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終章 4(完)

 公爵家の大広間で、招かれた客人たちが自由に談笑し、楽団の演奏に合わせてワルツを楽しんでいた。比較的、若い女性が多いのは、その目的が公爵家の跡取りであるアレックスの婚約者を見つけることにあるからだ。それがわかっているからか、女性たちの装いは華やかだ。そんな女性たちを目当てにやってきている青年たちも、さりげなく彼女たちに視線を送っている。


 今回の主催者である公爵夫人のもとには、ひっきりなしに客人が挨拶に訪れていた。みな、娘や孫、さらには親戚の娘まで連れている。どの家も、格上の公爵家との縁談となれば必死なのだ。それがわかるだけに、笑顔を作りながらもうんざりする。


 客人が離れたところで、シャンパンのグラスを口に運びながら溜息を吐く。

「あなたが招待状を送ったお嬢さんは、いつ紹介してもらえるのかしら?」

 母がワイングラスを傾けながら囁く。

「友人を招いただけです。余計な憶測はやめてください」

「そう? ドレスまで贈ったそうじゃない?」

 いったい、誰から聞いたんだと無意識に鼻の頭に皺が寄る。

「いけませんか?」

「いいえ。あまり、女性に感心がないようだから心配していたのよ?」

「放っておいてください。自分のことくらい、自分で決めますから。母上が口を挟むほど、私の婚期は遠のいていきますよ?」

「放っておくと、生涯独身を通しそうなのだもの。公爵家断絶の危機よ」

「父上の隠し子がどこからか現れるので、心配いりませんよ」

「その可能性が否定できないから、あなたをさっさと結婚させて、孫の顔が見たいのよ」

 

 小声で話しをしながら、アレックスは扉に視線を移す。グラスをトレイに乗せた侍従とぶつかりそうになり、慌てて頭を下げているのはミランダだ。澄んだ空のような色のドレスを着て、髪をアップにしている。アレックスはグラスのシャンパンを飲み干し、「失礼します」と母に一言ことわってからそばを離れた。


「ミランダ」 

 声をかけると、彼女が振り返る。急いできたのか、頬がほんのりと赤い。

「アレックス様、遅くなって申し訳ありません」

 ミランダは彼女の親戚であるディオーク伯爵夫人の屋敷に滞在している。この屋敷に滞在してもらってもよかったのだが、さすがにそれは外聞が悪い。屋敷からここまで来る途中、道が混んでいたようだ。今のシーズン、貴族の邸宅では夜会や舞踏会が頻繁に開かれている。この貴族の邸宅が並んだ通りはとくに、馬車の往来が多くなる。公爵家の屋敷の付近も、馬車が何台も行列を作っていたようだ。

「いや……来てくれて嬉しいよ」

 アレックスは侍従に空のグラスを渡して、彼女に肘を差し出す。

 アレックスから女性に声をかけるなど、あまりないことで、客人たちが驚いたようにこちらを見ていた。一緒にいるのがミランダ・ホーリーだと気付いた人はあまりいないようで、「あれは、どこの令嬢だ?」と囁く声が聞こえてくる。滅多に、王都の社交の場に顔を出さないから、彼女の顔を覚えている人などそういないのだろう。地味なドレスでもなければ、やはりわからないようだ。


 ミランダはドレスの裾を踏みつけないように慎重な足取りで隣を歩いている。髪はリボンと一緒に編み込んでいるようだ。ほっそりとした首元に、アレックスはさりげなく視線をやる。パールの耳飾りと、パールのネックレスをつけており、それが水色のドレスによく合っていた。

「その首飾りは?」

「あっ、これは……叔母様が貸してくださったのです。何もつけないのは、失礼に当たるからと……」

「そうか」

 さすがに婚約者でもない身で、宝飾品まで贈るのはやり過ぎだ。そこまでしてしまうと、逆に下心があると思われるだろう。

「君の叔母上は、いい趣味だな」

「ありがとうございます。でも……少し慣れなくて……緊張してしまいますね」

 彼女はヘラッと笑っていた。アレックスは足を止めて彼女の方を向く。

「それなら、少し踊ろうか?」

「で、ですが……あの……他の方が……」

 オロオロしているミランダの手を取り、彼女の細い腰に手を回す。

「だからだよ。協力してくれ」

 冗談めかして笑い、最初の一歩を踏み出す。躍り慣れていないののか、彼女の足取りはたどたどしい。一生懸命合わせて踊っているのがわかり、クスッと笑う。緊張しているのも触れた手から伝わってくる。


「ああ、そうだ……君の猫だが。やっぱり連れてかえってもらいたい。我が家では少々手に余る」

「えっ、ロキがまたなにか、悪さをしたのでしょうか?」

「ああ、毎日のように騒ぎを起こさないと気が済まないらしい。その上、最近はインク壺をひっくり返すことに喜びを見いだすという悪癖まで身につけたんだ。あいつのせいで、ダメにされた私のシャツと絨毯だけでも、かなりの損害だ」

「そ、それは大変申し訳ありません。弁償を……っ!」

「いや、君に弁償してもらおうと思って言ったわけではないが……とにかく、あいつを大人しくさせておくには、君に預けておくのが一番だという結論に達したんだ」

 困った顔で言うと、ミランダは我慢できなくなったように俯いて肩を奮わせる。

「ご、ごめんなさい……笑ってはいけないことだと思うんですけど……きっと、ロキはアレックス様が大好きなんですね」

「どうしてそう思うんだ?」

「自由にのびのび暮らしても怒られないとわかっているんですもの。すっかりこのお屋敷が気に入って、自分の居場所だとわかっているんだと思います」

 顔を上げたミランダの瞳が、シャンデリアの灯りを映して煌めく。ようやく緊張が解けたようで、足運びも落ち着いていた。

「それは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかわからないな。では、君と私で交代で面倒を見るというのはどうだろう?」

「ですが……それでは、私かアレックス様が、ロキをどちらかのお屋敷まで連れて行かないといけなくなりますよ?」

 アレックスは「そうだな」と、笑って答える。そして彼女の手を取ったまま、クルッとターンした。

「大変ではありませんか?」

「約束があれば、また君に会えるじゃないか……」

 二人の足が止まり、ワルツが終わる。ミランダはハッとしたようにスカートを広げてお辞儀していた。アレックスも一礼して、彼女を連れて大広間の端に移動する。


「そういうことは……簡単に言わないでください。私は……あまり慣れないんですから」

 小さな声で言った彼女は、両手で真っ赤になった顔を押さえていた。

 アレックスはフッと笑って、ミランダを少しだけ引き寄せる。その耳元に顔を寄せて囁いた。


『このまま、二人で抜け出してしまおうか――』


 ――END


 

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