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第二章 幽霊城 22

 血痕を辿ってワイン蔵へと入っていった村の者たちが、奥に隠された部屋を見つけるまでそう時間はかからなかった。むしろ、その部屋へと誘導するための血痕だったのだろう。アレックスたちが先にそれを見つけられたのも当然といえば当然だ。祭壇のあるその隠し部屋に足を踏み入れた村の者は声を失っている。「こんな隠し部屋があるとは……」

 部屋を見回していた司祭が、あ然として呟いた。


 ロイが棺桶を調べるようにすぐに指示を出すと、村の人たちは我に返ったように動き出す。棺の蓋を開いた男たちが、「おい、ロイ。来てくれ!」と叫んだ。集まった村の人たちが騒然となっている。それを押し退けて棺の前に出たロイは、はっきりとわかるほどに顔色を変えていた。

「ミランダの寝間着だ……」

 棺の蓋が半分ほどしか開いていないが、そこに見えるのはクリーム色の寝間着だ。それも赤黒い染みが付着している。蓋を押して床に落とすと、ロイが動揺したように「嘘だろ……」と呟く。村の人たちも困惑したように顔を見合わせていた。

「寝間着だけ……?」

 司祭が手を伸ばして寝間着をつかむ。転がったのは、先端が尖った木の杭――。

 それ以外は、ルームシューズが片方だけ。それだけしか、棺の中には残されていない。そこにあるはずの、人の体が消えているのだ。

「なんで、こんな……っ!」

 ロイは「退け!」と、村の人を押しやって、他の棺桶の蓋も片っ端から開いて中を確かめていた。その中に入っているのは、遺骨となった古い亡骸ばかりだ。

「ミランダは……!?」

 怒鳴るように言った彼の視線が、部屋の後ろで見ていたアレックスに向く。その口がわずかに動いた。罵るような言葉を呟いたのは離れていてもわかる。

「何も不思議はないだろう?」

 アレックスは進み出て口を開く。村の人たちも、全員が手を止めて怪しむようにこっちを見ていた。

「君たちは、彼女が吸血鬼だと信じて屋敷に押しかけてきたのだろう? そして、棺の中には寝間着と杭……考えればわかるじゃないか。彼女を拉致した何者かは、慣習にのっとって彼女の首を切り……そして、二度と復活しないようにその胸に杭を打ち込んだ。今までも、この領内の村ではそうしてきただろう?」

 棺の前に進み出たアレックスは、棺の中を見下ろす。司祭は「そ、それでは……彼女は」と、自分がつかんでいる寝間着を薄気味悪そうに見る。

「そう……灰になって消滅してしまったんだろう。だから、体が残されていない」

 肩を竦めるアレックスの胸ぐらを、ロイが噛みつきそうな目をしてつかんだ。

「そんなわけあるか! お前が何かしたんだろう!!」

「何かとは? 私はこの部屋があることすら知らなかったんだ。それに先に入ったのは君たちだ。私が何か細工するような時間などないよ。それとも、このわずかな時間の間に、誰にも気付かないように、彼女の死体を消してしまったと? 私はマジシャンじゃないんだ。できるわけがない」 

 両手を上げて軽く眉根を寄せながら、アレックスは答える。

「そうか? だが、俺にはあんたが少しも驚いていないように見えるがな。俺たちが入るより先に、この部屋を見つけていたんじゃないか!? その時間ならたっぷりあったはずだ。だとしたら、あんたはこの棺に眠っていたミランダを、その間に移動させることくらいできただろう!」

 ロイの怒鳴る声が、石壁の室内に響く。村人も司祭も立ち尽くしている。


 誰もが無言になり静かになるのを待ち、アレックスはロイの手をつかんで微かに笑った。

「ああ、その通りだよ。私とジェファーソンが先に彼女を見つけた。そして、移動させたんだ。だが、不思議だな……ロイ・バーンズ巡査。なぜ、君は棺で眠っていたミランダが眠っていたことを知っているんだ? この状況を見れば、ミランダはもうすでに〝死んでいる〟と考えるのが普通だろう? だが、君は今、〝眠っていた〟と言った。そう、私たちが発見した時、彼女はまさに眠らされていたんだ。私はこの棺の中に、彼女の来ていたその寝間着に加えて、杭を一本入れておいただけだ」


