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愛しき受付嬢

ザルヴァーン帝国。それは、ヴェルドラシア大陸の中央に君臨する巨大国家。剣と魔法を礎に発展し、皇位を継ぐ女帝によって統治されていた。辺境には魔晶石を狙うモンスターや盗賊が跳梁し、貴族とギルドが治安維持に名を借りた支配を続ける。その中でも帝国第三の都市ルヴェンディアは、魔晶石の交易で栄えた中規模都市であり、帝都から馬車で三日。巨大なギルド支部が中心街に構えられ、日々、冒険者や傭兵たちが依頼をこなしていた。

その日も、ルヴェンディアの街は活気に満ちていた。街道を堂々と歩く黒髪の美女アリシアンの姿に、すれ違う者たちの視線が釘付けになる。


「ふふっ……視線がくすぐったいわね」


陽光を受け、彼女のビキニアーマーが煌めいた。赤いマントを翻し、彼女はギルドの重厚な扉を押し開ける。扉の音に、受付カウンターの一角が沸いた。


「あっ……! アリシアンさん!」


飛び跳ねるように声を上げたのは、ギルド受付嬢セリーヌ・アルヴェール。


腰まで届く金髪が、ふわりと揺れる。華奢な身体にギルド制服を纏い、ややツンとした鼻筋。だがその瞳は、まっすぐアリシアンを見つめていた。


「おかえりなさいっ! 無事でよかった……!」

「ええ。お出迎え、嬉しいわぁ……可愛い受付嬢ちゃん♪」


アリシアンは微笑み、ゆっくりとセリーヌの前に立った。その仕草ひとつに、セリーヌは明らかに心を乱される。


「そ、それよりっ、あの、クエスト進捗は、あっいや、まずはお疲れ様って……!」


必死に話題を繋ごうと、次から次へと言葉を投げるセリーヌ。アリシアンはそれを見て、まるで小動物を愛でるように、優しく微笑む。


「そんなに慌てないで。ふふっ、セリーヌって本当に分かりやすいわねぇ」

「な、なんですかそれ……もうっ!」


横から、同僚の受付嬢がクスリと笑う。


「セリーヌ。アリシアンさん、クエストの報告に来てるのよ? 聞きなさいよ、受付嬢なんだから」

「ふ、ふんっ……分かってますからっ!」


セリーヌは慌てて咳払いし、背筋を伸ばした。


「アリシアンさん。先日お受けいただいた山賊団討伐の件、進捗をご報告いただけますか?」


その口調だけは、真面目で真剣だった。アリシアンはゆっくりと右手を上げ、空をなぞるように詠唱を口にする。


「ディメンション・ゲート」


空間が裂けるようにして開き、紅の輝きを放つ魔力の渦が現れる。そこから彼女は、黒布で包まれた包みを取り出し、受付カウンターの上に置いた。包みがほどけ、現れたのは、山賊団頭領の首だった。血は抜かれ、丁寧に処理されていた。だが、その顔には恐怖が刻まれていた。


「これが証拠よ。山賊団は壊滅。クエスト完了よ」


セリーヌは目を見開き、一瞬口元を押さえたが、すぐに頷いた。


「さすがです……アリシアンさん! あの山賊団、何年も手を焼いてたのに!」


笑顔を咲かせるセリーヌに、アリシアンは艶やかに囁く。


「……ほんと、可愛いわね、セリーヌって」

「かっ……可愛くなんかないですからっ!」


頬を真っ赤にして、セリーヌはバタバタと奥へと走っていった。他の受付嬢たちは、やれやれと肩をすくめた。


「……あの二人、完全にバレてるのにね」

「素直になればいいのに。ほんとにもう」


アリシアンは笑顔のまま、じっとセリーヌの帰りを待った。




 


やがて戻ってきたセリーヌは、絹の袋を差し出した。


「こちら、報酬の50ゴールデン・ルミナです」


ルミナとは、ザルヴァーン帝国における通貨単位である。1ゴールデン・ルミナは金貨であり、一般家庭の1ヶ月の生活費に相当する高額。その下にシルバー・ルミナ(銀貨)、さらにカッパー・ルミナ(銅貨)が存在し、1ゴールデン = 10シルバー、1シルバー = 100カッパーという構成だ。アリシアンは袋を受け取り、中から10ゴールデン・ルミナを取り出すと、セリーヌの手にそっと握らせた。


「えっ……!? な、なにこれっ……!」

「私の可愛い受付嬢へのチップよ。受け取って?」

「こ、こんなの……だめですっ! チップなんかっ……ちょ、ちょっと……なに考えてるんですかっ……!!」


顔を真っ赤にして、セリーヌはアリシアンの背中を押してくる。


「は、早く出ていってくださいっ! 次の依頼者の邪魔ですっ! だ、誰もあなたのことなんて心配してませんからっ!」

「ふふっ、ありがとう。また来るわね」


アリシアンは押されるままギルドの外へ。笑いながら振り返ると、セリーヌが顔をそむけながらドアを閉めた。その様子を見た他の受付嬢たちは、またしても頭を抱える。


「ほんとに……素直じゃないんだから」


 


 

その夜。ギルドの業務を終えたセリーヌは、静かなアパートに帰宅していた。食事を済ませ、湯船に浸かり、ようやく心が落ち着いてくる。そして、灯りを落とした寝室でベッドに横たわり、静かにまぶたを閉じた。


「……私、また……素直になれなかった……」


ぽろりと、ひとしずく涙がこぼれる。アリシアンの笑顔が、頭から離れないまま。


セリーヌはそっと布団を握りしめた。


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