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風が吹いたので、桶屋を開業することにした

掲載日:2025/02/08

 風が吹いたので、桶屋を開業することにした。

 理由は説明不要だろう。あの有名なことわざに従ったまでだ。

 さっそく私は様々な手段で資金をかき集め、自宅を改装し、昔ながらの木の桶を仕入れ、店をオープンした。


 しかし……売れない。

 オープンして一週間、桶は一つも売れなかった。

 どうしたことだ。風が吹いたら、桶屋は儲かるはずなのに……。

 あのことわざは嘘だったのだろうか? いやいや、そうとは思えない。私はあのことわざを信じるぞ。信じる者は救われる。

 ――というわけで、なぜ売れないのか考えてみることにした。


 通りすがりの人に桶を買いませんかと言ってみる。

 当然、いらないと返事される。

 理由を聞くと――


「だってウチには洗面器もバケツもあるから、今更桶なんていらないよ」


 こんな答えが返ってきた。

 桶ってのは主な用途は水を汲むことだ。

 バケツや洗面器があれば事足りるし、今更桶なんか買うまでもないということか。

 いきなり明確かつ絶対的な答えにたどり着いてしまい、私は愕然とした。

 迷路を攻略しようとしたら、まだ分かれ道にもなっていないのに、壁にぶち当たった気分だ。


 やはり桶で儲けるなど無理なのだろうか。

 いやいや、諦めるにはまだ早い。こういう時は物事をポジティブに考えよう。なにしろ風は吹いたんだから。

 とりあえず自分でも桶を使ってみて、なにか桶の強みはないか考えるんだ。


 さっそく私は風呂で桶を使ってみることにした。

 体を洗い、桶に入った湯で泡を流す。

 すると――


「おお……木の香りが……」


 ほのかに木の香りが漂い、風流な気分になった。

 これはプラスチック製の洗面器では決して味わえないものだ。

 家にいながら、どこか温泉地にでも来たような感覚を味わえる。

 気持ちの問題ではあろうが、風呂上がりの疲れの取れ方も、いつも以上に感じた。


「これだ……!」


 私はほんのかすかに活路を見出した気分になった。

 だが、これだけでは足りない。

 今更ながら気づいたが、私は桶屋で儲けると言いつつ、桶のことをあまりにも知らな過ぎた。


 野菜の美味しさを知らぬ八百屋が、ゲームの楽しさを知らぬゲームメーカーが、旅行の醍醐味を知らぬ旅行代理店が上手くいくか? いくわけがない。


 私は一度店を閉じると、桶研究の旅に出た。

 日本各地であらゆる桶を見て、触って、学んで、使ってみて、堪能する。桶づくしの日々を送った。眠る時さえ桶を抱き枕のように抱いた。

 桶を作ってる職人の方々とも交流を深めた。

 実際に桶が作られてるところを見るのは大きかった。桶のことをより深く理解できた気がした。

 その最中、ある若い女性桶職人さんと出会い、恋にも落ちた。

 肩まで伸びる黒髪を後ろで結わいた、爽やかな女性だった。


「私とともに桶屋で儲けませんか?」


 この私の告白に彼女は、


「OKです!」


 と答えてくれた。


 数年の旅で桶の真髄を学んだ私は、桶職人の彼女とともに、独自のオリジナル桶の製作に着手する。

 軽く扱いやすく、頑丈で、風流で、木の匂いを楽しめる。そんな桶を目指し、作り上げてみせた。

 私は第二の桶屋をオープンした。

 『桶で風流ある入浴を』『水汲みが楽しくなる』『木の香りを感じよう』などのキャッチコピーをつけた桶は、じわじわと売れていく。

 利益はわずかだが、ようやく桶屋が店として成り立った形となる。


 さらに桶職人の彼女がこんな提案をしてきた。


「今時は動画宣伝も効果があるっていうし、CMを作ってみない?」


「そうだね……やってみようか!」


 さっそく二人で桶をPRするCMを作ってみた。

 どうせならと振り付けや歌詞も作って、二人で踊るようなシーンも入れてみる。


「水汲んでOK! 食べ物入れてOK! 寿司運ぶのもOK! 桶はなんでもOKさ!」


 “なんでも”は誇大広告な気もしたが、まさかこんな動画に消費者庁も噛みついてはこないだろう。

 動画を投稿してみたところ、これが皆の注目を浴びた。

 今風にいうと“バズる”というやつだ。

 CMの歌やダンスを真似する個人やグループまで現れた。

 こうなると桶はますます注目されるようになり、私たちの店の桶も飛ぶように売れた。

 従業員も増やし、嬉しい悲鳴を上げる日々。


 ついにはテレビ出演依頼まで来て、私はテレビ番組の中で彼女と一緒にCMソングを歌ってみせた。

 これが非常に好評で、巷では「桶ブーム」といっていい社会現象まで巻き起こった。


 しかし、私はあくまで自分たちは桶売りであることを忘れず、様々な誘惑をはねのけ、堅実な経営を続ける。

 しばらくして桶ブームは去ってしまったが、そのおかげか大きなダメージを負うことはなかった。

 いつしか私は彼女と結婚し、二児の父となった。

 店主として、夫として、父として、私は桶に情熱を注ぎ続ける。

 私の桶屋にはありがたいことに今日もお客様が来てくれる。

 桶を買っていったお客様に、丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございましたー!」


 仕事もひと段落し、私は店先に出る。穏やかな西日が心地よい。

 その時、風が吹いた。

 私の目にゴミが入ったが、私はすぐに桶に水を入れて、目の中のゴミを洗い流した。

 目が見えなくなるということはないだろう。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
つまり、桶の一念岩をも徹すという事だな。 スタートは「なんでやねん!」と鋭いツッコミを噛ましてやりたくなったが、彼の一念は大したものだと感心できる。 しかし、桶振り付けに桶歌詞、桶ダンスか…………。…
 桶、おっけー。  風が吹いて良かったです。    楽しく読めました、有り難う御座いました!
桶ソングに桶ダンス。 見てみたいw でもそれ以上に堅実な職人としての生業を疎かにせず、幸せな生活を送っている二人に「イイネ!」を送りたいです。
2025/02/12 13:58 退会済み
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