 アレックスは冷静にロイを見ながら、あえてゆっくりと話す。

「それが……なんだって言うんだ。大して重要じゃないだろう!」

「重要だとも。それは犯人しか知り得ない情報というやつだからな。裏付ける証拠なら、いくらでもある。たとえば、彼女が昏睡状態に陥った理由……彼女の部屋には飴があった。その飴は街の雑貨店で売られているものだった。そして、君はそこの常連だったようだな。彼女に飴を買ってきたのは、君だろう。その飴はすでに回収して調べさせている。いずれ、飴から何かしらの薬物が検出させるだろう」

 顔を強ばらせたロイが下がろうとするのを、手首をつかむ手に力を込めて防ぐ。村の人たちもロイを見ていた。


「君はおそらく、よく眠れるハーブ入りの飴だとでも言って、彼女に渡したのだろう。昨晩も、彼女はその飴を寝る前に口にしていた。そして、彼女が寝室で日誌を読んでいる隙に、君は彼女の子猫を部屋からおびき寄せたんだ。そのことに気付いたミランダは、子猫を探すために廊下に出た。そして、不幸にも首を切られた猫の死骸を見つけたんだ。彼女は子猫をそのままにしてはおけず、寝間着のまま抱きかかえた。その寝間着についているのは、子猫の血だ」

 司祭がつかんでいる寝間着を、アレックスは指差す。


「そ、それじゃあ、血痕は……」

 司祭がロイとアレックスを交互に見て問う。「ああ、子猫の血だよ」と、答えて視線をロイに戻した。

「部屋に引き返す途中、飴に含まれていた薬がまわり、彼女はそのまま昏倒した。犯人は彼女をこの部屋に運び込み、棺の中に隠したというわけだ」

「それが……俺だっていうのか? 全部、てめえの推測じゃねーかっ!! それを言うなら、お前にだってそれができたはずだ」

「私には無理だよ。昨晩は王都の自宅で寝ていたんだ。王都から馬車を走らせたとしても、夜中のうちにこの屋敷に到着することなど不可能だよ。それに、君以外ありえないんだ。なぜなら、ミランダが子猫を飼っていることを知っているのは、屋敷の使用人であるメアリーとジェファーソン以外では君だけなんだ。他の村の者たちは、この屋敷に出入りしない。君はミランダの幼なじみだった。屋敷にも自由に出入りしていただろう?」

 アレックスの手を無理矢理に振りほどいたロイは、数歩後ろに下がる。その手が銃を抜くと、村の者たちが「おい、ロイ!」と、止めるように声を上げる。「うるせぇ、全部、こいつのデマだ!」と、ロイは興奮したように怒鳴って、銃口をアレックスに向けた。


「君の先祖は代々、ホーリー家に仕えてきた。君の両親も、祖父も曾祖父もそうだろう? 君も幼い頃から屋敷に出入りしていた。ワイン蔵の奥に隠し部屋があることくらい、知っていてもおかしくはない。それに、ミランダの寝室の暖炉の中から、切り取られた日誌の燃えかすを見つけた。それには、君が知られたくない重要な記述があったのだろう。それが何なのか、私にはわからないが……バーンズ家の祖先に関すること、ということだけはわかるよ」

 アレックスは平然としたまま、ポケットから日誌の切れ端を取り出す。そこには『バーンズ、解雇……』と文章の断片だけが残っていた。


「何のために……俺がそんな手の込んだことをしなきゃならないってんだ……俺がミランダを殺そうとしたとでも!? バカを言うんじゃねぇよ。それこそ、動機がねぇよ!」

 ハッと、ロイが引きつった口許に無理に笑みを作る。

「そうだな。君がただミランダを殺したいだけなら、子猫の首ではなく、彼女の首を切ればよかっただけだ。それも可能だっただろう。だが、君にとって重要なのは、彼女がただ死ぬことではなく、村人を次々と襲った凶悪な吸血鬼として、討たれることだったのではないか?」

