第131話:悪あがきと謝罪の言葉
身動きの取れなくなったザッシュを連れて、楓たちは洞窟を進んで行く。
道中にはザッシュの雇った荒くれ者たちの姿はない。既に外に運び出されていたのだ。
「ライゴウとラッシュ。大型と中型の従魔に見張られていたら、あいつらも逃げられないだろうな」
そう口にしたのはヴィオンだ。
実はヴィオン、ライゴウに見張りを頼んだ際、捕らえた見張りたちが目を覚ましたら雷で脅すよう伝えていた。
一撃で瀕死の状態に陥るような雷だ。当然、見張りたちは恐怖するだろう。
洞窟の中で捕らえられ、あとから外に運び出された荒くれ者たちには、その見張りがライゴウの雷についてを語るはずだと考えたのだ。
「誰も雷に打たれたいなんて思わないからな」
そんなことは話しながら歩いていたからか、楓たちはあっという間に入り口の光が見えるところまでやってきていた。
「ザッシュ。逃げようだなんて思わないことね。あんたにはこれから、しっかりと罪を償ってもらうんだから」
「……」
ティアナが厳しい口調でそう言ったものの、ザッシュは俯いたまま黙ったままだ。
何かを企んでいるようにも見えるが、彼は両手を縛られており、さらに別の紐で体を縛り、その紐の先をヴィオンが握りしめている。
仮に走り出したとしても、ヴィオンが紐を引っ張ってすぐに捕まってしまうだろう。
ヴィオンが持つ紐を振りほどけたとしても、シャドウイーターがいなければ逃げおおせるのは難しい。
それを理解しているからこそ、ティアナはこれ以上何も言わなかった。
「先に私が外を見てくるわ。アリス、カエデのことをお願いね」
「はいはーい!」
先にティアナが進み、外の様子を確認する。
しばらくして再びティアナが洞窟内に顔を覗かせると、彼女は問題ないと手招きをしながら戻ってきてくれた。
「皆さん、今回は私の不注意のせいで本当にご迷惑をおかけしました」
入り口に向かいながら、楓は自分の不注意を謝罪した。
「ずっと何も起きなくて、皆さんの時間を無駄にしているんじゃないかと思って、一人で帰って何も起きなかったら問題ないかなって思ってしまったんです」
楓が語り始めると、最初に口を開いたのは戻ってきたティアナだった。
「ううん。カエデが悪いんじゃないわ。私たちも、カエデがどう思っているのか、あなたの気持ちを考えていなかったもの」
「そうだな。守られて当たり前だなんて、思うはずがない」
ティアナに続いて、ヴィオンも口を開いた。
まだ出会ってそう長い時間は経っていないが、それでも楓がどのような性格をしているのか、少しは把握できるようになっていた。
「僕たちも同じです。申し訳ございませんでした、カエデ様」
レイスが謝罪を口にすると、その後ろに立っていたミリアも無言で頭を下げる。
「あーしも、心のどこかで街の中なら大丈夫っしょ! ……とか思ってた。ほんっっとうにごめん、犬っち!」
続けてアリスが勢いよく頭を下げた。
今回の事件で悪いのは、ザッシュだけだ。
楓はもちろん、ティアナもヴィオンも、レイスもミリアもアリスも悪くない。
彼女たちは皆、お互いのことを心配して行動していたのだから。
もしかすると、言葉足らずだったのかもしれない。
自分の思いが相手にしっかりと伝わらずに、逆に心配をかけないようにしなければと思ってしまったのだ。
「……みんな、ありがとう」
だからこそ、楓は誰も責めない。自分のことも許そうと思った。
戻ってきたティアナに抱きつき、小さな声ですすり泣く。
だけれど、すぐに涙を拭って前を向く。
「皆さん! 助けてくれてありがとうございました! みんなで一緒に戻りましょう、バルフェムへ!」
こうして楓たちは、洞窟を出て太陽の日の下に出てきた。
「うっわぁ、眩し――」
「ぶっ殺してやるぜええええっ! 女ああああああああっ!!」
洞窟を出たところで、ずっと暗い場所にいたからだろう、太陽の光がいつも以上に眩しく感じた。
直後、後ろからザッシュのそんな声が聞こえてきた。
「貴様! いつの間に!?」
ザッシュは逃げる天才だ。
後ろ手で縛られていたとしても、縄抜けなどお手のものだった。
そして、口の中に隠していた刃渡り3センチのナイフを吐き出すと、手に取り楓へと襲い掛かった。
「え?」
「逃げて! カエデ!」
あまりに一瞬の出来事に、楓は身動きが取れなかった。
ティアナやアリスも、反応が遅れてしまう。
ピースは魔法を発動していたが、水が形作られる前にザッシュが破壊してしまう。
誰も間に合わない――その時だった。
「フシュルジュル!」
「シャドウイーター!?」
「邪魔をするなああああっ!!」
ザッシュという人間を誰よりも近くで見てきたシャドウイーターが、こうなるのではないかと予想していたからこそ、楓の前に立ちふさがることができた。
「ブジュリュ!?」
「死ねええ――がはっ!?」
「こいつ! マジでふざけやがって!」
ティアナに取り押さえられ、ヴィオンが大剣を抜いて首に当てる。
「すまない、カエデ! 大丈夫か!」
「わ、私は大丈夫です! でも、シャドウイーターが!」
ザッシュによって斬りつけられたシャドウイーターが、楓の腕の中で弱々しく声を発する。
「……フシュルル。シュルル(……助けられた。よかった)」
「ごめんね、シャドウイーター? 傷は大丈夫?」
「ミリア!」
「はっ!」
心配そうに声を掛ける楓の横で、レイスがミリアへ声を掛けた。
「隣、失礼いたします」
「は、はい!」
楓の隣でしゃがみ込んだミリアは、シャドウイーターの傷口に両手を当てて、魔法を発動させる。
温かな白い光は、シャドウイーターの傷を瞬く間に塞いでくれる。
「……すごい」
「ミリアは回復魔法が使える騎士なのです」
「……シュシュ? フシュルル!(……あれ? 治った!)」
「……はあぁぁ~。よかったよ~!」
涙を流しながら、楓はシャドウイーターを抱きしめた。
それから楓は、念のためにと先にライゴウに乗せて、ティアナとアリス、そしてピースと共にバルフェムへ帰ることになった。
ザッシュにはヴィオンとレイスとミリア、そしてレクシアとラッシュが護送についていく。
これ以上好きにはさせないという強い想いと共に、最大限の警戒を払っての護送となった。




