第100話:模擬戦
「まずはやっぱり、私たちがぶつからないとね!」
そう口にしながら駆け出したのは、ティアナだ。
その手には愛槍の魔導具が握られており、既に穂先には炎が顕現している。
「いいだろう!」
対してヴィオンは腰に提げた直剣を抜き放つ。
ティアナの炎に対して、ヴィオンの直剣は風を操る魔導具だ。
自らに風を纏わせ、先に駆け出したティアナよりも速く、彼我の間合いを一気に詰める。
「ふっ!」
「はあっ!」
お互いの手の内を知り尽くしている両者である。
ティアナが炎を使うことも、ヴィオンが風を纏い加速することも、当然知っている。
後れを取るまいと刺突を放ったティアナに対して、ヴィオンも先手を取れるとは思わずワンテンポ早いタイミングで直剣を振り抜く。
――ガキンッ!
直剣と長槍がぶつかり合い、衝撃で砂埃が一気に舞い上がる。
「きゃあっ!」
思わず声を上げてしまった楓だったが、そこへ審判をしていたはずのギルマスが前に立ち、砂埃の盾になってくれる。
「大丈夫か?」
「あ……ありがとうございます」
「あの二人はバルフェムでも一、二を争う実力者だからな。冒険者たちが騒がしくなるのも許してほしい」
先ほどまでの態度とは裏腹に、楓に対しては丁寧に、そして冒険者たちを思っての言葉で話し掛けてくれる。
「えっと、私は特に何もされていないので」
「実際にこうして巻き込まれているじゃないか」
「いや、まあ、そうなんですが……私もティアナさんとヴィオンさん、どっちが勝つのか、あの場にいたからかもしれませんが気になっていましたし」
「……そうか。まあ、そう言ってもらえると助かるぜ」
ニヤリと笑ったギルマスは、楓のことを横目で見ていたが、その視線を舞台の方へ向ける。
楓もそちらへ視線を向け、試合の行く末を見守る。
激しくぶつかり合う長槍と直剣。そのたびに炎が弾け飛び、その炎を風が吹き飛ばしていく。
時折、風に乗って炎が大きく膨れ上がることもあったが、それが試合に影響を及ぼすことはない。
お互いにお互いを睨みつけ、一挙手一投足に集中していた。
「ライゴウ!」
「レクシア!」
直後、二人がほぼ同時に声を上げた。
ライゴウが大きな翼を羽ばたかせて雷を弾かせると、レクシアが炎を纏い美しい姿に変化する。
遠目から見ていた冒険者たちも二匹の姿に視線を奪われ、小さく息を吐く。
「撃ち落とせ――雷轟!」
「燃やし尽くせ――炎帝!」
飛び上がったライゴウから撃ち落とされる形で、幾重もの雷がレクシアへ迫る。
一方でレクシアは身に纏った炎の密度を上げていき、自らが炎帝となり雷へと突っ込んでいく。
雷とレクシアがぶつかり合う。
「――!?」
あまりの衝撃に、楓は目を閉じ、耳を塞ぎ、身を丸くする。
それほどの衝突の余波が、周囲に影響を及ぼしていた。
地面が揺れるたび、楓は体をビクッと震えさせる。
しかし、不思議なもので魔法による熱を感じるということはない。
怖かったが、楓はゆっくりと目を開いていく。
「……ピース?」
楓とその正面に立つギルマスを包み込むように、水の膜が顕現されていた。
「キャキュゲキキュキゲギュギ!(カエデはおいらが守るよ!)」
「こいつはすげぇな!」
ピースが頼もしい言葉を発すると、水の膜を見ながらギルマスが感心したように呟いた。
「ありがとう、ピース!」
「キュキケ!(任せて!)」
ピースを頭を優しく撫でながらお礼を口にした楓は、その視線を舞台へ向ける。
「……え? ……何、あれ?」
「ったく。やり過ぎなんだよ、あいつらは」
しかし、舞台は見るも無残な姿になっており、ギルマスもため息交じりにそう口にした。
ライゴウの雷が落ちた場所から粉々に砕け、レクシアの炎は石造りの舞台をドロドロに溶かしていた。
だが、その二匹は動きを止めており、何やら睨み合っているだけだ
「……どうしたんでしょう?」
「おそらくだが、ティアナとヴィオンの戦いがもうすぐ終わると感じ取ったんだろう」
「え?」
楓の驚きの声が契機になったわけではないが、直後にティアナとヴィオンから、今まで聞いたことがない、力のこもった声が聞こえてきた。
「せええええええええいっ!」
「はああああああああっ!」
――ガキイイイインッ!!
