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第二章 幽霊城 15

 翌日の午後に出発する汽車で、アレックスはホーリー伯爵領に向かう。鞄を荷物棚に上げようとしていたアレックスは、中から鳴き声が聞こえることに気付き、「まさか……」と鞄を座席に置いた。開いてみれば、案の定、白い子猫が綺麗にたたまれたシャツの下からモゾモゾと顔を出す。

「お前……また、潜り込んだのか」

 アレックスは額を押さえる。昨日の夜、あれほど言い聞かせたというのに。といっても、猫に理解できるわけもない。荷造りをしたのは従者のオリバーだ。きっと目を離した隙に入り込んだのだろう。この鞄の中に入れば、ミランダのところに連れていってもらえると学習してしまったようだ。それなら、彼女の屋敷にいればいいものを。どうして、ついてこようとするのか。

「猫を連れてきたのか」

 向かいに脚を組んで座っているクラウスが、意外そうに片方の眉を上げる。

「連れてきたんじゃない。勝手についてきたんだ。まったく……」

 これでは、後で子猫の運賃も追加で払わなければならないだろう。そのうち、車掌が切符を確認しにくるはずだ。その時に言うしかないと、諦めて腰を下ろす。まさか、汽車は走り出しているのに、下りて屋敷に引き返すわけにもいかない。夜には、ホーリー伯爵領に到着したい。


 ドカッと座って脚を組むと、子猫は当然のように膝の上に乗ってきて丸まっていた。「こいつめ、どんどん図々しくなる」と、顔を顰めながら喉をくすぐってやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。暢気なものだ。

「いきなり人の診療所にやってきて、死体検分をしてくれなんて……どうかしているぞ」

 クラウスはひどく不機嫌そうな顔をしていた。当然だろう。診療所も午後から休診しなければならなくなったのだ。

「お前以外に、こんな仕事を頼めるやつがいるか?」

「……まさか、犯罪行為に手を染めてるんじゃないだろうな。だとしたら、安心しろ。次の駅で警察に突き出してやる」

「犯罪事件ではあるが、犯人は私ではないのは確かだ。興味があるから、ついてきたんだろう?」

「吸血鬼による殺人なんて、今時真に受けるやつがいるわけがないだろう」

 腕を組んだ彼は、険しい表情のままゆっくりと流れる車窓の風景を眺めている。平和そのものの田園風景が広がっている。農作業を行っている人たちの姿も見えた。ホーリー伯爵領に到着するのは、日が落ちる頃だろう。

「だが、殺人事件は実際に起こっている。しかも、私がホーリー伯爵領に滞在している間に二度もだ」

「警察は何をしている……ニュースにもなっていなかったぞ」

「事件性があると判断されていないからだ。ただの事故死という扱いになっている。だから、ニュースにもならない」

 頬杖をついて、アレックスは呟くように答えた。あのロイ・バーンズという巡査は、事件を上には報告していない。だから、王都の首都警察も動かない。噂程度には耳に入っているかもしれないが、辺鄙な田舎の農村で起こった事件などわざわざ出向いて調べる必要もないと考えているのだろう。

 殺人事件は王都でも頻繁に起こっている。

「本当にただの事故である可能性は?」

「それはない。どちらも不自然な死に方だ。一人は湖の畔で深夜に死んでいた。もう一人の子供は、教会の木に括られていた。だが、自殺ではない。首を括って死んでいたわけじゃないからな」

