第二章 幽霊城 2
ホーリー伯爵領は北部の端にあり、首都から列車でも半日はかかる。そのうえ、駅から馬車に乗り換えて、さらに一時間。朝出かけたはずなのに邸宅に到着したのは夕方だ。しかも、途中で雨まで降り出したものだから、道はぬかるみ、かなりの悪路になっていた。これでは、猫を届けたら、近隣の村か街で宿を取り、明朝帰るしかない。
旅程を調べたオリバーは、一日で往復するのは難しいとあらかじめ分かっていたのだろう。旅行用のバッグを用意してくれている。本来なら従者である彼を連れていくべきだったのかもしれないが、世慣れしていないお嬢さまではないのだ。猫ごときで付き合わせる必要もない。それに用事がすめば、大学時代の学友でも訪問しようと考えていた。
それにしても、陰気で薄気味の悪い場所だなと、揺れる馬車の中で窓の外を眺める。馬車の音や雨音に敏感になっている白猫がすっかり怯えてしまい、バスケットの中で大人しくしていない。出してやると、ブルブルと震えて上着の中に潜り込んでくる。ようやくそこを安住の地と勝手に定めたらしく、人様の服の中で図々しくも寝始めてしまった。
どうやら、この毛玉には分別をわきまえさせて、躾けてやる必要がある。だが、暴れて逃げられるよりは、大人しく寝ていてくれたほうがいいに決まっているから、到着するまではそのままにしておくことにした。この毛玉との別れもあとわずかだ。
鬱蒼とした林の中を、馬車は風に煽られながらひたすら走り続けている。想像したよりも遙かに田舎だ。なにせ、列車の最北端の駅からさらに北に進まなければならない。こんな何もない荒涼とした地に、よく辛抱強く引きこもっていられるものだ。王都での華やかな生活に慣れきってしまっている自分には、考えがたいことではある。
とはいえ、他人がどこに住んでいようと気にすることでもないのだけれど。あのミランダ・ホーリーも、父親の所領を受け継いだからここに住まざるを得ないだけで、好き好んで引きこもっているわけでもないだろう。結婚相手を探すように伯母のディオーク伯爵夫人に言われたと話していたが、確かにこれでは頼りがいのある男でも見つけなければ、一生、一人寂しく生きていかなくてはいけなくなるだろう。
ようやく屋敷の前まで到着したのか、馬の鳴き声が聞こえて馬車が停まる。「こちらがホーリー邸でございます、旦那様」と、御者が扉を開いた。降りると水たまりができていて、泥が靴に飛ぶ。枯れた蔓草が巻き付いた鉄柵があり、石像のある庭の先に石造りの古い城が建っていた。かつては、海から上陸しようとする敵を見張る砦でもあったのだろう。崖の上に立っていて、その先は灰色の海が広がっていた。潮風が吹き付けてくる。
まるで幽霊城だなと雨に濡れながら城を見上げていると、玄関の扉が開いた。出てきたのは、執事らしい腰の曲がった白髪の老人だった。「エルハルド子爵様、お待ちしておりました。中にどうぞ」と、通される。手紙で先に訪問日を告げていたから、名乗るまでもなくわかったのだろう。
こんな辺鄙な場所では、訪問客も少なそうだ。バッグを預け、帽子とコートを脱ぐ。執事はそれを預かると、薄暗いエントランスを進む。今にも落ちてきそうな蜘蛛の巣のかかったシャンデリアに、数本の蝋燭が灯っていた。寒々しい屋敷だと、ますます気が滅入りそうになる。早く猫を預け、日が落ちる前に宿を探したかった。
破れ目のあるくすんだ絨毯が通路に沿って敷かれている。甲冑や古い剣、銃などの骨董品が、壁に飾られているて、窓が細くほとんど光が入らないから余計に暗く思える。防衛拠点として作られた中世建築だから、そう大きな窓があるはずもない。外の風雨の音がこもって聞こえた。
「こちらにどうぞ。お茶をお持ちいたしましょう」