 アレックスが一歩前に出ると、ロイが距離を取るように後ろに下がる。「ど、どういうことだ……ロイ」と、司祭がロイに問う。


「吸血鬼エドナの再来と、思わせたかったのさ。そのために、何人もの村人を吸血鬼の仕業に見せかけて葬ったんだ。そうだな、ロイ・バーンズ!」

 強い口調できくと、村人が騒然となる。半分はその事実が信じられない様子で、顔を見合わせていた。

「違う、俺じゃない……っ!! ミランダだ……あいつが吸血鬼なんだ。だから、俺はあいつを始末しようと……」

 びっしょりと汗を掻きながら、ロイは動揺したように声を上げる。だが、自分で口を滑らせたことに気付いたのか、青ざめて唇を噛みしめていた。銃を持つ手が大きく震えている。

「村人たちが見ている前で、君がその手でとどめを刺す。それで君は目的を完遂というわけだ。そして、彼女の死によって、村人は悪夢ような連続殺人の恐怖から解放され、村には平和が訪れました。めでたし、めでたし……というわけか?」

 冷笑を浮かべるアレックスの言葉を、「うるせぇ!!」とロイが遮る。同時に銃声が響いた。銃弾は逸れて、後ろの壁にめり込んでいた。アレックスの耳から、一滴の血が伝う。それが真っ白なシャツの襟を赤く染めた。


「黙れ……もうその口を閉じろ! 全部、てめぇの妄想だ……証拠なんてないっ!!」

「それなら、妄想ついでにもう一つ面白い話をしてやろうか? 随分と昔のことだ。この領地に一人の男がやってきた。その男は当時のホーリー伯爵に面談すると、〝自分は吸血鬼狩りを行うバンパイア・ハンターだ〟と名乗った。男は伯爵に吸血鬼の脅威と、それらがもたらす数々の災厄について、さももっともらしく語って聞かせた。その言葉を信じた伯爵は男を雇い、領地に潜む吸血鬼を狩らせる役割を与えたというわけだ。それから、領内で度々、吸血鬼による被害者が出た。それも朔の晩にだ。だが、男はそのたびに村人の中に隠れ潜む吸血鬼を見つけ出して、公衆の前でその首を刎ね、胸に杭を打ち込んだ。村の者たちも伯爵も彼に賛辞を送り、信頼を寄せるようになった……そして、それは何代にも渡って、受け継がれていった。その役割も」


「それが……俺の先祖だと言うのか? バカな……そんな話、聞いたこともねーよ」

「そうか? だが記述には残されていた。君は燃やすならページだけ切り取るなんて真似をせず、この日誌ごと暖炉に放り込むべきだった。急いでいて、見落としていたんだろう」

 アレックスは上着の内ポケットから日誌を取り出す。それを目にしたロイの顔が、はっきりわかるほど歪む。


 最初は、行き場のない流れ者が、領主から小銭をせしめるために考えついた、茶番劇だったのだろう――。

 だが、それが思わぬうまくいき、賛辞を浴びるたびにやめられなくなった。男はこの領地で自分の居場所と役割を、見つけてしまった。この地に根付いた男の一族は、それを己に課せられた使命だと、信じ込むようになった。閉鎖的な集落では安定を維持するために、スケープゴートを必要とするものだ。その利害が一致した、とも言えるだろう。すべての災いは吸血鬼によるもの。その災いの元凶となる者を取り除けば、平穏が訪れる。


 だが、それは偽りと犠牲によって維持されてきた歪な平穏だ。その歪さに誰が気付き、真実が白日に晒されれば一瞬にして崩れてしまう。そして、その真実に気付いた者がいた。彼の祖先は、屋敷を解雇され、一度は追放されたのだろう。

 

 それなのに、なぜ再びこの地に戻ってきたのかはわからない。居場所を奪われたことに対する報復だったのか、それとも自分たちが作り上げた使命に対する執着故なのか。そして、今にいたるまで、因習は続けられたというわけだ。


「自分たちで人を殺しておきながら、その罪を他人に着せて、解決したように見せかける。とんだ詐欺師の一族だな。それで、自分が吸血鬼を退治した英雄にでもなり、村人の賞賛を得ようとしたのか? だとしたら、君の行いは醜悪だよ」

  

