唾を呑みこむ。
「……で、ですが、結果によっては王太子殿下がそれを良しとしないかもしれません」
「その時は僕が兄上を説得するよ。父上……陛下にも陳情するつもりだよ」
「レイス様!」
「僕の考えは変わらない。カエデ様は僕たちが巻き込んで召喚してしまった女性だ。そんな女性が自らの足で、実力で、意志でここまでやってきたんだ。そんな彼女の気持ちを無視することなど、僕にはできない」
ケイルに真っすぐ見据えながら、レイスも自分の思いを曲げるつもりはないと主張する。
「……私には、お答えできかねます」
「だから、僕が説得するよ。構わないかな、カエデ様?」
渋面になりながらケイルが答えると、レイスは視線を楓に向ける。
「レイス様がご一緒してくれるなら、心強いです」
「ありがとう」
「私も一緒に行くわよ、カエデ!」
するとここでティアナが声を上げた。
「私は王都からバルフェムまでカエデを護衛したんだもの。それなら、王都までもまた護衛としてついていくわ!」
「いいんですか、ティアナさん?」
「もちろんよ!」
「……ありがとうございます! よろしくお願いします!」
こうして楓は、再び王都へ足を運ぶことになったのだった。