「死因は?」

「おそらく出血死。だが、私は死体をそれほどよく見ていない」

「検死はしているんだろう? まさか、それもしていないのか?」

 信じられないというようにクラウスは眉根を寄せる。

「死亡診断書は領地の医者が書いているだろう。だが、検死はしていないのは確かだ。すぐに埋葬された」

「埋葬……そんなにすぐに?」

「不自然だろう? だが、あの領地ではそれが慣習になっている。吸血鬼の仕業だと、そう信じて疑いもしていない」

「中世の村でもないだろうに」

 クラウスはひどく呆れた顔をしていた。「まったくだ」と、アレックスも頷く。だが、そんな盲目的な因習は、誰のためにもならない。ならば、なくしてしまうほうがいい。


「しかし……なんだって、そんな面倒なことに首を突っ込んでいる?」

「……成り行きだ」

 クラウスは「ほぉ」と、目を細めてこっちを見ている。

「なんだ、本当にそれだけだぞ」

「呪われた伯爵令嬢……ミランダ・ホーリー」

 クラウスの口からその言葉が出て、アレックスは一度口を噤む。

「お前まで、そんな噂を知っているのか……」

 クラウスは貴族の出ではない。貴族の家柄に詳しいわけでもなく、パーティーに頻繁に顔を出しているわけでもない。それでも、知っているというのは、思ったよりホーリー嬢は有名人ということらしい。

「……あの娘にまつわる奇妙な話は、時々耳にしたことがある。不幸を招くだとか、死者の声を聞くだとか。お前があのご令嬢とそれほど親しい間柄だったとは知らなかった」

「親しいというほどじゃない。こいつが……原因だ」

 アレックスは眉間に皺を寄せたまま、膝の上の子猫を両手で持ち上げる。ミャーッと鳴いている白い子猫を見て、クラウスはメガネをクイッと上げていた。

「猫友か……」

「まあ……そんなところだ」

 説明するのが面倒で、そう答えておく。あながち、間違っているわけではない。浅い関係の友人ではあるのだから。

「色々いわく付きの令嬢ではあるが……本人はいたって素朴だよ」

 庭仕事をして笑っているミランダの姿をふと思い出して、微笑む。クラウスは何も言わない。

 

「墓を暴いてどうするつもりなんだ?」

「当然……死因を調べる。埋葬されてそう経っていない。まだ、遺体はそれほど痛んではいないだろう」

 ただ、その遺体の状態を見たら、クラウスは顔をしかめるだろうなとぼんやりと考える。


 終着駅で降りた時には、日が落ちてくらくなり、風が出ていた。街で馬の手配を頼み、夜更けになるのを待ってクラウスと共にホーリー伯爵領へと向かう。あまり人目につきたくないため、御者は頼まなかった。手綱を取ったのはクラウスだ。

 

 村は灯りがほとんど消えていた。教会へと向かい、少し離れた場所に馬車の馬を繋いでおく。埋葬されている墓地は教会の裏だ。先日亡くなった子どもが埋葬されている墓は、木の墓標が土に突き刺さっているだけの簡素なものだった。木が真新しいためすぐにわかる。街の宿で借りてきたシャベルで掘り返すと、土が軟らかくなっているためすぐに棺が現れた。一息吐いてから、クラウスと顔を見合わせる。

 

 棺の蓋を開いたクラウスは、一瞬、息を呑んでいた。暗がりの中でも、その遺体の異常さは一目で分かる。布がかけられているが、胸の辺りには杭が突き刺さっているからだ。

「遺体を損壊するとは……死者への冒涜ではないか」

 嫌悪感を滲ませて、クラウスが吐き捨てる。

「だから、異常だと言っただろう?」

 アレックスも下に降りて、遺体を運び出すのを手伝う。布に遺体をくるんで、持って来た麻袋に入れた。棺桶の蓋を閉じると、すぐに土を戻す。その時、「誰だ!?」と声がして、二人とも手を止めた。駆け寄ってくるのは、灯りを手にした司祭だ。