執事は部屋の扉を開くと、足の向きを変えて引き返していく。中に入ると、廊下より明るい。それに、暖炉に火が入っているから十分に暖かかった。ようやく、人が住んでいる屋敷だと実感できた気がして、心なしかほっとした。その他のところは、廃屋のようで――。
狭いが、それなりに整っている客間だった。調度はどれも古いが、一応は掃除されている。暖炉の上に埃がたまっているようなこともない。ミランダ・ホーリーの姿はなく、室内にいるのはアレックスと、懐にしがみついて出ようとしな厄介者の毛玉だけだ。その毛玉も、部屋の暖かを感じたのか、ひょこっと顔を出して、好奇心旺盛な瞳をキョロキョロさせている。「おい、こら、出るなよ。落ちるぞ」と、注意してジャケットの中からつかみ出そうとしたが、暴れるものだからうまくいかない。そんな奮闘をしている間に、ノックの音がして扉が開いた。
「エルハルド子爵、ご足労いただきありがとうございました。感謝いたします」
ミランダ・ホーリーは部屋に入ってくると、礼儀正しく挨拶をする。王都では流行遅れとなったデザインのモスグリーンのジャケットとスカートで、白いブラウンスには黒のリボンを結んでいた。髪は後で一つに結んでいる。その恰好を眺め、ふっと息を吐く。
「舞踏会のドレスより、ずっとマシな恰好じゃないか……」
そんな独り言をポツリと漏らしたが、ミランダには聞こえなかったようだ。キョトンとした顔をして、首を傾げている。この服は夜会用ではない。夜会用ドレスというものを、この令嬢は持ち合わせていないのだろう。あの灰色のドレスは、誰かのお古だったのかもしれない。それも年配の女性の。
「いいや、なんでもない。それより、約束の猫だ……元気になったぞ」
ぶっきらぼうに答えて、ようやくつまみ出した毛玉を彼女に見せる。ミランダはパッと顔を輝かせると、一目散にそばにやってきた。子猫を両手で大事そうに受け取ると、「よかった……」と安堵したように呟いて抱きかかえる。
子猫は心地よさそうに目を細め、愛想鳴きをかわいらしく漏らした。アレックスに抱えられている時のような傍若無人で礼儀知らずな振る舞いはせず、なんともお行儀がいい。こいつめ、猫かぶりしているなと、アレックスは眉間に皺を寄せた。
「失礼します、お茶をお持ちしました!」
明るい声で言いながら入ってきたのは、栗色の髪を三つ編みにしたメイドの少女だ。閉まりそうになる扉をお尻で押さえながら、両手でトレイを持っていた。公爵家のメイドなら、家政婦長に部屋に呼び出されてメイドとしての礼儀作法を一から教えられるだろう。使用人が大勢いるようにも見えないから、村娘をメイドとして雇い、家事を手伝わせているのか。いかにも垢抜けていない。
「ありがとう、メアリー。美味しそうなケーキね」
「もちろんですとも! 公爵家の若君がお嬢さまを訪ねてこられるなんて、こんな機会は滅多にありませんもの。腕によりをかけて……っ!!」
メアリーという名のそのメイドは、こちらをチラチラと伺いながら、ミランダの耳元で囁いている。しっかり聞こえているんだがと、アレックスはますます眉間に皺を寄せた。
「メアリー、後は私がやるわ。ありがとう。あなたは仕事に戻って」
ミランダはあわてた様子でトレイを受け取り、彼女の背中を押す。メアリーは「それでは、ごゆっくりなさってくださいませ!」と、ニマニマしながら部屋を出て行った。
喧しいメイドだ。これだから、田舎娘は嫌いなんだ。
娯楽もないから噂好きで、おしゃべりで、礼儀がなっていない。
「ごめんなさいっ、メアリーはとってもいい子なんです。今日も朝から、お客様が来られるからお茶の用意をしてくれて……」
トレイをテーブルに下ろして、ケーキを取り分けようとしたミランダは、「わぁ、ドライフルーツのケーキですよ!」とさも嬉しそうに顔をほころばせた。
