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第二章 幽霊城 20

「アレックス様……」 

 メイドのメアリーの部屋に移動したミランダは、部屋まで送ったアレックスの上着を控え目に摘まむと、物言いたげな瞳で見つめながら呼び止める。思わず「不安か?」と、問いかけると、彼女は首を横に振る。

「もしかして、アレックス様は……犯人が誰なのかもうお気づきなのではないかと思ったのです」

 その推測は正しい。たが、今は断言するには、根拠が乏しいだけだ。アレックスは彼女と向き合い、「そのうち、嫌でもわかるさ」とあえて軽く答えた。

「しばらく、君はこの部屋にいてくれ。鍵をかけるのを忘れるなよ。それと……こいつの面倒をしばらく頼むよ。すぐ逃げ出すからな」

 白猫はアレックスのポケットの中に大人しく収まっている。いつもなら動き回るのに、元気がないように思えた。

(兄弟を失ってしまったことを、理解しているのだろうか……)

 そんなわけがないと思いながらも、何か感じることがあるのかもしれない。動物は人間よりも敏感な生き物だ。特に猫は――。


 ミランダは寂しそうな表情を浮かべて、両手でその白い子猫を受け取り、大事そうに抱き締めた。

「はい…………この子は、絶対守りますから」

「君は自分の身のほうを案じたほうがいいな」

 苦笑いをして彼女の腕の中にいる子猫の頭を撫でる。その手を一瞬、落ち込んで俯いているミランダの頭にやりかけて、自重するように引っ込めた。そう何度も、女性の頭を撫でるものではないということを、いまさら思い出したのだ。本当に今さらだが。

「この部屋で、そいつと一緒にしばらく大人しくしていてくれ。鍵をかけるのを忘れるなよ」

 そう言って、背を向ける。彼女のか細い返事が、背を向けたアレックスの耳に届いた。

 きっと、亡くなった子猫のことで自分を責めているのだろう。

 彼女のせいではないのに。そう、いつだって彼女のせいではないのだ。

 この領地で誰かが亡くなるのも、子猫が死んでしまったことも。

 

 公爵家のパーティーで、雨の庭に駆け出していたミランダの姿が頭を過る。

 彼女はいつだって救うおうとして、そ手手からこぼれ落ちたもののことで、心を痛めるのだ。 

 ふっと息を吐いたアレックスの瞳に、もう今は見ることも、話すこともできないリネットの顔が浮かぶ。


(誰だって同じなのに……)

 救えなかったものなんて、いくらでもある。全知全能とのたまう神ですら、きっと全ての者に救済の手を差し伸べられるわけではない。人の身ならなおさらだ。

 それを知るからこそ、できるだけ失わないように、後悔しようないように、今できることを、今守れる命を、この手でしっかりと守っていかなければならない。

 アレックスは部屋を出ると、ふっと息を吐いて顔を上げる。


 屋敷の使用人棟は細い廊下があり、いくつか部屋が並んでいる。古い屋敷で、今まで修繕にかけるお金がなかったからか、いたるところ痛みが見られた。雨漏りの染みも、廊下の天井に残っていた。ホーリー伯爵家の資金ぶりがあまりよくはないのが見て取れる。


(いずれ、改修工事が必要だな……)

 ため息を吐いてギシギシと鳴る廊下を歩く。その足が階段の手前でふと止まった。

「いや、私は伯爵家の人間じゃないんだ。そんなことを心配する必要はないだろう?」

 それは自分に向けた呟きである。これはただ、アレックスも伯爵邸で父に代わり領地や屋敷の管理に携わることもあるために、自然とそういう目線で考えてしまっただけだ。この屋敷のことは、ミランダが考えるべきことだ。他人が口を挟むことではない。

(だが、そうだな……この件が片付いたら、投資や屋敷の管理について、少々助言することくらいは……許されるのか?)

 これも友人としてだ。若い女性の一人身で、しかも田舎に引きこもっているのでは、世情にも疎くなる。彼女はもっと、社交の場に顔を出すべきなのだ。一番の解決策は、そこそこ金を持っていて身分も釣り合い、社交界で後ろ指を指されない程度のしっかりしたパートナーを見つけること――。


 考え事をしながら足を踏み出した途端に、段を踏み外して、ガクッと膝を折る。咄嗟に壁に手をついて、捻った足の痛みを堪えた。

「~~~~~っ!!」

(いやいや、それも余計なお世話だろう……)

 普段の自分なら考えないような無駄な思考に陥っているのも、多少なりとも今の状況に緊張しているからだと冷静に結論づける。

「アレックス様……どうなさいました?」

 いい音がしたため心配したのか、ジェファーソンが下の階から見上げていた。

「い、いや……大丈夫だ」

 軽く手を上げて答えてから、気力ですっくと立ち上がる。一段ずつ慎重に下りると、「シップをお持ちいたしましょうか?」とアレックスの足元を見て尋ねた。

「いいや、そこまでじゃない……それより、どうせ客人が訪れるまでは暇なんだ。お茶につきあってくれ」

「畏まりました。では、ご用意いたしましょう」

 心得た執事は、いつもの様子でお辞儀をする。その真っ直ぐな背中を、アレックスは小さく笑って叩いた。

 

 屋敷にロイ・バーンズがやってきたのは、夕刻間近のことだった――。

 書斎のソファーに寝そべり、本を読んでいたアレックスは、外の騒々しさに気付いて起き上がる。風も強まり、窓を叩く雨の音はますますひどくなっている。その中に、人の声と馬の鳴き声がまざっていた。

