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終章 3

 翌月、アレックスは駅のホームで汽車の到着を待っていた。懐中時計を上着のポケットから取り出して確かめる。そんな主人を、従者のオリバーがチラッと見る。何か言いたげな視線に顔をしかめて、「なんだ?」と聞き返した。

「いいえ、朝からソワソワしていらっしゃるなと思っただけです。お気になさらないでください」

「ちゃんと、無事に到着するか心配なだけだ」

「到着するに決まっておりますよ。汽車なのですから」

「わからないじゃないか。王都に来るのは久し振りなんだ」

 汽車だって乗り慣れていないだろう。それに、おそらく彼女は一人で来るはずだ。そのうち、汽笛が聞こえて、駅員が笛を吹く。熱風と煙をまき散らしながら、ホームに汽車が到着する。駅員がドアを開くと、続々と乗客が降りてきた。一等客室の車両から鞄一つを下げてホームに降りてきた相手を見つけて、「ミランダ!」と少し大きめな声で呼ぶ。彼女は帽子が飛ばされないように押さえて振り向き、少しびっくりした顔をして急ぎ足でやってきた。

「アレックス様……わざわざ、お迎えに来てくださったのですか?」

「当然だろう? 王都では、私が案内すると言ったんだ」

 なにせ、彼女の領地では散々世話になったし、長く滞在もしていた。

(これは、まあ……友人としてのお礼みたいなものだ)

 そう自分に言い訳をして、コホンと咳払いする。

「お荷物をお持ちいたしましょう」

 オリバーが進み出て言うと、彼女は「いいえっ、荷物はこれだけなので大丈夫です!」と遠慮する。

「では私が持とうか?」

 アレックスが聞くと、「とんでもありません!」と彼女は鞄を抱きかかえて首を横に振った。随分古い鞄だ。物持ちがいいのか、それともあまり自分のことにお金をかけようとは思わないのか。服も少々古めかしいところも相変わらずだが、彼女らしいなとも思う。


「やはり、私がお持ちいたしましょう」

 オリバーが手を伸ばして、ミランダの手から鞄を取り上げる。「あっ」と、小さな声を漏らしたが、それ以上は彼女も断ることはしなかった。「ありがとうございます。お世話になります」と、律儀に頭を下げる。ミランダを見て微笑んだオリバーは、「承知いたしました」と軽くお辞儀する。


「では、行こうか」 

 アレックスが腕を差し出すと、おっかなびっくりしたように彼女は手を添えた。

「あっ、このたびは、パーティーのお誘いをありがとうございます。本当に、よかったのでしょうか……」

 アレックスと並んで歩きながら、彼女は不安げな表情を見せる。公爵家のパーティーと聞いて、気後れしているのだろう。

「以前も来ていたじゃないか。今回は母が主催する私的なパーティーだ。気兼ねはいらないさ。まあ……だからこそ、私としてもあまり一人では参加したくなくてね」

「どうしてです?」

「…………色々と面倒な事情があるんだよ」

 そう言葉を濁して苦笑する。

「奥様は、アレックス様の結婚相手探しに熱心に取り組まれていらっしゃるのです」

「オリバー。余計なことを言わなくていいから、その口を閉じていろ」

「これは、失礼いたしました」

 まったく、この従者は――。

 アレックスが振り返って睨んでも、澄ました顔をしている。


「ご結婚なさるのですか?」

 ミランダが驚いたようにきく。

「相手がいないから、探しているんだよ」

「あっ……そうなのですね」

 ミランダは口許に手を添えていた。

「当分、その気はないさ……」

 軽く溜息を吐いて、階段を下りていき駅舎を出る。

 

 待っていた馬車に乗ると、ミランダと向かい合って座った。オリバーはミランダの鞄を持ったまま、御者台の横に座っていた。ゆっくりと馬車が動き出す。

「あの、どちらに向かわれるのでしょう?」

「まずは、軽く昼食だな……君も食べていないだろう? その後は、買い物だな」

「何を買われるのですか?」

「必要なものだよ。まあ、後でわかるさ」

 そう答えて、アレックスは微笑んだ。

 

