第116話:女子会
女将に話を通すと、すぐに部屋を用立ててくれた。
それも、四人部屋と二人部屋をだ。
「カエデさんの部屋も置いておくから、明日からはまたそっちを使ったらいいよ」
「えぇっ!? でも、それじゃあ宿代が!」
「サンドイッチでこっちが儲けさせてもらっているんだ! これくらい、どうってことないさ!」
サンドイッチの件を持ち出されると何も言えなくなってしまう楓は、女将の気遣いにお礼を伝え、提案を受け入れることにした。
「ありがとうございます、女将さん」
「いいってことよ! 従魔たちも入っていいからね! あ、でも……」
そこで一度言葉を切った女将。
その視線は、宿の外で待機していたライゴウに向けられている。
「もしよろしければ、裏庭をお借りできませんか? ライゴウは大型の従魔なので、外での寝泊まりも慣れているので」
「構わないよ。けど、すまないねぇ。中に入れてあげられなくて」
「ライゴウが入れる宿なんて、一度も見たことがないので問題ありませんよ。なあ、ライゴウ?」
「ヂキヂキ!」
ヴィオンの言葉にライゴウも頷きながら答えてくれた。
「そうかい? 分かったよ。それじゃあ、大きな従魔の案内はあたいがしておくから、カエデさんたちは先にいってらっしゃい」
笑顔で中へ促してくれた女将に、レイスたちも頭を下げながら中へ入っていく。
女将が用意してくれた部屋は、レイスとヴィオンが二階に上がって左手にある通路の奥。
女性陣の部屋は右手にある通路の奥で、楓が使っていた部屋の向かいにある部屋だ。
「それじゃあ僕たちはここで」
「ティアナ。カエデさんを頼んだぞ」
レイスとヴィオンはそう口にすると、そのまま左奥の部屋に歩いていった。
「それじゃあ、私たちもいきましょうか」
楓の言葉で女性陣も歩き出し、四人部屋に入っていく。
部屋の中には左右にベッドが二台ずつ置かれており、それぞれのベッド横にはサイドテーブルが置かれている。
窓は奥の壁に一ヶ所だけあり、ミリアはすかさずそちらへ歩いていく。
「……近くによじ登れそうな木などもないな」
「え? もしかして、私のために?」
即座に護衛としての仕事を全うしようとしたミリアを見て、楓は驚きの声を溢した。
「レイス様の下を離れて、カエデ様の下へきているのだから、これくらいはな」
「あ、ありがとうございます」
「本当に真面目よね、ミリアは」
「ミリっち、まっじめー!」
「護衛として当然だからな! 真面目とか、そういう問題ではないからな!」
盛り上がっているティアナとアリスに対して、ミリアは声を荒らげた。
「そんなことよりもさー!」
「そんなことではないだろう!」
「はいはい。せっかくの女子会なんだし、やるべきトークテーマはこれでしょー!」
「話を勝手に進めるなー!」
ミリアの言葉を完全に無視して、アリスが話を進めていく。
自由に話を進めていくアリスの姿に、楓とティアナは苦笑気味だ。
「テーマは! …………コイバナでーす!!」
「「…………コイバナ?」」
コイバナという言葉がこの世界にないのか、ティアナとミリアが首を傾げている。
「……コイバナ?」
「えぇっ!? い、犬っちも!!」
しかし楓までもが二人と同じ反応をしており、これにはアリスも驚きの声を上げた。
「い、いやー。生まれてこれまで、コイバナなんて一度もしたことがないんだよねー」
「れ、恋愛は?」
「失礼ね! 恋愛はあるわよ! あるけど……まあ、結果は聞かないでね?」
「……っす」
楓から静かな圧を感じ、アリスは口調も変えて返事をしていた。
「……ねえ、カエデ? コイバナってなんなの?」
「恋愛と何か関係があるのか?」
楓とアリスのやり取りが終わったと判断したティアナとミリアが質問を口にした。
「えっと……」
「コイバナはー! 恋愛、恋のお話だよー!」
「「…………はああぁぁぁぁ~?」」
「ミリっちはー、レイス様ねー! んでんでー、ティーちゃんはー……あーしの王子様ね?」
「なんで最後の方だけドスの利いた声してんのよ!」
ミリアの態度を見るに、彼女がレイスに恋愛感情を抱いているのは楓にもなんとなく分かった。
ティアナがヴィオンに抱いている感情にも、納得感はある。
しかし、ここで楓は一つの疑問を口にする。
「……あの、アリスちゃん? 私は?」
「犬っちはー……犬っちはー…………えっとー…………み、みっちー?」
「誰よ! みっちーって!?」
「……神道道長っす」
「召喚されて初めて顔を合わせた子に、恋愛感情なんて湧くわけないでしょうが! さては、私のことは気にしてなかったわね!」
「…………っす」
「っす。……って何よ! もういいわよ! こうなったら、二人から根掘り葉掘り聞いてやるんだから!」
アリスの態度を見た楓はやけくそ気味に、ティアナとミリアの恋愛話を聞いてやろうと口にした。
これには二人も大慌てだ。
「な、なんでそうなるのよ! ってか私は別にヴィオンのことをどうとも思っていないわよ!」
「マジでー! だったらあーしが狙って問題は――」
「それは話が変わってくるわね!」
「なんでよ!」
ヴィオンのことを王子様と常に口にしているアリスが狙うと口にすると、言葉を遮るようにティアナが阻止してきた。
「わ、私だってレイス様のことを好いているわけではないわ! あ、あくまでも近衛騎士としての立場で、このお方になら命を捧げても良いと思っているだけです!」
「えぇ~? そんじゃ~、犬っちがレイス様と結婚してもいいんだ~?」
「なんで私の名前が出てくるのよ、アリスちゃん!」
ミリアは純粋にレイスのことを尊敬しているのだと口にしており、そこへアリスが茶化すように声を上げた。
そこに楓の名前が出てきたため、彼女は慌てて口を挟む。
「だって~? レイス様もその気だったし~? それにお似合いっぽかったし~?」
「そんなことないから! もう、ミリア様も何か言ってくださいよ!」
「……」
「だからなんで何も言わないんですか!?」
「あー……カエデ? これね、悔しさを表に出さないよう我慢しているのよ?」
「ティアナ!」
「……そうなんですか?」
「くっ!?」
悔しそうな声をミリアが漏らしたことで、ティアナの発言が正しいのだと分かってしまった楓は苦笑いだ。
そして、そんなミリアの態度を見逃すようなアリスではない。
「はいはーい! それじゃあまずはー、ミリっちの話から聞いていこー!」
「な、なんでそうなるのだ!?」
「さんせーい!」
「ティアナまで!? カ、カエデ様!!」
「……」
「無言で手を上げるのはよしてください!?」
この日、楓たちは夜遅くまで大いに盛り上がったのだった。




