第112話:近況報告
作業場へ移動した楓は、すぐにレイスたちに椅子を勧め、自分はお茶を入れ始める。
「あぁ。あまり気を遣わないでくれ。勝手に押し掛けたのはこちらなのだからね」
「ですが……って、そうか! 王族の方に私なんかが入れちゃお茶を出すわけには!」
「そ、そういうことではないんだけどね……」
いまだに混乱している楓を見て、アリスが近づいていき声を掛ける。
「落ち着いてってばー、犬っちー!」
「い、犬……犬っち?」
「そー! 犬山楓、通称犬っち、でしょ?」
「……そ、そうとも言うの、かな?」
「いえーい!」
楓が困惑しながらも納得したからか、アリスは両手を上げて笑みを浮かべる。
反射的にハイタッチをしてしまった楓だが、その時には何故だか気持ちが少しだけ楽になっていた。
「どう? 緊張がすこーしは解けたんじゃない?」
「……そう、だね。うん、本当だ。ありがとう、大嶺さん」
「アリスでいいよー、犬っちー!」
「うふふ。それじゃあ……ありがとう、アリスさん」
楓の表情が和らいだのを感じたレイスはホッと胸を撫で下ろす。
「……本当に申し訳ございません、カエデ様」
「そんな、謝らないでください。それにしても、本日はどうしてこちらへ? もしかして、先日あった王家からの指名依頼が達成されたことのご連絡か何かですか?」
レイス自らがやってきた理由について考えた楓は、思い当たることがティアナやヴィオンに出された指名依頼しかなかったため、そう口にした。
「それもあるのですが、他にも色々ですかね」
「そうなんですか?」
「はい。でもまずは、指名依頼について、そして母上のことを報告した方が良さそうですね」
レイスがそう口にすると、後ろに控えていたミリアが楓の方へ歩き出し、彼女が入れたお茶を受け取ってくれた。
「お手伝いいたします」
「あ、ありがとうございます」
お茶がテーブルに並べられると、レイスが座る椅子の後ろに再びミリア、向かい側に楓が座り、その隣にアリスが腰掛けた。
「まずはカエデ様が口にされていた王家からの指名依頼についてなんですが、問題なく達成されました。そのあたりは、もしかすると冒険者たちから話を聞いていたのではないですか?」
「はい。依頼に参加された冒険者の方と、ティアナさんがお知り合いだったので」
「そうなんですね。そのあとについてなのですが、王妃……僕の母上も、手に入れた薬草のおかげで快方に向かっています」
「本当ですか! ……あぁ、よかったです」
楓の心底からの言葉に、ずっと真剣な顔をしていたレイスの表情が僅かに緩んだ。
「カエデ様にそう言っていただけると、僕も安心できます」
「え? どうして私なんですか?」
「ミチナガ様、スズネ様、そしてこちらにいらっしゃるアリス様。このお三方の召喚に巻き込まれたにもかかわらず、こうして母上のことを心配してくださっていたことが、嬉しいんです」
レイスの言葉を聞いた楓は、柔和な笑みを浮かべながら口を開く。
「お母様の心配をするのは、仲の良い家族であれば当然かと思います」
「……そうですよね。すみません、ありがとうございます」
楓とレイスのやり取りを聞いていたミリアは何度も頷き、アリスは何故かニヤニヤしている。
「……どうしたの、アリスちゃん?」
「いや~? な~んか、いい雰囲気だな~、って思っちゃったり~?」
「えぇ~? まっさか~! そんなわけないから、茶化さないの!」
アリスは楓とレイスが恋仲になるのではないかと勝手に妄想していたが、それを楓がきっぱりと否定した。
「でもでも~。レイス様は分かんなくな~い?」
「はいはい。それじゃあ聞いてみましょうか? ないですよね、レイス様?」
「僕は全然ありだと思いますよ?」
「ほら~! ありだって言ってるじゃないのよ~! …………ん? あ、り?」
自分の考えていた答えとは違う答えが返ってきたため、一瞬だが何を言っているのか理解できなくなってしまった楓。
何度も瞬きを繰り返したあと、一気に顔を真っ赤に染める。
「……ええええぇぇっ!? いや、ちょっと! 社交辞令でもさすがにダメですって!!」
「えっと、社交辞令ではないんだけどな」
「ミ、ミミミミ、ミリア様!? なんとか言ってあげてくださいよ!!」
「……」
「なんで何も言わないんですかああああっ!? 護衛騎士様ああああっ!!」
レイスを守るのが護衛騎士であるミリアの役目だろうと、楓は声を大にした。
「……」
それでも無言を貫くミリアを見て、楓は大きく肩を落とした。
「で、ですが、カエデ様? カエデ様が僕のような若輩を好むとは思えませんし、何よりあなたは自由です。元の世界に戻れるようになればご連絡いたしますから――」
「あ、元の世界に戻れるんですね。ですが、それだけは拒否させてください」
異世界系の作品、特に召喚ものでは元の世界に戻れない、ということの方が多かったと楓は考えていた。
故に、楓は勝手に元の世界に戻るという選択肢を排除し、この世界で生きていこうと決めていた。
とはいえ、楓の場合は選択肢を排除していなかったとしても、その選択をすることはなかっただろう。
なんせ楓が愛していた祖父母はもう、いないのだから。
「え? そうなの、犬っち?」
「私は日本に良い思い出がないからな~。仕事ばっかりだったし、家族仲も良くなかったしね~」
「そうなんだ~。大変だったね~」
楓はあっさりと答えたものの、彼女の隣に座っていたアリスは悲しそうな表情でそう口にした。
「……そういえば、どうしてアリスちゃんはここにいるの? 近況報告ってだけじゃないわよね?」
ずっと気になっていたことを楓が聞いてみると、アリスはニヤリと笑い、その答えを口にする。
「実は~! その王家の依頼についていった時に~! めっちゃカッコいい人を見つけたの~! その人を探しに来たんだ~!」
「そうなんだ! ねえねえ、どんな人?」
「えぇ~? 聞いちゃう~?」
何やら盛り上がり始めた楓とアリス。
――コンコンコン。
しかしここで、作業場のドアがノックされた。
『――すまん、嬢ちゃん。お客さんだ』
声の主はオルダナだった。
「私にですか?」
『――ティアナたちなんだが、どうする?』
ティアナの名前が出たことで、楓は視線をレイスとミリアに向けた。
「いいんじゃないかな」
「私も、ティアナであれば問題ないかと」
「ありがとうございます。オルダナさん、通してください!」
『――分かった』
オルダナが返事をしてから一分後、作業場の扉が開かれた。
だが、そこにいたのはティアナだけではなかった。
「え? ティアナさんに、ヴィオンさんも?」
「いたー! あーしの王子様ー!」
「「「「「…………え?」」」」」
楓だけではなく、レイスやミリア、さらには事情を知らないティアナとヴィオンまでもが、全く同じ反応をしていた。