ドライフルーツのケーキなんて珍しくもなんともないが、彼女にとってはとっておきのご馳走なのだろう。お茶を断ってさっさと帰ろうと考えていたが、それもさすがに無作法だ。仕方ない、紅茶を一杯飲んでお茶に付き合ったら失礼しよう。そう思い、ソファーに腰を下ろす。
ソファーに下ろされた子猫は、脚を伸ばしてテーブルに移ろうしていた。ケーキの甘い匂いにつられたのだろう。このままではソファーから転がり落ちそうで、アレックスは自分の膝の方に引き寄せた。紅茶をいれながらその様子を見ていたミランダの表情がフッと優しくなる。
「あの、エルハルド子爵……ありがとうございます。無理なお願いを聞いていただいて。子猫のことが気になっていて……何度か私が王都に迎えに行こうかと考えていたのですが、ちょっとここを離れるわけにはいかなくて……」
「気にするな。所領の管理は領主たる者の義務だ」
正確にはまだ伯爵の生死が判明していないので、彼女は領主代理だろう。だが、やるべきことは変わらない。受け取った紅茶のカップを口に運ぶ。いい香りがした。
ミランダはケーキを切り分けた皿も、「どうぞ」とテーブルに置く。ここに来るまで食事を摂らずにきたから、確かに空腹ではあった。遠慮なく皿を手に取り、ドライフルーツの素朴なケーキをフォークで切って一口食べる。
うまいなと、正直な感想が口から漏れる。あの田舎娘のメイドは、確かにお菓子作りの腕は悪くないのだろう。気付くとすっかり平らげてしまっていた。それを見たミランダは、いそいそと追加のケーキを切ってくれる。
「このドライフルーツは自家製か……」
「はいっ、ラム酒に漬けておいたんです。この領地は何もありませんが……果実がよく採れるんです」
こんな何もない所領でも、代々領主として住んでいるのだから愛着があるのだろう。向かいのソファーに座ったミランダは、ケーキを頬張って美味しそうに笑みを浮かべていた。
「……なにかあったのか?」
「はい?」
「所領だ……離れられなかったと言っていただろう」
「ああっ、いえ……大したことではないんです。先日の嵐で、厩舎の屋根が壊れてしまって……それに屋敷の中も雨漏りがひどかったので、修繕をしていたんです。それで……」
「まさか、君が修繕していたのか?」
「はいっ。これでも、屋根に登るのは得意なんです」
アレックスは思わず紅茶をふきそうになり、口元をハンカチで押さえてミランダを見る。
「君が……!? 他に男はいないのか?」
「執事のジェファーソンは、高齢で脚が悪いので……あっ、メアリーも手伝ってくれたんですよ!」
先ほどのメイドと一緒に屋根に登り、木の板を打ち付けている彼女の姿を想像して呆れた顔になる。だが、他に頼める者がいないなら、仕方ないのだろう。業者を呼んで修繕しようと思えば、かなりお金がかかるはずだ。
そんなことだから、この屋敷はどこもかしこも荒れたままなのか。
「今度は、村の者にでも頼め。いくらか賃金を払ってやれば、協力するだろう……」
「そうですね……そうできればいいのですけど……」
ミランダは俯きがちに答える。村人には頼めない事情でもあるのだろうか。領主と領民の関係が悪いのかもしれないが、彼女がそんな阿漕な領地経営をしているようには思えない。
そんな無駄な話をするために、わざわざやってきたわけではない。訊きたいことはある。
アレックスの袖には青い石のついたカフスボタンがついている。
『……その石を手離さないで……それはきっと……あなたを護ってくれえるから……』
あの日、ミランダがまるで夢にうなされるように口にした言葉の意味について、問いたかった。
