第124話:平和な日々は突然に……
セリシャたちが楓を守ろうとそれぞれで動き始めたことを、当の本人は知る由もない。
いつも通りに従魔具店へ向かい、接客をしながら従魔具を作り、仕事をこなしていく。
時には従魔具店をオルダナたちに任せて、商業ギルドへ向かうこともあった。
もちろん、楓もザッシュについての話を一緒に聞いていたこともあり、彼女がどこかへ向かう時は護衛として誰かが必ずついてきてくれた。
宿から従魔具店へ向かう時はティアナとヴィオンが。
商業ギルドへ向かう時はレイスとミリアが。
外に買い物へ向かう時はアリスが観光ついでについてきてくれた。
「……今日も特に、何もなかったなー」
そんな日々が一〇日ほど続くと、楓は本当にザッシュがバルフェムにいるのか、という疑問が頭の中に浮かぶようになっていた。
(うーん。もしもザッシュって人がバルフェムにいなかったら、みんなに迷惑を掛けていることになるんだよな。ティアナさんやヴィオンさんもそうだけど、レイス様に至っては王族だよ? 私のことで足止めさせるわけにはいかないんだよね)
仕事中ではあったが、客が誰もいないということもあり、カウンターに立ちながら思案顔を浮かべてしまう。
しかし、迷惑を掛けているかもしれない相手の中に、冒険者だけではなく王族までいるとなれば、真剣に考えてしまうのも仕方がないことだろう。
「……そろそろ、いいんじゃないかな?」
「ギュギュ?(どうしたの?)」
楓がポロリと溢した言葉に、ピースが問い掛けた。
「ん? うふふ。なんでもないよ」
「キュギュ~?(本当~?)」
「本当だって。あ、そろそろ閉店の時間だね。ミリーちゃん、手伝ってくれる?」
それから楓はミリーに声を掛けると、一緒になって閉店作業を行う。
「あれ? 今日はティアナさんたち、いないんですか?」
ザッシュの件を聞いていないミリーは、最近は楓と一緒に帰っていたティアナとっヴィオンがいないことに気づき、そう声を掛けた。
「忙しいんじゃないかな」
「そっか。でも、そうですよね。Sランク冒険者ですもんね」
ミリーの何気ない一言を受けて、楓も大きく頷く。
「そうだよね。Sランク冒険者なんだもんね」
そう口にした楓は心に決める。
「……今日は、一人で帰ろうかな」
「あ! それじゃあ私があとはやっておきますよ!」
楓の呟きを聞いていたミリーが、笑顔でそう口にした。
「え? でも、いいの?」
「はい! オルダナさんもいますし、リディ君もいますから!」
「うーん……それじゃあ、お願いしちゃおうかな」
楓としては良かれと思っての選択だった。
ミリーも言っていたが、ティアナはSランク冒険者だ。それはヴィオンも同じである。
冒険者ギルドからしても、最上位ランクでもあるSランク冒険者が、たった一人の人間に手を取られていては、依頼の消化が追いつかないのではと考えたのだ。
(ここで何もなければ、明日からも大丈夫だったよって言えるもんね)
それから楓が帰り支度を整えていると、ピースが心配そうに声を掛ける。
「キュギュギギャギュ?(本当に大丈夫なの?)」
「大丈夫だって。ピースも心配性だなー」
苦笑しながら答えた楓は、帰り支度を終えるとオルダナとリディにも声を掛ける。
「オルダナさん、リディ君。お先に失礼しますね!」
「おう! 気をつけて帰れよ!」
「またな! 姉ちゃん!」
オルダナとリディも、ミリーと同じでザッシュの件を聞いていない。
いつも仕事を頑張ってくれている楓を引き留めることはせず、快く退勤を許してくれた。
「んん~! なんだかピースと二人の帰り道って、久しぶりだね!」
「……キュン(……うん)」
楓の言葉に元気なく返事をしたピース。
「なんだか元気ないね? もしかして、まだ心配しているの?」
「……キュン(……うん)」
「そっか。……うりうり~! ありがとう、ピース!」
「ギ、ギュギキュギャ!(な、何するんだよ!)」
自分のことを心配してくれるピースに嬉しくなり、楓は彼の頬を指でフニフニする。
両手を上げながら抗議の声を上げたピースに、楓は笑みを浮かべる。
「うふふ。本当に大丈夫だって。ほら、あの角を曲がったらもう宿に到着――」
「ようやく一人になってくれたか。バカな女だなぁ」
楓の言葉を遮るようにして、聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
楓の心臓は早鐘を打ち始め、恐怖のあまり足を止めてしまう。
(……え? 嘘、そんな……どうして? 本当に、私を狙って?)
「ギャルルルルゥゥ!」
混乱する楓とは違い、ピースは威嚇の声を上げながら周囲を警戒する。
しかし楓の周囲に人影はなく、どこから声がしたのかも分からない。
「捕らえな」
「え?」
直後、楓の視界は真っ暗になってしまった。