 昼食を取った後、向かったのは王都でも知られた仕立屋の店だ。馬車を降りて店に入ると、「まあ、エルハルド子爵様。いらっしゃいませ」と店の女主人が出迎えてくれた。後ろからひょこっと顔を出したミランダを見ると、「まあ、そちらのお嬢さまは?」と目を丸くしている。

「ホーリー伯爵……私の友人だよ。先日頼んでいたドレスは、もう仕上がっているかな?」

「もちろんでございますとも! ええ、きっととてもお似合いになると思いますわ。サイズは……そうですね。お聞きしていた通りですわ。多少、手直しが必要かもしれませんが、間に合わせますとも!」

 女主人は目を輝かせて、パンッと手を合わせる。

 

「では、よろしく頼むよ」

「はい、お任せくださいませ。では、奥の部屋にどうぞ。ホーリー伯爵様」

 マダムに言われて、ミランダが「えっ!」と驚きと戸惑いの声を上げた。オロオロしたようにアレックスを見る。

「あ、あの……わ、私……ですか?」

「そうだよ。女性用のドレスを注文しているのに、他に誰が着るんだ?」

「で、ですが、私……このような立派なお店のドレスを新調するような余裕が……っ!!」

「ご心配いりませんわ。お代は子爵様よりすでにいただいておりますもの。ああ、靴や手袋も新調いたしましょうね。ささっ、こちらに!」

 従業員の女性たちが出てきて、笑顔でミランダを奥の部屋へと案内する。「こ、困ります。私……ドレスなら持ってきていて……っ!」と、奥の部屋から焦る彼女の声が聞こえてきた。

 きっと、彼女のことだから、自前のドレスというのは以前の公爵家のパーティーにも着てきた地味な古いドレスのことだろう。

(あれは、少々いただけないな……)

 彼女としてはおそらく、目立ちたくなくて地味なドレスを選んだつもりなのだろうが、かえって悪目立ちしていた。魔女みたいなドレスを着て壁際に暗い顔をして立っていれば、かっこうの悪口のネタにされてしまうのは当然のことだ。女性というやつは、どうしても同性の身なりや振る舞いに必要以上に目を尖らせる傾向にある。それが、世間知らずのミランダにはあまりよくわかっていないらしい。そのせいで、今までのパーティーではあまり楽しい思いはできなかったのだろう。


(せっかく招待したんだ……楽しんでほしいじゃないか)

 アレックスがソファーに腰を下ろすと、従業員の女性がお茶を運んできてくれた。

 それを飲みながら、ミランダの衣装合わせが終わるのをのんびりと待つ。


 そのうち、女主人が従業員の女性たち連れて店の奥から出てくる。

 アレックスは「着替え終わったのか?」と、カップをソーサーに戻して顔を上げた。

「ええ、ドレスはピッタリですわ。これならあまり手直しも必要ありませんわね。とてもお似合いですよ!」

 女主人が甲高い声で言いながら、後ろに隠れているミランダの両肩をつかんで押し出す。

 よろめくように出てきたミランダは、真っ赤になって顔を恥ずかしがるように両手で覆っていた。

「ど……………………どう…………でしょうか?」

 おずおずと尋ねるミランダを、アレックスはたっぷり五秒ほど見てから我に返る。

「あ、ああ……うん、悪くないな。いいんじゃないか?」

 素っ気ない口調になってしまったのは、内心の動揺を隠すことに神経を集中していたせいだ。

「やっぱり……あの……私にはもったいないドレスですっ!! 似合ってもいないですし……っ!」

 ミランダは逃げるように店の奥に引っ込もうとする。

「い、いや、似合っていると思うぞ! その格好なら、誰も君だと気付かないはずだ!」

 咄嗟に腰を浮かせて言うと、ミランダがピタッと足を止めて恐る恐る振り返った。頼りなさげな瞳が、アレックスを見る。

「そ、そうでしょうか……?」

「もちろんだ。そのほうが、きっと目立たないから安心しろ」

「そ、そうです……ね……そうかもしれません」

 自分の着ている水色のドレスのレースで飾られている胸元に手をやり、まだ不安げにしながらも呟く。

 元々、手足が長くて、細いのだ。ハイウエストのドレスが実によく似合っている。

「ああ……そうだな」

 アレックスは彼女から目が離せず、間抜けな声を漏らす。

「では、後は裾を少し調整いたしましょう! ささっ、奥にお戻りくださいませ」

 女主人が彼女を奥の部屋に押し込む。お披露目はこれで終わったのだろう。

 