 顔をしかめて、吐き捨てるように言う。ロイが一瞬無言になってから、急におかしくてたまらないと言った様子で笑い出した。

「そんなわけあるか! 俺はそうだな……こんな腐った田舎から抜け出したかっただけだ。ここにいるだけで、反吐が出そうになるぜ!」

 開きなおったのか、彼は忌々しそうに罵る。村人たちの目の色が変わる。ロイに向けていた懐疑的な視線が、怒りのものへと変わっていた。もう、誰の目にも彼が一連の殺人の犯人であることは明白なのだろう。司祭は「ロイ、あんたは……っ!」と、蒼白になって声を震わせている。自分がその連続殺人の片棒を担がされていたのだと、いまさら知ったようだ。


「人を殺して回らなきゃ、お前はこんな小さな村から出られないのか? だが、それで出られたとしても、行く先は牢獄か地獄だな。連続猟奇殺人ともなれば、ほぼ間違いなく、直行で地獄行きだろう」

 呆れ果てて、アレックスは鼻白むように言う。

「お前になにがわかるっ!!」

「わかるはずもないな。お前のような狂気の思考など持ち合わせていないんだ。だが、理由がなんであれ、ミランダに罪を着せて葬ろうとしたことだけは、許しがたいな。最後の忠告だ。大人しく観念して、その銃を下ろせ。この場で誰かを殺したところで、貴様が救われることなどないんだ」

 これだけ村の人たちがいるのだ。逃げられはしないだろう。逃げたところで、すぐに手配書が出回る。国外に逃亡することも難しい。


「ロイ…………」

 小さな声が聞こえて、ロイがハッとしたように出入り口を見る。青ざめた顔をしてそこに立っていたのは、ミランダだ。アレックスとロイの話も聞いていただろう。村の人たちを次々に殺していたのも、彼女を殺そうとしたのも、ロイだということも――。


「ミランダ……」

 ロイは震える声で彼女を呼ぶと、その拳銃をわずかに下げる。次の瞬間、アレックスを突き飛ばして走り出していた。

「逃げろ!」

 咄嗟にアレックスが叫ぶ。だが、ミランダが足の向きを変えるよりも先に、ロイが彼女の腕をつかんでいた。彼女を抱え込むようにして、その銃口をこめかみに当てる。

 

 この場に彼女がやってくることは想定外だったのだ。隠れているように言っておいたのだから。だが、領主として自分だけ安全な場に隠れてやり過ごすことなど彼女にはできなかったのだろう。その目で、事の顛末を見届けようとしたのか。


(先にあいつの足を撃っておくべきだったな……) 

 アレックスは苦々しい顔で、ミランダを人質に取っているロイを睨む。

「悪いな。俺は自由がほしい……そのために、ミランダを利用させてもらうぜ。わかってるだろうが、そこを一歩でも動けばぶっ殺す。この場にいる全員だ」

 ロイの大声が響く。ロイはアレックスに目をやると、「お前は銃を置いてもらおうか」と命じる。

 ミランダと目が合うと、彼女は小さく首を振っていた。自分のことはかまわなくていいと、言いたいのだろう。だが、そんなわけにはいかない。


 アレックスは息を吐いて、ゆっくりと身をかがめて銃を床に置いた。

「そのまま、下がれ。早くしろ!」

 怒鳴るように命令されて、アレックスは仕方なく後ろに下がる。祭壇の段を一歩上がり、さらに下がった。その脚が棺に当たる。


「悪いが逃げるまで、付き合ってもらうぜ、ミランダ」

 そう言うと、ロイは彼女を連れたまま後退りするように部屋を出て行こうとする。誰かが怯えて落とした松明の音が聞こえた。その音に一瞬、誰もが気を取られる。その瞬間、アレックスは背後の棺桶の蓋を蹴りつけた。エドナの棺――彼女が胸に抱いている銀色の剣をつかむと、振り返り様、ロイに向かって投げつける。それをかわそうとして、ロイはミランダから手を離した。


 アレックスは飛び出し、ギョッとしているロイに向かって一直線に部屋を突っ切る。

「アレックス様!」

 叫んだミランダの腕をつかんで自分の方に引き寄せると同時に、ロイが構えようとした銃を腕で叩き落とした。直後、銃声が響く。


 だが、その銃音はロイの背後から聞こたものだ。肩を撃たれたロイがふらついて膝をつく。アレックスとミランダは、ワイン蔵の方に視線を向ける。そこには、猟銃を構えたジェファーソンが立っていた。二発目の銃弾はすでに装填ずみのようだ。


