第二章 幽霊城 8
アレックスがホーリー邸に戻った翌日の朝、食堂に下りると、あのロイ・バーンズ巡査がさも当然のように席について、ミランダと共に朝食をとっている。
昨晩も寝室に忍び込んできたイタズラ好きの白い子猫を抱えて入ると、ミランダは「あっ、おはようございます」と微笑んだ。アレックスは「おはよう」と挨拶を返してから、行儀悪く肘をついてパンを頬張っているロイに視線を移す。
「……いったい、なんだって彼がいるんだ?」
アレックスが眉間に皺を寄せて尋ねると、ロイも「それはこっちが訊きたいね!」と鼻で笑うように言い返してきた。お互いに睨み合っていると、「紅茶はミルクティーにいたしますか? ストレートにいたしますか?」と執事のジェファーソンがティーポットを手にやってくる。
「ストレートでいい……田舎の巡査は厚かましくも、人の邸宅にやってきて朝食を食べるのが普通なのか? 信じられないな」
皮肉っぽく言ってミランダの隣の席に座ると、向かいに座るロイが「そっちこそ!」と苛立って腰を浮かせる。
「お貴族ってのは、勝手に人の邸宅に転がり込んできて、朝食を食うのが普通のかのよ? しかも、未婚の女が暮らしている屋敷にだ。村の男だって、もうちょっと礼儀をわきまえてるぜ!」
言い返されたアレックスは、カチンときてロイを睨む。
ロイの方も、「なんだよ!?」とけんか腰で睨み返してきた。
「あっ、あの……えーと、ロイっ! アレックス様はお客様なの。ほら、あんな事件があったところだから……心配してくださって……」
「心配!? ミランダ、こいつをそんなに信用していいのか!? お前が王都に行ったのは、この前が初めてだろ。その時、ちょっと招かれた屋敷で出会ったようなよく知りもしない男を、ホイホイ屋敷に泊めてんじゃねーよ! 見ろっ、あの顔を。下心たっぷりって顔をしてやがるぜ!」
アレックスはジェファーソンがいれてくれた紅茶のカップを受け取りながら、「お前よりは信頼に値するが?」と言い返す。
「どこがだ!? てめえの魂胆はわかってんだよ。ミランダが何にも知らない田舎娘だと思って、誑かすつもりなんだろ。絶対、そんなことはさせねーからな。ミランダに指一本でも触れてみろ。お前がどこの何様だろうが、縛り上げて川に沈めてやるぜ!!」
「殺人の捜査もまともにできないやつが、偉そうな口をきくじゃないか。こんなところでのんびり朝食なんてとってないで、さっさと捜査でもしてきたらどうだ? ああ、君のような無能には無理だったかな。かわりに、その辺の野良犬でも追い払っているといい。君のかわりに、私が殺人鬼を捕まえてやるよ」
「なんだと、もう一回言ってみろ。この金ぴか野郎!」
「金……っ、無能だから、無能だと言ったんだ。聞こえなかったのか?」
「ああっ、あの、ロイ、エルハルド子爵っ!!」
ミランダがテーブル越しにいがみ合う二人を、慌てて止めようとする。その時、食堂の扉が勢いよく開いて、籠とトングを手にしたメイドのメアリーが入ってきた。
「パンが焼き上がりましたよ~っ! サックサックのクロワッサンと、マフィンです!」
元気のいい彼女の声に、ミランダはホッしたような表情を浮かべる。ロイとアレックスは口論を中断すると、ふてくされた顔をしてフンッとそっぽを向いた。なんでこいつがここにいるんだと思っているのは、お互い様だろう。
「おい、ミランダ。夕方にはまた様子を見に来るからな。こいつが何かにしょうとしたら、すぐに知らせろよっ!」
朝食を食べ終わると、ロイはそう言って席を立つ。
「大丈夫よ。ああ、でも……夕食の前には寄ってちょうだい。キッシュを焼くから、おば様にも持って帰って」
「ああ、そうする。おい、てめぇ……俺が常に監視してるってこと、忘れんじゃねーぞ!」
アレックスを指差して言うと、ロイはミランダに見送られて食堂を出て行く。
扉が閉まると、ミランダは席に戻ってきた。
「あいつはいつも、この屋敷で朝食をとるのか?」
「あっ、はい。たまに……ロイのおば様とおじ様は、昔この屋敷で働いていたんです。おじ様は庭師なので、今もたまに庭の手入れに来てくれるんですよ。おば様は家政婦だったんですが腰が悪くなってしまって……私のことも心配して、今もロイが時々様子を見に来てくれるんです」
