第119話:密談
その日の夜。
楓を宿まで送ったレイスは、彼女の護衛にミリアとアリスを付けると、自らはヴィオンと共に夜道を歩いていた。
「ティアナさんがいてくれて助かりました」
「あいつもカエデさんのことを気にしていましたからね。そのためなら、セリシャ様に話を付けるのも問題にはならないと思います」
レイスとヴィオンが向かっている先は、日中に訪れた商業ギルドだ。
楓も一緒だった手前、簡単な報告に終始したものの、レイスとしてはまだ話足りなかった。
それは楓の護衛について、ザッシュを捉えるための話し合いだ。
ティアナを先に向かわせたのは、セリシャに時間を作ってもらうためだった。
「ただ、セリシャさんが時間を作ってくれるかどうかですが……」
「それも大丈夫だと思います。セリシャ様は、カエデさんをとても大切にしているように見えましたから」
ヴィオンがライゴウの従魔具を依頼した時も、楓が依頼を受けると言うまではその正体を隠していた。
それだけ、楓の存在を隠し、悪意から守ろうとしていたのだと実感したのだ。
だからこそ、セリシャなら楓を守るための話し合いと言われれば、時間を作ってくれるという確信を持っていた。
「そうですか。それなら、安心ですね」
レイスも一つ頷き、そのまま足を進めていく。
商業ギルドが見えてくると、扉の前ではティアナが待っていた。
「お待たせしました、ティアナさん」
「いえいえ。セリシャ様は中で待っています。ヴィオンも行くでしょう?」
「当然だ」
それからレイス、ヴィオン、ティアナは商業ギルドに入ると、そのまま二階へと上がっていく。
その様子をエリンやギルド職員も目にしていたが、止めることはしない。
来客があることを伝えられていたからなのだが、気にはなってしまう。
チラチラと視線を向けられていることに気づいていたものの、そちらには目を向けることなく部屋の前に到着した。
代表してティアナがドアをノックする。
――ガチャ。
すると、すぐに中からドアが開かれた。
「……早いですね、セリシャ様?」
「レイス様をお待たせするわけにはいかないからね。どうぞ、中へお入りください」
「ありがとうございます」
レイス、ティアナ、ヴィオンと順番に中へ入りソファへ腰掛けると、全員分のお茶を並べてセリシャも腰掛ける。
「ティアナさんから話は聞いております。カエデさんを守るための話し合い、ということでお間違いないでしょうか?」
「はい。僕はそのためにここに来ましたから」
真剣な表情のレイスに、セリシャだけではなく、ティアナとヴィオンも息を呑む。
「……とはいえ、僕たちにできることは限られていると思うんです」
三人の雰囲気を感じ取ったレイスは苦笑しながら、言葉を続ける。
「カエデ様を護衛することと、ザッシュを捕まえること」
「護衛は俺とティアナで受け持とう」
「私の場合はレクシアもいるし、ザッシュが来たとしても十分に対処できると思うしね」
楓の護衛を買って出てくれたのは、ヴィオンとティアナだ。
特にティアナは、大型のライゴウとは違い、中型のレクシアが従魔として一緒にいる。
今もレクシアだけを宿に残しており、楓に付けていた。
仮に街中でザッシュが何かを仕掛けてきたとしても、ティアナは対処できると自信をのぞかせる。
「僕とミリアも、独自で情報を探してみようと思うよ」
「そのザッシュという冒険者の件で、一ついいかしら?」
レイスもやれることをやると伝えたところで、セリシャが小さく手を上げながら口を開く。
「レイス様たちが来られたあと、私の情報網でザッシュの目撃情報を探ってみたのだけれど、そしたら都市の中ではなく、外で怪しい人物を見たという情報がありました」
「本当ですか?」
驚きの声を上げたレイスに対して、セリシャは大きく頷きながら、テーブルに地図を広げる。
「こちらがバルフェムです。そして、北側の街道を逸れたこの辺りで、怪しい人物が目撃されたようです」
「北側って、王都側の街道じゃないのよ!」
「ザッシュが王都側からバルフェムに来たなら考えられるが、わざわざ人通りの多い北の街道の近くに身を潜めるのはどういうことだ?」
セリシャが地図を指さしながら説明していくと、ティアナが驚きの声を上げ、ヴィオンは疑問を抱きながら思案顔を浮かべる。
「……この辺りに何があるのか、教えていただいても?」
「あ、はい。この辺りには特に何もありませんが、つい先日ではティアナさんとヴィオンさんが模擬戦を行っておりました」
「……二人が模擬戦を?」
突然の模擬戦という言葉に、レイスはきょとんとしながら二人を見た。
「あ、あはは~。実は、レクシアの従魔具をカエデに作ってもらって、これなら勝てると思って……まあ、負けましたけどね」
「俺とティアナは時々、模擬戦をしては実力を確かめ合っているんです」
「そういうことでしたか。……ちなみに、その場にはカエデ様も?」
「いましたけど……え、まさか?」
レイスが確認のため質問をし、ティアナが答えた。
そこでティアナは、まさかの可能性に気づき顔を青ざめる。
「……もしもその場にザッシュが隠れていたなら、カエデ様の顔を覚えられた可能性があります」
レイスの言葉を受けたティアナは、勢いよく立ち上がる。
「私、戻ります!」
「僕も戻りましょう。ヴィオンさんもよろしいですか?」
「もちろんです」
「皆さん、お気をつけて」
最悪の場合、都市の中で戦闘が勃発するかもしれない。
そんなことを考えながら、ティアナたちは大急ぎで宿へと戻っていく。
しかし、ティアナたちの心配は杞憂に終わり、全員がホッと胸を撫で下ろした。
「あ! おかえりなさい、皆さん! ……あの、どうしたんですか?」
「レイス様、何かあったのですか?」
「おかえり! 王子様~!」
「ギュギュー?」
「ココン?」
楓が首を傾げると、ミリアは心配そうにレイスへ声を掛ける。
アリスはヴィオンを見つけると、彼の腕に自らの両腕を絡ませた。
ピースとレクシアは顔を見合わせ、同様に首を傾げていた。
「……あはは。なんでもないよ。さあ、僕たちも休もうか」
「ちょっと! ヴィオンから離れなさいよ!」
「えぇ~? 別によくな~い?」
「よくないから!」
「……はぁ。行きましょうか、レイス様」
アリスの態度は緊張していたヴィオンの力を抜くことに繋がっていた。
もちろん、意図的にやっていたわけではないが、アリスとしてはどこか雰囲気が軽くなったのを感じ取り笑顔を浮かべている。
「よーし! そんじゃあ、あーしたちも部屋に戻ろー! 今日はどんな話をしよっかなー?」
「今日は休むからね!」
「私も休ませてもらおう」
「えぇ~? マジで言ってんの~?」
「「マジだ」」
「……犬っち~!」
涙目で楓に抱き着いてきたアリスを見て、楓は苦笑いを浮かべる。
こうして、この日の密談は終わりとなり、レイス、ティアナ、ヴィオンはより警戒を強めようと心の中で決めていたのだった。