彼女の言葉通り、教会の倚子の下にはリネットの残したプレゼントがあった。なぜ、それがミランダにはわかったのか。リネットと繋がりがあったのか。
子猫を言い訳にして、彼女に直接会いに来たのは、本当は――そのことを確かめるためでもあった。
だが、どう話を切り出せばいいのか、ここに向かう道すがらずっと考えていた。
アレックスは片手でカップを持ったまま、片手で膝の上で転がる子猫を撫でる。
まさか、死人と話せるのか――なんてきけるわけもない。それこそ、頭がおかしくなったと思われそうだ。
「君は……なぜ……」
口を開いたアレックスを、ミランダは黒い瞳で見つめてくる。ラピスラズリのように青みがかって見えたのは、やはりあの時だけだ。たとえ、彼女が死人と話せるような特殊な能力の持ち主だったとしても、それがなんだというのか。
もう一度、死人と語らいたいわけでもない。死んだ相手だって、安らかに眠っているのに、わざわざ呼び戻されて、会いたくもない人間と会話などしたくはないだろう。それこそ、迷惑極まりない話だ。
謝罪の言葉なんて聞かされたところで、生き返るわけでもない――。
「エルトハルド子爵?」
ミランダが不思議そうに首を傾げる。
「いや……何でもない。お茶をありがとう。そろそろ失礼させてもらう」
「もう、お帰りになられるのですか?」
「日が暮れそうだからな……」
「ダ、ダメですっ!」
急に立ち上がったミランダが、焦ったような声を漏らす。顔色が青くなっていた。彼女はハッとしたようにソファーに腰を戻す。
「ごめんなさい。あのでも……今夜は嵐になるかもしれません。それに、近隣の村には宿がないんです。この辺りを訪れる旅の人なんてそういませんから。街までは遠いですし……よ、よければ、ここに泊まっていきませんか?」
スカートをギュッとつかんだミランダは、真剣な顔になっていた。
「いや……だが……」
この幽霊城に泊まるだと? 冗談はよしてくれと、言いかけてやめる。
「令嬢一人しかいない屋敷に、泊まるわけにはいかないだろう」
「私一人だけではありません。執事もメアリーもいますから! それに、夕飯の準備もしているんです。お部屋も用意していますし……」
やけに準備万端だ。この屋敷に滞在させてどうするというのか。この引っ込み思案な令嬢が自分と既成事実でも作ることを狙っているとは思えない。これも、ディオーク伯爵夫人の入れ知恵だろうか。アレックスは自分が貴族や名家の令嬢たちからどう見られているかくらいは知っている。公爵家の跡取りともなれば、結婚相手としては申し分ない。今までも、訪れた邸宅で理由をつけて滞在を勧められたことは何度もある。それを断ることに、いつも苦労してきた。
会話が途切れると、ミランダはソワソワしたように視線を泳がせていた。
「……何を考えているんだ?」
疑いの眼差しを向けて尋ねると、ギクッとしたように彼女が顔を上げた。「それが、その……」と、言いよどんではっきりしない。付き合う必要はないなと、アレックスは溜息を吐いて立ち上がった。
「失礼するよ」
焦って立ち上がったミランダに子猫を渡し、扉に向かう。「待ってください、エルハルド子爵。ダメです……今夜は……っ!!」と、彼女は焦ったように言って急ぎ足で追いかけてきた。
「今夜は?」
扉の前で振り返ると、ミランダは言葉を飲み込んで、うろたえたように下を向く。
「その……ば、晩餐をご用意しているんです……」
なるほど、用意周到だ。どうあっても帰さないつもりなのか。アレックスは振り返ると、オドオドしているミランダと向き合う。そんな彼女をジッと見て、腕を組んだ。
「君は、私を、どうしたいんだ?」
苛立った声で、一言、一言、区切るように尋ねる。
晩餐を一緒に食べて、一晩泊まれば満足するのか。それで、自分たちの親睦が何かしら深まるとでも?