「あなたは……!」

 灯りを翳した司祭は、掘り起こされた墓とそのそばに立っているアレックスの姿を見て息を呑む。

「なにをなさっているのです!! それはあの子の……」

 アレックスは司祭に歩み寄り、その口を手で塞いだ。

「申し訳ない、司祭。この件を、もう少し念入りに調べたいのです。村人に気付かれたくはない。できれば、穏便に……」

 声を抑えて言うと、司祭はシャベルを手にしているクラウスに警戒するような視線を向けた。

「ああ、彼なら心配ありません。医師ですから」

「医師……!? なんのために……まさか、検死を行うのですか?」 

 司祭はギョッとしたように二人を見る。一応、声を潜めてくれてはいた。

「不審死の場合、検死を行うのは当然の義務だ。それを怠っていることのほうが問題だろう」

 クラウスが答えると、司祭は「それは……」と苦悩するように眉間に皺を寄せる。

「これは、巡査はご存じなのですか?」

「いいや、あの巡査は信用できないからね。だから……その……申し訳ないとは思ったのだが、秘密裏に事を運びたかったんだ。司祭、あなたにもできれば協力をお願いしたい」

「……死者の眠りを妨げるなど、罪深い行いです」

「ああ、そうだな。だが、もしこの子が殺されたのであれば、犯人を明らかにしてほしいと思うのではないかな? そうしなければ、心安らかに眠ることもできないだろう」

 この司祭が犯人ではないとは言い切れない。だから、アレックスはその反応を慎重に観察していた。

 司祭は目を伏せると、しばらく黙った後で「わかりました」と答える。


「一つ、お聞かせ願いたい。あなたは、なぜこの件を調べておいでなのです?」

「……気になるだろう?」 

 アレックスがあっさり答えると、司祭は「それだけですか?」とあ然とした顔をする。クラウスは、やれやれという顔で横を向いていた。

「半分は自己満足……残りの半分は……まあ、友人のためだ」

「友人というと……それは伯爵令嬢のことで?」

「そんなところだ。協力してもらえるか?」

 アレックスの問いかけに、司祭は頷く。

「私はこの領地の出身ではないのです……この伯爵領で起こる悲劇は、普通ではないと思っております」

 

「すぐに埋葬することを考えれば、街に運ぶよりはここで検死を行う方がいいだろう。司祭、場所を貸してもらえるか?」

 クラウスが進み出て尋ねると、司祭は「こちらに」と灯りを翳しながら歩き出す。


 横手の納屋は狭いが、真ん中に木の作業台も置かれている。検死を行うには十分だろう。

 司祭は灯りを壁の柱にかけると、邪魔にならないように出て行った。司祭が面倒を見ていた子どもだ。遺体を見るのが辛かったのだろう。

 麻袋から出した遺体を、二人で作業台に載せる。クラウスは鞄を台に置いて上着を脱ぎ、袖まくりをしていた。アレックスも同じように上着を脱いで、ハンカチで口元を覆う。

「手伝うつもりなのか?」

 クラウスにきかれて、「助手は必要だろ?」とアレックスは答えた。

「途中で気分が悪くなって、倒れて知らんぞ」

「大学の生物学の講義で、ウサギとカエルの解剖ならやったぞ」

「それは頼もしいことだな」

 クラウスはマスクを装着して手袋をはめると、遺体を包んだ布をはぐる。青白い顔をした子どもの胸に深く杭が突き刺さっているのを目にすると、「悪魔め!」と舌打ちして罵っていた。

「遺体を損壊して、死者を冒涜するとは……この村の連中はどいつもこいつも正気じゃない」

 まったくだと、アレックスは呟いた。この杭を打ち込んだのは、ミランダだ。その役目を、彼女は背負わされている。あの日も、帰りの馬車の中で、彼女は震える自分の手を握り締めて俯いていた。


『きっと……私は許されない……』

 ミランダの漏らした声を思い出す。無意識だったのだろう。ハッとした顔をして、「すみません……」と謝っていた。もう二度と、彼女に手を汚すような真似はしてほしくない。辛い思いをさせたくはない。そう思うのは、友人としては行き過ぎた干渉だろうか。


