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第二章 幽霊城 16

 街に戻り、宿で一泊した後、アレックスはクラウスと共に駅に向かっていた。それほど大きな街ではない。ホーリー伯爵領から一番近く、汽車の終着駅があるのがこの街だ。例の死亡診断書を書いた医師も、この街にいるようだが、今日のところは立ち寄るのを諦めた。あまり嗅ぎ回っていると、伯爵領の領民に耳に入り、噂になるかもしれない。それは、今のところ避けたい。アレックスが伯爵領に来ていたことは、できれば司祭以外に知られたくはなかった。小さな村や街ほど、噂はすぐに広まる。

「戻るのか?」

 クラウスにきかれて、「ああ」と頷く。

「お前も診療所を休んでばかりもいられないだろう?」

「そうだが……今回の件、検死報告書をまとめておく。どうするつもりだ?」

「さぁ、どいうするかな……なんなら、もう一体の方も……」 

 言いかけたアレックスを、「ご免だ!」とクラウスは心底嫌そうに顔をしかめて遮った。

 これ以上、お前の妙な探偵ごっこに付き合えるかと、顔に書いてある。

「そっちは、遺体も腐敗し始めているだろうからな……」

 アレックスとしても、棺桶を開けるのは遠慮したい。正直、昨日の検死でもさすがに堪えている。

 相手が子どもだっただけに、余計と気も滅入ってしまった。こういうことは、プロがやることで、素人が関わることではないなと改めて思わされる。だが、無駄骨だったわけではない。クラウスの検死報告書があれば、少なくとも――警察も無視できなくなる。

 ただ、それが正しいのかどうか、判断に迷う。


 これが公になれば、ミランダも警察に取り調べられることになるだろう。伯爵領を管理しているのだから、その領内で起こった事件の責任は彼女にもある。殺人とわかっていながら、隠蔽していたと思われても仕方がない。ニュースになれば、瞬く間に国中に広まる。ただでさせ、色々とあらぬ噂を立てられている彼女だ。その上、吸血鬼の一族なんて話まで広まれば、社交界に顔を出すことすらできなくなる。結婚も――。

 ぼんやり歩いていたアレックスは、ドンッと脚に何かかぶつかって立ち止まる。見れば、子どもがよろめきそうになっていた。咄嗟に手を伸ばして細い腕をつかむ。

「大丈夫か?」

「ごめんなさいっ、おじさん!」

 頭を下げられたアレックスは「おじっ!?」と、言葉を詰まらせる。隣に並んでいたクラウスが、「グフッ」と笑う声を漏らした。おじさんと言われるほどの歳ではないが、子ども相手に青筋を立てるのも大人げない。それに、確かに十歳にもならない子どもからしたら、十分に『おじさん』なのだろう。

 グッと堪えて、「気をつけろよ」と一言添える。

 子どもは、パタパタと母親らしき女性のもとに走って行く。果物を売るワゴンが止まっていた。

 子どもが見ていたのは、雑貨店のショーウィンドウだ。出窓のそばに、色とりどりのキャンデイーの瓶が並んでいる。なるほど、これに目を惹かれてよそ見をしていたわけだ。

 溜息を吐いたアレックスは、急に足の向きを変える。「おい、どうしたんだ?」と、クラウスが振り返った。ドアを開いて中に入ると、カウンターにいた恰幅のいいご夫人が「いらっしゃいまし」と和やかに声をかけてきた。

 アレックスは店を見回す。日用雑貨と菓子類を売っているようだ。飴以外にも、クッキーやチョコレートの瓶も並んでいる。量り売りをしているのだろう。カウンターの近くに置かれている飴の瓶を眺める。

 クラウスもアレックスがこの店に入った理由がわかったのだろう。眉間に皺を寄せて、瓶に目をやっていた。遺体の口に残っていた溶けかけの飴は、緑と白のマーブル模様だった。アレックスは「これだ」と、瓶を指差す。

「それは、ミントの飴ですよ。人気があるんです」

 店のご夫人がやってきて、「お取りしましょうか?」と尋ねる。アレックスはクラウスと視線を交わし、「ああ、頼む」と頷いた。ミントの飴の他、レモンや蜂蜜の飴なども一緒に買って支払いをする。

 店のご夫人は飴を紙袋に詰めて、「はい、どうぞ」と渡してくれた。

「ご夫人、雑貨店は他にもあるんだろうか?」

「いいえ、この街にはうちだけですよ!」

「飴を売っている店もか?」

「ええ、この飴はうちの主人が作っているものですからね」

 ということは、この飴はこの店オリジナルの商品というわけだ。

「一つ、訊きたいんだが……このミントの飴を最近、誰が買っていったかわかるだろうか?」

 アレックスが尋ねると、ご夫人は「ええ?」と目を丸くする。警戒されないように笑みを作り、紙幣を余分にカウンターに出す。

「ああ、ええ……もちろんですとも。ですが、みんな常連で顔見知りばかりですよ!」

「その中に、子どもはいたかな? 赤い髪の十二歳くらいの少年だ」

「赤い髪の……いいえ、いませんでしたわね」

 ということは、少年が自分で買った飴というわけではないのだろう。アレックスは「では、司祭は?」と尋ねる。夫人は「ええ、街の司祭様なら……チョコレートがお好きですから。でも、飴は買われませんわね」と、首を捻る。


「村の司祭が買い与えたものじゃないということだな……」

 クラウスがポツリと呟く。アレックスは「それなら……」と、カウンターにあったペンとメモを借りてサラッと似顔絵を描いた。夫人はそれをしげしげと見た後、「ああ、この方ならたまに来られますよ」と堪える。アレックスは「ありがとう。このことは秘密にしておいてくれ」と、唇に人差し指を当てて微笑む。店のご夫人は一瞬、ポーッとなっていたがすぐに「もちろんですとも」と頷いていた。

 

「…………誰なんだ?」

「そのうち、わかる」 

 アレックスは飴の入った紙袋をコートのポケットにしまい、駅に急ぐ。汽車の時間が差し迫っていた。

 王都に一度、戻らなければならない。昨日の飴の成分を調べてもらう必要がある。

 

 


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