甲高い音が鳴り響くと同時に、二人の動きが止まる。
どこからか風を切る音が聞こえてきたかと思えば、空から音を響かせていた何かが舞台に突き刺さる。
その何かは――ティアナの長槍だった。
「……だあああああっ! また負けたああああっ!」
「俺もまだまだやれるということだな」
「もう! ヴィオン兄は強すぎるんだよ!」
「そういうティアナも、相当腕を上げたんじゃないか?」
腰に直剣を戻しながらそう声を掛けたヴィオンは、ティアナに手を差し出す。
その手を握り、起き上がらせてもらったティアナ。
そこへ楓が駆け寄っていき、声を掛ける。
「ティアナさん! ヴィオンさん!」
「カ~エ~デ~! 私、負けちゃったよ~!」
「ものすごい試合でした! 私、感動しちゃいました!」
悔しそうに声を上げたティアナに対して、楓はぴょんぴょん飛び跳ねながら彼女の手を握り、励ましの声を掛けた。
「怖かったんじゃないか?」
「最初はそうでしたけど、ギルマスとピースに守ってもらえたので、なんとか見守ることができました」
「そうか。それならよかったよ」
楓のことを気遣ったヴィオンに対して、楓はギルマスとピースの名前を出して問題なかったと答えた。
「次こそは絶対に勝つからね!」
「次も負けんさ」
「はあぁぁ~? 生意気なんだから~!」
「……ねえねえ、ティアナさん?」
ヴィオンを睨みつけながら悪態をついているティアナ。
そんなティアナに対して、楓はニヤニヤしながら声を掛けた。
「ん? どうしたの、ティアナ?」
「ヴィオン兄、なんだよね?」
「へ? ……うええええぇぇええぇぇっ!? な、なんで!!」
「だって、さっきどさくさで言ってましたよ? ヴィオン兄って!」
「ああああぁぁああぁぁっ!? 止めてよ、それだけはああああっ!!」
頭を抱えて叫び始めたティアナを見て、楓は微笑ましい視線を向ける。
「あぁ。ティアナは周りに誰もいない時なんかは、俺のことをヴィオン兄と――」
「へ、へへへへ、変なことをカエデに教えないでよ! バカ!」
追い打ちを掛けるようにヴィオンが暴露すると、ティアナは顔を真っ赤にしてそう怒鳴った。
「さあさあ! 模擬戦は終わったんだ、お前たちはさっさとギルドに戻れよ!」
手を叩きながらギルマスがそう口にすると、冒険者たちはぞろぞろと移動を開始する。
その中には意気揚々としている者や、大きく肩を落としている者がいる。
おそらく、賭けに勝った者と負けた者なのだろう。
「お前たちも早く戻れよ。それとティアナは、カエデを商業ギルドへ送っていくんだぞ」
ギルマスは最初から最後まで楓に気を遣いながら、彼もバルフェムの中に戻っていった。
「俺たちも戻るか」
「……分かったわよ。行こう、カエデ」
「はい!」
ヴィオンの言葉にティアナが応え、楓も一緒に歩き出す。
(すごい試合だったな。なんだかバルフェムの中でずっと従魔具を作ってたけど、ここが異世界なんだって、ものすごく実感できたかも!)
高揚した気持ちのまま、楓は軽い足取りでバルフェムに戻っていった。
――そんな三人の姿を、気配を消して覗き見る姿があった。
「……あいつかぁ」
ティアナではなく、ヴィオンでもない。
その視線は楓を睨みつけながら、舌なめずりをしていたのだった。
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