嫉妬の兆し、揺れる乙女心
ダークウッドの戦いからの帰還。アリシアンは、肩を貸している銀髪の魔法使い、リリアナを支えながら、ルヴェンディアのギルドの前に立った。
「少しだけ、痛みは和らいだ?」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます……」
静かに頷くその声は、冷静で落ち着いていたが、確かに疲労と毒の影を引きずっていた。アリシアンは扉を押し開ける。ギルドのホールに、軽やかなベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ……あっ!」
受付嬢セリーヌが顔を上げ、アリシアンの姿に瞳を輝かせた。
「アリシアンっ……! 無事で……って、えっ?」
その表情が、一瞬で曇る。彼女の視線はアリシアンの隣にいる、銀髪の美しい女性へと向けられていた。片腕をアリシアンに預けるように身を寄せたその姿に、胸がざわついた。
「……だ、誰よ、その女……」
アリシアンは、口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふっ、嫉妬しちゃうなんて……可愛いわね、セリーヌ」
「し、嫉妬なんてしてないっ! っていうか! そ、その女、いったい誰なのよっ!?」
顔を真っ赤にして語気を荒げるセリーヌ。アリシアンには、その不器用な反応がいっそう愛らしく映る。だが次の瞬間、セリーヌの目がリリアナの腕の毒痕に気づいた。青白い肌に、緑色の痕がじわりと滲んでいる。ヴェノム・クロウラーの麻痺毒。
「……っ! まさか……!」
セリーヌは表情を一変させ、すぐにカウンターを飛び出した。
「医務室の先生呼んでくるわ! 少しだけ待ってて!!」
その背中を見送りながら、アリシアンは小さく呟く。
「ほんと、素直じゃないわね……でも、そういうとこ、嫌いじゃないわ」
医務室。リリアナは簡易ベッドに横たわり、医者が光の魔晶石を使って治療を進めていた。魔力の光が毒を包み、ゆっくりと浄化していく。アリシアンとセリーヌは少し離れて、その様子を静かに見守っていた。やがて、セリーヌがぽつりと口を開いた。
「……ごめんなさい、アリシアン」
その声は、いつものツンデレな口調ではなかった。素直で、真剣で、どこか寂しげだった。
「私……嫉妬なんてしてる場合じゃなかったのに……ほんと、バカみたい」
アリシアンは微笑みながら、セリーヌの肩に手を置いた。
「気にしないでいいわよ。私は怒ってなんかいない。それに……素直なセリーヌも、可愛いわねぇ?」
「~~っ!!」
セリーヌは顔を真っ赤にし、目を逸らした。けれど、胸の奥では確かに、アリシアンの言葉が温かく灯っていた。
「治療は完了しました。毒は完全に除去されましたよ」
医者が二人のもとへ来て、穏やかに告げた。
「数日安静にすれば、すぐに動けるようになるでしょう。それでは、私はこれで」
医者が部屋を出て行くと、アリシアンとセリーヌはリリアナのもとへ向かう。銀髪の魔法使いは上体を起こし、静かに頭を下げた。
「助けていただき……本当に、感謝しています。あなたがいなければ……私はもう……」
「ふふっ、気にしないで。通りがかりよ」
アリシアンは軽く手を振り、妖艶に微笑んだ。セリーヌは少し照れながら呟く。
「私なんて……医者を呼んだだけだし。何もしてないわよ……」
「いえ……その一言がなければ、私、きっと死んでました。ありがとうございます」
セリーヌはばつが悪そうに髪を指で弄った。
「ねえ、ルヴェンディアでの滞在場所って、もう決めてあるの?」
セリーヌが少し心配そうに問いかける。リリアナは落ち着いた口調で頷いた。
「私はリリアナ・フロストハート。エルドリア王国のフロストウィンド学院出身の魔法使いです。
修行の一環として諸国を旅していて……ダークウッドに偶然たどり着きました。でも……宿は、まだ決めていなくて……」
その言葉を聞いたアリシアンが、目を輝かせた。
「なら、私の恋人が助けてくれるわよ。イザベラっていうの。ルヴェンディア最大の宿屋『ゴールデン・ハーヴェン』のオーナーなの。一緒に行きましょう? 療養にも最適よ」
リリアナは目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう。よろしくお願いします」
セリーヌは二人がギルドを出るまで見送った。
「気をつけてね……」
その声の裏に、もうひとつの声があった。
(……やっぱり、私、アリシアンのこと……)
胸の中で言葉が渦巻く。複雑な表情で、セリーヌはその背中を見つめていた。
ゴールデン・ハーヴェン。高級感あふれる宿のエントランスに、アリシアンとリリアナが姿を見せた。従業員たちは一瞬でざわめいた。
「アリシアン様が……女性を連れて……?」
「ちょっと待って、イザベラ様の恋人なのに……?」
ざわめきが広がる中、アリシアンはいつものように妖艶に微笑んだ。
「みんな、落ち着いてちょうだい。この子はリリアナ。ダークウッドで助けた魔法使いなの。療養が必要だから、ここで少し預かってほしいのよ。ねぇ、イザベラに伝えてくれる?」
従業員たちはようやく納得し、すぐに動き出した。
「はい、すぐにイザベラ様にお伝えします!」
その間、リリアナはきょとんとした表情で周囲を見回していた。
「なんだか……すごく、注目されてますね……?」
「気にしないで。日常よ、私にとっては」
しかし、その穏やかな時間は長く続かなかった重い足音がフロアに響く。
宿の奥から現れたのは――
長身の美女、イザベラ。豊満なバスト、腰まで流れる金髪、そして……怒りに染まった美貌。
「……アリシアン。どういうこと……?」
その声は低く、鋭く、明らかに『怒っていた』。
「あなた……私以外の女を連れ込んで……どういうつもり?」
その迫力に、さすがのアリシアンも一瞬たじろぐ。だがすぐに、艶やかな笑みを浮かべて応えた。
「ふふ……ちょっとだけ、説明がいるみたいね」
怒れる恋人、困惑する従業員、戸惑うリリアナ。ゴールデン・ハーヴェンの空気が、一気に熱を帯びていった。