「どうだ? 何かわかったか?」

 アレックスは手帳とペンを手に尋ねる。遺体をじっくり観察していたクラウスが、首に手をやる。

「頸動脈を損傷している……死因は出血死で間違いないだろうな」

「刃物でか?」

「いや、切り傷というより刺し傷だな……ナイフよりは鋭利で細い。アイスピックか、釘のようなものだろう。正確に頸動脈を狙っているところを見ると、気を失わせてからやったのだろう。犯人と争った痕跡はない。縛られたのは、死後だな……」

 爪や腕、脚なども確認しながら、クラウスが答える。ひっかき傷や打痕もないということだ。

 クラウスの所見を、手帳に書き込んでいく。

「吸血鬼の仕業……ってことは考えられるか?」

 顔を上げてふと尋ねると、クラウスは「最近の吸血鬼は自分の歯じゃなくて、凶器を使うのか?」と、小馬鹿にしたように聞き返された。「納得したよ」と、肩を竦める。

 つまりは、吸血鬼を装った人間の仕業以外にあり得ないということだ。

「待てよ……口に何か入ってるな」

 呟いたクラウスが、ピンセットを使って遺体の口の中から何かを取り出す。それを見て、アレックスとクラウスは視線を交わした。

「飴玉……か?」

「他に何に見えるんだ?」

 クラウスは小さな瓶の中に、その飴を入れて蓋を閉める。

「睡眠薬でも入っていたのかもしれないな……」

 アレックスは顎にペンを持つ手を添える。いくら子どもでも、知らない相手から食べ物や菓子をもらって食べたりしないだろう。となれば、与えたのは顔見知りの可能性がある。村人ならほとんどが顔見知りだろうから、あまり参考になるとも思えないが。


「王都に戻ってから調べてみればわかることだ」

 クラウスはその後も淡々と検死を続けていた。ようやく終わったのは、三時間以上経ってからだろう。

 寝ずに待っていた司祭が、様子を見にやってきた時には処置を終えていた。

「杭を……抜いたのですか?」

 司祭が血のついた杭が遺体の横に置かれているのを見て、目を見開く。

「……突き刺したままの方がよかったと?」

 クラウスが冷ややかに尋ねると、司祭は「いいえ」と首を横に振った。

「それでよいのだと思います。死んでまで、苦しみを負うことはない。神に仕える身でありながら、俗信に惑わされるなど……本来、あってはならないことなのです」

 目を瞑り、静かに横たわる子どもの硬く冷たくなった手を握り締めた司祭は、声を詰まらせる。その目に涙が滲んでいた。


 遺体を棺に戻して土をかぶせると、司祭はその前で祈りを捧げていた。

「司祭、この件は内密に願います」

 アレックスが声をかけると、「これからどうなさるおつもりですか?」と心配そうにきいてくる。

「一度、王都に戻ります。いずれ、この件は明らかにしなければならなくなるでしょう。どのような形であれ。その時は、司祭にも協力をお願いすることになるでしょう」

「……犯人はどのような者なのか、見当がついておいでなのですか?」

「まさか。私は警察でも、探偵でもありませんよ。私に分かるのは……吸血鬼ではなく人の仕業だということくらいです」

「早く、解決することを願っています。ミランダ様にも……お話にならないのですか?」

「……今はなんとも。私が引っかき回したことがわかれば、彼女に迷惑がかかるかもしれませんから」

 村人はよそ者が嗅ぎ回ることを、快しとはしないだろう。領主である彼女の不審感に繋がる恐れがある。できれば、信頼できる警察の手に委ねたいところだ。

 アレックスは教会を出ながら、「巡査にも黙っていてください」と一言釘を刺しておいた。

 司祭は真顔になり、「承知いたしました」と返事をする。


 馬車に戻り、御者台に乗る。二人とも、墓堀りをしたせいで上着もズボンも靴も、土で汚れてしまっていた。

「父上や母上が知れば、卒倒しそうだな」

 アレックスは腰を下ろし、袖を払う。

 隣に座って手綱を取ったクラウスは、「お前の両親がこの程度で卒倒するものか」と鼻で笑っていた。

 

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