それとも、まさか、本気で寝込みでも襲ってほしいのだろうか。そうだとしたら、純朴そうな見た目に反してなかなか度胸があると言わざるを得ない。
アレックスを恐る恐る見た彼女は、困り果てた様子で視線を下げる。その腕は不安そうに子猫を抱きかかえていた。子猫も彼女のことを心配そうに見上げて、小さな鳴き声を漏らす。
彼女はひどく顔色が悪く見える。具合が悪いわけではなさそうだが――。
無意識に手を伸ばして頬に手の甲を当てると、ビクッとしたようにミランダが一歩下がる。頬が冷たい。外にいたわけでもないだろう。この大きな城の中が寒いからだろうか。
「本当に……今夜は嵐になるんです。この辺りは道も整備されていません。馬車が立ち往生すれば、林の中で夜を過ごすことになります……」
「そうなる前にどこかの村に寄って泊めてくれそうな家を探すだけだ。馬車を……」
すぐに帰るつもりだったから、御者には表で待つように伝えある。
「それが、馬車は帰ってしまいました……」
ミランダの言葉に、「なんだって!?」と険しい顔になる。
「ごめんなさい。引き留められなくて……」
アレックスは額に手をやり、深く息を吐き出した。あれは、貸し馬車だ。この屋敷には馬車もないだろう。御者がいるようにも思えない。厩舎があるということは馬くらいはいるはずだが、それを貸してくれというのも厚かましい気がした。そういえば、行き先を告げた時、御者がひどく妙な顔をして渋っていたのを思い出す。『旦那、今日、あの屋敷に行くのはやめた方がいいのでは……』と、止められた。理由を聞くと、『天気が荒れそうで……』とモゴモゴと口ごもっていたが、どこか怯えているようでもあった。
だから、アレックスを降ろすと、すぐに街まで引き返したのだろう。あいつめと、苦々しい顔になる。さすがに馬車がなければ、大雨の中、歩いて林を抜けることになる。それはさすがに無謀だ。野良犬やオオカミもうろついているだろう。銃くらいは護身用に所持しているが、悪天候では道に迷い兼ねない。真冬の林で遭難するよりは、この屋敷に一晩滞在する方がまだマシだ。
「明日の朝、馬車を手配いたしますから……っ」
「……そうしてくれ」
気の進まない顔のまま答えると、ミランダはすっかりしょげていた。
「ごめんなさい。無理やり引き留めてしまいましたね……」
「こうなっては仕方ないだろう……ただ、もてなしは不要だ」
「晩餐といっても……そんな立派な食事ではないんです。ただ……おいしいシチューをメアリーと一緒に作ったので、できれば食べていただきたいと思っただけなんです」
「君が作ったのか……」
普通の貴族の邸宅では、専属の料理人がいる。主が厨房に入ることは滅多にない。
「はい……この屋敷では、コックがいませんから……あっ、料理は得意なんです。ですから、味は大丈夫です!」
メアリーは顔を上げて、誇らしげに胸を叩く。その顔を見ていると、それ以上文句を言う気にもならなくなる。
「そうかい……せいぜい期待しておこう」
廊下に出たところで、小さな鳴き声がきこえてズボンの裾が引っ張られる。足下を見ると、コロンッと丸い子猫が転がった。ミランダが先に連れ帰った白と黒のぶち模様の猫だ。ミランダは「あっ」と、身をかがめてその猫を白猫と一緒に抱えあげる。ようやく、兄弟が再会できたようで、二匹ともミランダの腕の中でじゃれ合っている。
「この子たちも嬉しいみたいです」
「ここまで、やってきた甲斐があって実によかったよ」
皮肉たっぷりに言って、ミランダと一緒に廊下に出た。
執事がやってきて、ゲストルームに案内してくれる。その部屋は掃除がされていて、一応、小ぎれいな部屋だ。年季の入ったタンスやベッドがあり、書斎机もある。小刻みに揺れている窓の方を見れば、すでに闇一色に変わっていた。窓が雨に濡れ、窓枠から染みこんだ雫が落ちる。
窓に歩み寄り、外の様子を覗く。庭の木が大きく揺れて雪が舞っているようだ。確かにひどい嵐になりそうだ――。これでは、どのみち滞在するしかなかっただろう。
ミランダが無理に引き留めたのも、二心があるわけではなく、単純に心配してのことだったのか。
「あの令嬢に、駆け引きなど無理か……」
そんな呟きをもらして、カーテンを閉じる。タイを緩めながら暖炉のそばに移動しようとすると、子猫の鳴き声が聞こえる。振り向くと、いつのまにか白い子猫が部屋に入ってきていた。アレックスは顔をしかめて歩み寄り、うろついている子猫を片手で拾い上げる。
「お前……ホーリー嬢と一緒にいたのに……後をついてきたのか? 兄弟はどうした?」
話しかけると、子猫は小さく鳴く。まったくわかっていない、餌を催促する時の声だった。
「まあいいさ……お前の面倒を見るのも今夜が最後なんだ」
ソファーに座り、用意されいたティーセットの中からミルクピッチャーを取る。それを紅茶のソーサーに移してやると、白猫は顔をビシャビシャにしながら夢中で飲み始めた。




