嫉妬の果てに、甘く濡れる夜
イザベラの足音は重く、怒りをそのまま響かせていた。
「アリシアン……どういうつもり? 私以外の女を、しかもこんな……綺麗な……っ」
語尾が少し震えていたのを、アリシアンは見逃さなかった。ふふ、可愛いじゃない……と思いながらも、まずは誤解を解かねばならない。
「イザベラ、落ち着いて。彼女は『そういう関係』じゃないわ。ダークウッドでヴェノム・クロウラーに襲われてたの。私は助けただけ」
イザベラは眉をひそめた。
「……本当に?」
その問いに、リリアナが前に出た。
「私はリリアナ・フロストハート。旅の魔法使いです。アリシアンさんには命を救われました……誤解を招いてしまって、申し訳ありません」
彼女の頭の下げ方には、誠実さと気品があった。
イザベラは視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……ごめんなさい。嫉妬してたの、私」
アリシアンはその言葉に、にっこりと微笑んだ。
「それでこそ、私の可愛い恋人ね」
イザベラの頬が赤く染まる。
「……もうっ、からかわないで」
そのやり取りにリリアナは思わず微笑み、空気は柔らかく和んだ。
「それと……リリアナさん。誤解とはいえ、不快な思いをさせてしまってごめんなさい。宿泊費は、すべて無料にするわ」
「えっ……!?」
リリアナが戸惑った表情を見せる。
「でも……そんな、ご迷惑は……」
「いいの。あなたはお客様だし、それに、アリシアンに救われた命。私にとっても大切よ」
イザベラの言葉に、リリアナはようやく小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
そして、三人は夕食のために食堂へ向かった。夕暮れの食堂には、ランタンの優しい光が揺れていた。 テーブルには野菜のスープと香草で焼かれたローストチキン、温かいパンとチーズが並び、食欲をそそる香りが満ちていた。食卓は和やかだった。リリアナは少しずつ笑顔を見せるようになり、イザベラも落ち着きを取り戻していた。
「じゃあ、私は先に部屋で休むわ」
そう言って席を立つリリアナに、アリシアンとイザベラは優しく頷いた。
「ゆっくり休んで。身体、まだ完全じゃないんだから」
「ええ……おやすみなさい」
リリアナが去ると、イザベラがちらりとアリシアンを見た。
「……ふふ。ようやく、二人きりね?」
「ええ。待ってたわ」
二人は見つめ合い、自然と手が重なった。従業員たちはその様子を遠目に見て、苦笑を浮かべていた。
「……まただよ。あの二人、隠す気ないよね」
「いやもう公然の秘密どころか、完全に公開中じゃない?」
そんな声を背に、アリシアンとイザベラは特別室へと消えていった。特別室。豪奢なインテリアに包まれた空間。扉が閉まると同時に、アリシアンはイザベラを優しく壁際に追い詰めた。
「……さっきの顔、ほんとに可愛かったわ。嫉妬に燃えるイザベラなんて、なかなか見れないもの」
「ばっ……ばか……! あんたのせいでしょ……」
イザベラは唇を尖らせるが、その瞳は潤み、頬は桜色に染まっていた。アリシアンはその頬を指先でなぞり、そっと唇を重ねた。夜風がカーテンを揺らし、部屋の灯りが静かに瞬く。
二人はベッドへと倒れ込み、互いの温もりに包まれながら、何度も愛を確かめ合った。服を脱がず、肌の上から触れ合う。 抱きしめ、囁き、キスを重ねる。限界すれすれの距離感で、お互いを焦がし合う夜。
「アリシアン……すき……」
「私も、よ……イザベラ」
星々が輝く静かな夜。特別室には、甘く濃密な空気が漂っていた。
まだまだ夜はこれから。