創造
人の声が聞こえる。自分は声をかけようとしたがその前に相手はどこかへいなくなってしまったようだ。
ここはどこなのだろう。空から光が差しているだけの真っ白な部屋。
自分は何かほかにないか、と詳しく部屋を観察してみることにした。すると壁に妙な感覚を覚えた。なぜか少し揺らいでいるように見えたのだ。近くに行って触ってみると、またもや妙だ。扇風機から風が浮いているような圧を感じたのだ。強く手を押し付けると、それに伴って反発力が強くなる。壁という物質を直接触ることができなかった。そこには通り抜けることができない「何か」がある。
この部屋はそんな変な「何か」に囲まれている。本当にここはどこなのだろう。
「…」
遠くで物音がした。
「誰かいますか?」
返事はなかった。気のせいか、と思い、また壁を調べてみようとしたところ、
「あなたは誰?」
今度は確実に声が聞こえた。
「〇〇です」
と返してみた。あなたは?と、聞くと、✕✕だと端的に言った。
その時、壁が少し揺らいだ気がした。それと同時に壁の色がうっすらと変わった気もした。現実ではありえない。
「すみません、ここってどこですか?」
自分は今一番気になっている問いを投げかけてみた。
「私もわからない」
声と名前からして女性だろう。ただ、少し幼いような口調と感じられた。
するとまた壁が様子を変えた。一瞬、天井からの光を大いに反射して自分の目に突き刺さった。声は聞こえるが、相手がどこにいるのか見ることはできない。
さらに壁を触ってみると、今度はコンクリートみたいに硬く冷たかった。先ほどの空気のような優しさはどこにもない。
「君はずっとここにいるの?」
また、質問をしてみた。少し経ってから、
「うん、ずっと」
寂しそうな口調で返した。
聞いたときに思ったが、自分は何時からいるのか見当がつかない。なんせ腹は減らないしここには時計もない。どうやってここに来たのか。ここに来る前はどうしていたのか。そういったことが全く思い出せない。 大理石のようなガラスのような質感で、空から差す光を反射している床と壁。それらで覆われた空間がここにあるだけだ。
「〇〇は一人?」
今度は✕✕から質問してきた。自分はそうだ、と簡単に返した。そのときまた、壁が変化した。今度はまた空気のような感触だ。
「君の部屋には何があるの?」
また聞いてみた。
「何も。ただ黒い壁があるだけ」
自分の部屋と違うことに少々驚いた。人によって空間が異なるのだろうか。そもそもこの空間にはどれだけの人がいるのか。知りたいことは山程あったが彼女の質問を振り返ってみた。
「この壁を壊すことってできないのかな」
そう、彼女は先程、一人でいるか、と聞いたのだ。この壁を壊し、人と関わることが出来るかもしれない。元々2人以上いる部屋が存在するなら話は別だが。
「あるわ。ただ、私にはやり方が分からない。」
また驚いた。このよく分からない物体を取り除けるのは嬉しい。そう思いながらいると、また壁が固く冷たくなった。一緒に壁を除く方法を探そう、と言ってみると
「やめて!」
大きい声が返ってきた。
「もう何度も試したの。それでもできない。私は人とは関われない。」
最後は今にも泣きそうな声に聞こえた。
確かに、こんなところにずっと閉じ込められたら気が狂うに違いない。自分もそろそろ苛立ちを覚えてきた。
「一緒に方法を探そう。絶対出来る。」
「なんでそんなに私に構うの。私なんか何の取り柄もないし、私との壁を壊すぐらいだったら他の人のを壊せばいいのに。あなたならすぐできるはず」
やり方を知らないのではなかったのか、と聞くと、私にはそのやり方が分からない、と言う。言っている意味が分からないが、どうやら破ること自体は可能なようだ。
「具体的にはどうしたらいい?」
「お互いをよく見合うこと」
本当に言っている意味が分からなかった。この壁がある以上、相手を直接見ることは出来ない。
可能性があるとしたらこの気まぐれな壁が透明になった時だろう。でも彼女は自分なら出来ると言っていた。これは自分自身の力で変えることが出来るということだろうか。
「趣味は何かある?」
なんでそんなこと聞くの、と少し強めな口調で返した。正直ただの気まぐれで聞いたものだ。なんとなく、と言うと、何それ、と吐き捨てた。この空間は床と壁(と言っていいのか分からないほどのある物質でできた未知の物体)があるだけ。出来ることと言ったらこうやって見えない相手と話すことしか無いのだ。返答もないので、もう一度どうやったら壁を壊せるかと考えていたところ、
「音楽聴くこと」
とぼそっと呟いた。思わず「えっ」と言ってしまった。なんでもない、と彼女が少し照れ気味で言ったとき壁がまた変化した。今度は個体のような液体のような柔らかい素材だ。また、壁が透明になったようにも感じた。ただ、いまだ彼女の様子や、彼女の部屋は見えない。
壁は彼女との会話を通して変わっていることに気づいたとき、もう少し彼女と話してみることにした。
「好きな食べ物は?」
「さっきから何?私の何を知りたいの?」
いいから、と少し強引に聞くと、「オムライス」とまた小声で言った。話すのに抵抗はあるみたいだか返答はしてくれる。するとまた壁が変化したように見えた。今度はさらに水のようなさらさらとした触り心地になった。ただ、まだそこには通り抜けることができない「何か」がある。
壁がプリズムがわりとして、上から差す光を虹色に分光したのが自分の足元に当たった。
「あなたは?」
また急に彼女が言ってきた。
「好きな食べ物」
彼女から質問をしてくるのは初めてのことだったので嬉しかった。塩ラーメン、と端的に言うと、そう、と少し嬉しそうな声で返した。彼女がプラスの感情を抱いているのは言葉だけでも分かった。彼女はずっと暗い口調だったのでこの変化は嬉しかった。
その後も好きな音楽やゲーム、最近ハマっていることなど初対面の人がする普通の会話を続けた。話していくうちにだんだんと彼女の口調に棘がなくなっていくことを感じた。
「こんなに話してくれたのあなたが初めて」
そうなんだ、と言うと小さな声でうん、と言った。
「私、自分から話しかけることはないから誰かから来てくれるのを待つしかなかったの。でも、一番はじめの反応見て分かったでしょ?私、人との関わり方が下手くそ過ぎる。」
「ただ素直に自分を見せれば良いんだ。深く考える必要はない。」
彼女が大きく目を開けながらこちらを向いていたのが、一瞬、見えた気がする。
過去に何かしらの出来事があったからか、彼女は内向的な性格で自己肯定感を感じられなかった。その原因を探って解消していくことができればもっと笑顔になるだろう。ただ、それをするにはより彼女との時間が必要だ。
「もっと話せる?」
なんだか寂しそうな、また嬉しそうな声でこちらに話しかけた。もちろん、と言った瞬間、笑顔の綺麗な彼女がこちらを向いているのがはっきり見えた。