黒髪の傭兵と血の幕開け
朝靄が村を覆い、鳥たちの囀りが窓の外から届いていた。アリシアンは、柔らかなシーツの感触を背に感じながら、ゆっくりと瞳を開けた。まだ眠るリーナが、自分の隣で静かに寝息を立てている。栗色の髪が枕に広がり、白い頬には赤みがさしていた。
「ふふ……無垢な寝顔。昨夜の緊張が解けたのかしら」
アリシアンは布団をそっと抜け出すと、上体を起こし、背伸びをした。鍛え上げられたしなやかな肉体が、朝の陽光に美しく浮かび上がる。ネグリジェの紐が肩から外れかけており、豊かな胸元が揺れた。窓辺に歩み寄り、手を伸ばして窓を開ける。冷たい空気が室内に入り込み、長い黒髪が揺れた。
「……良い朝ね。血が騒ぐわ」
その声に、リーナが小さく身じろぎをする。まどろみの中でまぶたを開け、アリシアンの後ろ姿に目を留めた。
「……アリシアン、さん……?」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
アリシアンは振り返り、艶やかな微笑を浮かべる。露出の多い装いのままでも、その姿勢には品と威厳があった。リーナの顔が一気に赤く染まる。「昨日」の一部始終が、鮮やかに脳裏に蘇る。
「わ、私……その……昨晩、すみませんでした……っ! 勝手に、部屋に……」
「ふふっ。あなたが来たのよ。断る理由なんてなかったわ」
アリシアンは柔らかに言って、ベルトを締め直しながら視線を向けた。
「でも……少しは覚えてるのね?」
「~~っ!」
リーナは耳まで赤くして、布団を頭までかぶってしまう。アリシアンはその様子を愛おしげに見下ろした。
「可愛い子ね……」
そう呟き、身支度を整える。
「……もう行くんですか?」
布団から出てきたリーナが、不安げに声をかける。
「ええ。ギルドの依頼、果たさなきゃね。あの森に『悪』がいるんでしょう?」
ドアから出る時のリーナからの呟きに、アリシアンはふと立ち止まった。
「……また、会える……?」
それにアリシアンは微笑んだ。
「もちろんよ。可愛い子を泣かせるような女じゃないわ、私」
その言葉を残し、アリシアンは静かに扉を開けて出ていった。
ダークウッドの森は、湿った空気と陰鬱な木立に包まれていた。だが、アリシアンは足取り軽く、真紅のマントをはためかせながら進む。
「山賊退治なんて、久しぶりね。少しは楽しませてくれるといいけれど」
道なき道を進むこと数分、視界が開けた。木々に囲まれた広場に、粗末なテントと焚き火。山賊のキャンプが見えた。焚き火を囲む男たちは、酒を手にどんちゃん騒ぎ。その笑い声が、アリシアンの到着とともに止まった。
「おい、誰だ、てめぇは……?」
「お嬢ちゃん、迷子かい? その格好で一人とは、色々と都合がいいな」
「そのでっけえ胸、味見させてくれよ。優しくしてやるからよぉ」
アリシアンは深く溜息をついた。
「……最低。言葉の端から腐臭がするわ。
聞かせてあげる、貴方たちにぴったりの言葉は死の宣告よ」
その瞬間、空気が一変した。アリシアンから放たれた殺気が、刃物のように山賊たちの肌を刺す。
「ビビるなッ! ただの女だ! 可愛がってやれ、ひと暴れしたら、俺達のメスにしてやれ!」
頭領の号令で、十数人の男たちが一斉に武器を構える。
「ディメンション・ゲート」
アリシアンの手が虚空を裂く。そこから紅に輝くハルバード、ブラッド・ハーヴェスターが現れた。
「それじゃ……始めましょう。悪は、斬る」
一人目の山賊が斬りかかった瞬間、血飛沫が宙を舞った。彼の体は宙で捻れ、地面に落ちる頃には二つに分かれていた。
「な、なんだこの女……!」
だが、恐怖に囚われた山賊たちは、もはや体が動けないい。
アリシアンは、舞うように斬った。鮮やかな回転とともに斬撃が放たれ、次々と男たちが薙ぎ倒されていく。
「フレイム・ヴォルテックス」
地を踏み鳴らし、彼女が詠唱を紡ぐ。魔晶石が輝き、地面から巨大な炎の渦が立ち上がった。山賊たちは絶叫を上げ、火に呑まれていく。
「ぎゃあああああっ!!」
静寂の後に残ったのは、焼け焦げた遺骸と、震え上がる頭領ひとり。
「ひっ……ま、待ってくれ……っ! 命だけは……命だけは……っ!」
地面に額をこすりつけ、涙と鼻水を垂らしながら命乞いする男。アリシアンはその姿を見下ろし、冷たく吐き捨てた。
「……男の命乞いほど、見苦しいものはないわね。吐き気がするわ」
そして、彼女は一歩踏み込み、静かに、しかし鋭くハルバードを振り下ろした。
首が宙を舞い、赤い飛沫が地面を染める。彼女は何も言わず、それをディメンション・ゲートへと仕舞うと、マントを翻し、静かに踵を返した。
「さ、ギルドに報告ね……」
その声はどこか、嬉しげだった。
アリシアンの冒険は、まだ始まったばかり。