 アレックスはやけに熱い自分の顔を手で押さえた。

 まるで、水の精霊か、女神みたいだ――なんて、頭の悪い世辞を口しなくてよかったと溜息を吐く。


 見違えたようだった。いつもは地味な格好ばかりしているが、彼女は元々、とても綺麗なのだ。

 なんとなくはわかっていたが、こうして目の当たりすると落ち着かなくて、戸惑う。

「やっぱり、前の地味なドレスを着てもらう……か?」

 そうしないと、今度のパーティーでは誰かに目をつけられるかもしれない。それは困る。実に困る。

 友人として、彼女が変な男に言い寄られるのは阻止しなければならない。ただでさえ、一月前の事件のせいで、彼女は社交界でも話題になっているのだ。注目されるのは間違いない。


(できるだけ離れないようにするか……それとも、母上に付き添いを頼むか?)

「いや、ダメだ……!」

 母に余計な詮索をされるのも、口出しされるのも迷惑だ。となれば、やはりパーティーでは、自分が片時も離れないようについているしかない。悪い虫は断固寄せ付けないようにしなければ。


「ドレスを贈るなんて真似をするんじゃなかった……」

 独り言を漏らしてウロウロしていると、奥から元の外出着に着替えたミランダがほっとした様子で出てくる。

「ドレスは手直して、明日にはお屋敷の方にお届けいたしますわ」

 女主人が出てきてにこやかに言う。

「ああ、そうしてくれ……」

 疲れた顔をして答えると、ミランダの手をつかんで店を出る。

「あの、アレックス様!」

 店を出たところで、困惑したようにミランダが呼び止めた。振り返ったアレックスは、自分が彼女の手を遠慮なくつかんでいたことに気付いて、急いでその手を放した。通行人にジロジロと見られるところだった。おまけに馬車の前で待っていたオリバーまで、白い目でこっちを見ている。

「わ、悪い……考え事をしていた」

「い、いいえ……大丈夫です! あ、あのですが……ドレスは……本当に、よろしいのでしょうか?」 

「ああ……君のために作らせたからな。気に入らなかったか?」

「いいえっ! とても素敵で……私にはあまりにももったいないです」

 ミランダは首を大きく振って、小さな声で答える。


「お礼が……したかったんだ……」

 向かいの公園を見て、ポツリと答える。

「お礼……ですか? ですが、私はなにも……むしろ、事件ではアレックス様にご迷惑をかけてしまいましたし、私の方がお礼をしなくては」

「違うんだ……」

 アレックスは肘を差し出し、彼女と並んで道路を渡る。そして、公園を少しの間歩いた。木漏れ日が差す公園内は、鳥の声が木霊していて風が涼しい。


「きっと、君に出会わなければ……私はたぶんまだ……色々、後悔し続けていただろうから」

 遠くを見つめて歩きながら話すのを、ミランダは黙って聞いてくれる。アレックスはわずかに視線を下げて、立ち止まる。

「もちろん、今でも後悔はしている……この後悔を忘れてはいけないということも、わかっている。だが、きっと彼女は……私がいつまでも過去にとらわれていることを、きっと望みはしないだろうと……ようやく、そう思うことを自分に許せそうな気がしたんだ……」

 死者の心の内などわかりはしない。これは結局、自分勝手な贖罪なのだろう。

 だが、それも……生きていかなければならない人間にとっては、必要なことなのだと思えた。


 その切っ掛けをくれたのは、やはり〝君〟なのだろう――。

 

 アレックスはミランダと向き合うと、「ありがとう」と微笑んだ。

 目を見開いたミランダは、ほんの少し頬を赤く染めながら「はい」と笑う。

 

 


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