 村人たちがロイに駆け寄って、その体を床に押さえつける。

「おい、誰かロープだ!!」

 そう騒がしい声が広がる。

 ミランダの肩を抱いたまま、アレックスはフッと安堵の息を吐いた。銃を下ろしたジェファーソンが落ち着いた足取りでゆっくりとやってくる。


「君のおかげで助かったよ。ジェファーソン。今度よければ、雉狩りに付き合ってくれ」

「腕はまだ錆び付いておりませんでしたな……肝が冷えましたぞ」

 ジェファーソンは髭を軽く撫でて、ロイに視線を向ける。その目に哀れみの色が過る。彼にとっても幼い頃から知る相手だ。あまり、想定したくない結末だっただろう。


「ロイ……」

 ミランダが恐る恐る呼びかけると、村の男たちに押さえつけられたロイが顔を上げる。何か言いかけたが、すぐに顔を背けて唇を噛んでいた。

「夜か、明日には警視官が来るはずだ。それまで、逃がさないようにしてくれ」

 アレックスが伝えると、村の男たちは返事をしてロイを引っ張り起こす。

 一度も、ミランダと目を合わせようとはしなかった。だが、俯いた唇が「悪かった……」と小さく動く。 

 村の男たちに連れて行かれるロイの後ろ姿を、アレックスはミランダと一緒に見送っていた。


「アレックス様……お怪我を!」

 ミランダがハッとしたようにアレックスを見て声を上げた。アレックスは「ああ、これか」と、自分の耳に手をやった。大した怪我でもない。ただ、血がタラタラと流れてくるだけだ。

「ジェファーソン、すぐにお医者様を!」

「ああ、いい……どうせ、すぐに医者なら来るから」

「ダメです。手当をしないと!」

 ミランダはポケットから真っ白なハンカチを取り出すと、傷を押さえるようにアレックスの耳に当てる。


「ごめんなさい……また、何の役にも立ちませんでした……そのうえ、私が迂闊なせいで……」

 ロイに人質に取られたことを気に病んでいるのだろう。顔が暗く落ち込んでいる。

「いいさ……君には怪我はなかったんだ」

 アレックスは手を伸ばして彼女の肩を抱き寄せた。なんとなく、彼女が泣くのを必死に堪えているように思えたのだ。

 

 アレックスの胸に顔を埋めた彼女は、声を押し殺すように泣き出す。

 ロイは彼女の幼なじみだ――。

 思い出も多くあるだろう。その相手が自分を殺すために、幾人もの村人を殺していたなんて、すぐに受け入れられるような話ではない。今までの殺人は、吸血鬼の仕業だと村の者たちも、彼女も信じてきたのだろうから。その上、死体に杭を打ち込むような真似をしてきた。その事実は、きっとこれからも、癒えることのない傷として彼女を苛むのだろう。


 ロイのことも。結局、事実を暴いたせいで、彼女の傷がまた増えただけだったなと、憂鬱な溜息をこぼしながら、アレックスは彼女の背中に両腕を回した。


 だが、暴かなければ、彼女は殺されていた。そうでなくても、これから先も被害者が増え続けていただろう。せめて、これ以上、彼女の傷が増えないようにと、願うことしか自分にはできないのだ。


「薬箱をお持ちいたしました」

 いつの間にかその場を離れていたジェファーソンが、薬箱を手に戻ってくる。

「君はいつだって、気が利くよ」

 アレックスは苦笑いして、ようやく少し落ち着いてはなを啜っているミランダから手を放す。

 彼女はアレックスとジェファーソンを見ると、急に赤くなってパッと離れていた。

「す、すみませんっ、ごめんなさいっ!!」

「せめて、手当は君がしてくれると嬉しいんだけど?」

 アレックスが冗談めかして言うと、ミランダは「は、はい、もちろんっ!」と、真面目くさった顔で返事をしていた。

 濡れている彼女の頬に手を伸ばして拭うと、彼女がビックリした様子に視線を上げる。

 アレックスは目を細め、「これで終わりだよ」と優しく笑った。

 

 そう、終わりだ――。

 終わりにしよう。長くこの屋敷に染みついた、怨嗟の連鎖も、救われぬ死者の嘆きも。

 すべて、終わらせるのだ。


 







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