「……なるほど。使用人の子とお嬢さまか……」
アレックスがポツリと呟くと、ミランダが「え?」とこちらを見る。はっきりとは聞こえなかったのだろう。「いいや、なんでもない」と、ジャケットに忍び込もうとする白い子猫を膝に戻した。
「……昨晩はよく眠れましたか?」
ミランダはオムレツを切りながら、遠慮がちに尋ねてくる。
「ああ……君は、あまり眠れていないようだな。あんな事件の後では仕方ないが」
寝不足なのか、顔が余計に白く見える。
「あまり眠れないのは、昔からなのです……」
「……そうなのか? 医者には?」
眠れず睡眠薬を処方してもらっている者は多い。だが、ミランダは小さく首を振っていた。
「……原因はわかっているので」
「原因? 何か悩むことでも?」
「いいえ……その……実は……こ、怖がりなんです……」
「怖がり? それで眠れないのか?」
「いい大人なのに、子どもみたいで……恥ずかしいですね」
「眠れないなら、一緒に寝ればいいだろう」
アレックスは何気なく答えてから、「ああっ、いや! こいつとだ!」と膝の子猫を持ち上げる。
ミランダはキョトンとした顔をして、子猫と顔を見合わせていた。
「き……昨日も私の部屋に忍び込んできて、ベッドで寝ていたぞ」
「それは、ごめんなさいっ。この子の兄弟と一緒に私の部屋で寝ていたのに、いつの間にか抜け出してしまったみたいです」
「扉が閉まっているのにか?」
「きっと、メアリーが部屋を出て行く時に、こっそり抜け出したんでしょう」
だとしても、どうやってアレックスの部屋に忍び込んだのか。幽霊よりそっちの方が怪奇現象だ。
ミランダは口元に手をやり、フフッと笑う。
「エルハルド子爵のことが大好きなんですね」
「一緒に数日過ごしていたから、懐かれただけだ……だが、こんなことでは帰る時に困る」
アレックスは、「わかっているのか?」と子猫の顔を見る。白い子猫は、ふわぁと大きな欠伸を漏らしていた。まったくわかっていないその暢気な態度に、溜息を吐いた。
「あの、エルハルド子爵……本当に、あの件をお調べになるおつもりですか?」
「そのエルハルド子爵という仰々しい呼び方は、やめたらどうだ?」
「あっ、では……えっと、し、子爵様?」
首を傾げるミランダに、「アレックスでいい」とぶっきらぼうに答える。
「ですが、それでは失礼に……っ!」
「かまわないさ。私も君のことは名前で呼ばせてもらうから」
アレックスは「あいつとは、名前で呼び合ってるじゃないか」と、ボソッと呟いた。
「えっ?」
「何でもない。独り言だ。調べるつもりでここに滞在しているんだ。君の幼なじみの巡査に任せておいては、百年経っても解決しそうにないからな。よくあれで、警察官になれたものだ……田舎だから人材がいないのか?」
「ああ、見えて、ロイは……正義感が強いのですっ!」
「そいつは頼もしいことだな」
皮肉のつもりで言ったのに、ミランダは「はいっ!」と嬉しそうに微笑んでいる。
「まあいい……とにかく、調べるというか……興味があるんだ。単純に……それに、どうせ王都に戻っても、やることはないからな」
また、どこかの屋敷のパーティーや劇場に足を運ぶだけのつまらない毎日だ。
「……迷惑か?」
アレックスはふと、彼女を見て尋ねる。
「君が迷惑だと思うなら、無理にとは言わないぞ……」
「いいえっ、そのようなことは思いません。ロイはああ言っていましたけど……私はホッとしているんです。やっぱり少し……心細かったので……それに、エルハルド子爵は、あんな荒唐無稽な話を、真面目に聞いてくださいました。他の方なら、きっと笑われただけだったと思います……」
自分だって、幽霊や吸血鬼を本気では信じていない。だが、その正体を探りたいだけだ。だが、確かに彼女の話を聞いて笑う者もいるだろう。田舎者の妄信だと――。
「……アレックスだ」
「え? あっ、すみません。まだ慣れなくて……気をつけます!」
「無理にはいいさ……君が呼びたくなったら、そう呼んでくれ」
アレックスはカップをテーブルに戻して、立ち上がった。
ミランダは顔を上げると、少し頬を赤く染めて「はい」と微笑んでいた。