 部屋を出て、一階のエントランスに下りると、ジェファーソンがずぶ濡れのロイと話をしているところだった。外にいるのは、村人のようだ。

 ロイは階段をゆっくりと下りるアレックスを、一瞬険しい顔で睨む。だが、すぐにジェファーソンと向き合って、話の続きをしていた。

「ミランダは見付かったのか?」

 アレックスはあえて冷静な口調で問う。ロイは「よそ者のせいで!」と、吐き捨てる。開いたままの扉の外にいる村人にもその声は届いただろう。アレックスの姿を見ると、彼らは眉を潜めていた。

「いいえ、お嬢さまの行方はまだ……ですが、村でまた、人が襲われたそうです」

 ジェファーソンがやってきたアレックスに沈痛な面持ちでそう答える。

「人が……? 誰が襲われたんだ?」

「お前の方がよく知ってんじゃないのか?」

 案に、アレックスが犯人だと疑うような言い方をロイはした。だが、それを否定したのは、ジェファーソンだ。

「エルハルド子爵様はこの屋敷からお出になられてはおりませんよ。私が保証します」

「どうだかな。その娘が襲われたのは、昨晩って可能性だってある。こいつがここに来る前にやったとも考えられるんだ」

「随分とお粗末な推測だな。それより、正確な死亡時刻は判明しているのか?」

 アレックスが聞き返すと、ロイは「昨晩から行方がわからなくなっていたんだ……昨日殺されたに決まっている。吸血鬼の仕業だよ……首筋に噛まれた痕が残っていた」と渋々のように答える。

「吸血鬼……だが、朔月ではないだろう?」

「以前も、朔月の日じゃなかったが被害者が出ただろう。お前がこの領地に出入りするようになってからだ」  

「君が私を取り調べたいのであれば、好きにすればいいが相応の覚悟が必要だぞ。なにせ、これでも公爵家の跡取りだ」

 肩を竦めるアレックスを、ロイは忌々しいとばかりに睨め付ける。

「ミランダの行方もわかってないってのに……っ!」

 

「君がやるべきことは、呼んで呼んで襲われた被害者の検死を行わせ、正確な死亡時刻を特定することと、昨晩のその娘の足取りを調べること。そして、目下行方がわからなくなっているミランダの捜索だ。もしかしたら……その娘同様に襲われているかもしれないな。一晩に二人も殺されるなんて、異常な事態だ。一回の巡査の手に余る事件だろう。王都の警視庁に応援を要請するべきではないか?」

「うるせぇ、お前に言われなくたって、やってんだよ!! 黙ってろ!!」

 胸ぐらをつかまれたアレックスは、さめた目でロイを見返す。彼の顔は怒気で赤くなっていた。

 村の男が血相を変えてエントランスに入ってくる。濡れた外灯のフードを脱ぐと、アレックスに目を留めてからロイの腕をつかんでいた。

「ロイ、村の連中がこの屋敷に向かっているそうだ」

「は? なんだって……ミランダはいないんだぞ」

「ミランダ様が娘を襲ったと、教会の司祭が先導したようだ……近隣の村からも人が集まっている」

「バカ言うんじゃねぇよ! そんなわけないだろ。どけっ、俺が行って止める」

 男を押し退けて扉を出て行こうとしたロイは、その足を止めてアレックスを見る。

「この屋敷に村の連中が押しかけているそうだ。あんたも早く、ここを出たほうが懸命だ。いきり立ってる村の連中は何をするかわからないんだ。命の保証はしねーぞ」

「忠告感謝するが、友人の安否が不明な状況では帰れないな」

「そーかよ……っ!」

 苛立たしげに言って顔を背けると、ロイはフードをかぶって村の男と共に外に飛び出していく。

 開いたままになっていた扉を、ジェファーソンが閉めていた。

「ジェファーソン。戸締まりはしっかりしてくれ。それと、奪われては困る帳簿や金類は安全な場所に移動させておくほうがいいだろう。そうだな……西棟の先にある塔なら、堅牢な石造りだ。多少、火が回っても大丈夫なのではないか? 私も手伝う」

「……村の者たちがこの屋敷に火を放つと?」

 目を見開いて、ジェファーソンが問う。

「異端や怪異は燃やして始末するのが教会の流儀だろう?」

 

(燃やしてしまえば、証拠は残らないからな……)

 ポケットから取り出したのは、ミランダの部屋の暖炉からかき集めた、日誌のページの切れ端だ。

 それを一瞥して、険しい表情を浮かべる。


「今日が嵐で幸いだったのかもな……」

 この雨では、火を放たれたところで燃え広がるには時間がかかる。となれば、丸焼けになる心配はないということだ。

(ミランダも、もう少し安全な場所に移動させたほうがいいかもしれないな……)

 とはいえ、屋敷の外はロイに指示された村人の見張りがいるだろう。ミランダが屋敷から抜け出せば、すぐに知れられる。そうなれば、移動する途中で取り囲まれる可能性が高い。そうなれば、彼女は村人の前に引きずり出される。司法など、このような田舎では何の意味も持たない。村人たちは自分たちを守るために、口を閉ざすだろう。そうなれば、ミランダや自分が死んだところで、屋敷の出火による偶発的な焼死と片づけられてしまう。


「それならむしろ……」

 アレックスは切れ端を握って呟いてから、ジェファーソンを見る。

「ミランダが来ていた血で汚れた寝間着は、まだあるか?」

 



 



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