第3話 銀翼の旗、帰還
夕暮れの街は、石畳を染める橙色の光と、行き交う人々のざわめきで満ちていた。
市場の屋台からは焼きたてのパンや香辛料の匂いが漂い、鍛冶屋の店先では金属を打つ音が響く。
その喧騒の中を、五人の女性が並んで歩いていた。
昼間までダンジョンの奥で岩甲竜と渡り合っていたとは思えないほど、足取りは軽い。
それもそのはず――あの奇妙な黒い板から現れた青年が届けてくれた「カツ丼」とやらで、空腹も疲れも吹き飛んでいたのだ。
温かいご飯の上に分厚い揚げ肉、甘じょっぱいタレと卵の香り。あれは間違いなく、彼女たちの記憶に残る食事になった。
「ふぅー、やっと帰ってきたわね」
先頭を歩く赤毛の女剣士が、背中の大剣を軽く叩く。
レイナ・グランフォード――銀翼の旗1軍パーティーのリーダーだ。
豪快な笑い声と面倒見の良さで、仲間からもギルドからも一目置かれている。
戦場では先陣を切り、拠点では宴会の音頭を取る姉御肌。
「帰ったらまずは報告書ね。……それと、魔石の仕分けも」
隣を歩く黒髪ロングの魔法使いが、冷静な声で告げる。
セリス・アルヴェイン。副リーダーであり、戦術眼に優れた魔法使いだ。
戦闘中は的確な指示を飛ばすが、甘い物の前では年相応の笑顔を見せる。
カツ丼の甘辛いタレを思い出し、口元がわずかに緩んでいた。
その後ろを、長い金髪を揺らすエルフが静かに歩く。
リュシア・フェルナード。百年以上の時を生きる長命種だが、見た目は二十代前半ほど。
無口で感情を表に出さないが、美味しいものを食べるとほんの少し口元が緩む。
今も、ほんのわずかに頬が赤いのは、熱々のカツ丼を夢中で食べたせいだろう。
「あんな料理、久しぶりに心まで温まった気がするよ」
柔らかく笑いながらそう言ったのは、がっしり体型の僧侶兼盾役、マリナ・ベルフォード。
戦場では鉄壁の守りを誇るが、日常では昼寝とお茶をこよなく愛する。
その穏やかな声に、仲間たちの表情も自然と和らいだ。
「どうせなら次は別の料理も頼んでみたいよね。あたし、あの人に聞きたいこと山ほどあるし」
最後尾で軽やかに歩くのは、小柄なシーフ、ティナ・クローヴィス。
情報収集と交渉術に長け、仲間との軽口で場を和ませるのが日課だ。
今回の「配達人」についても、すでに頭の中で質問リストを作り始めている。
クランハウスに戻ると、広い玄関ホールに木の香りが漂っていた。
壁には過去の討伐証明や地図が飾られ、暖炉には火がくべられている。
1軍の五人は慣れた様子で装備を外し、ソファに腰を下ろした。
「で、あの黒い板はどうする?」
ティナが腰のポーチから魔道具を取り出し、テーブルに置く。
「便利すぎるわね……あれ一つで、あんな料理がすぐ届くなんて」
セリスが感心したように言い、指先で軽く板を叩いた。
「でも、あの青年、何者なんだろうな」
レイナが腕を組む。
「見たこともない服装だったし、背中の箱も妙だった」
「料理の味も、こっちのどの店とも違った。香辛料の配合も、米の炊き方も」
リュシアが珍しく言葉を続ける。
彼女が食べ物についてここまで語るのは、よほど気に入った証拠だ。
「また呼べるのかな」
ティナが黒い板をひっくり返しながら言う。
「呼べるとしても、魔石の消費は馬鹿にならないわよ」
セリスが冷静に指摘する。
「でも、あの味は……」
マリナが夢見るように呟くと、全員が苦笑した。
「次に会ったら、ちゃんと名乗ってもらおうじゃないか」
レイナがにやりと笑う。
「それと、どこから来たのかもな」
暖炉の火がぱちぱちと音を立てる中、五人はしばし黙り込んだ。
それぞれの胸に、あの青年の姿と、湯気の立つカツ丼の香りが蘇っていた。
外では夜の帳が下り、街の灯りが一つ、また一つと灯っていく。
銀翼の旗のクランハウスにも、静かな夜が訪れようとしていた。
だが、五人はまだ知らない。
この日を境に、あの黒い板と「配達人」が、彼女たちの日常を大きく変えていくことになる――。




