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第二章 幽霊城 7

 教会から棺を担いで出てきた村人たちは司祭と一緒に墓地の方へと移動していた。

 葬儀が終わるのを教会の外で待っていると、黒い質素なドレスを着たミランダがやってくる。彼女は「エルハルト子爵」と、困惑した様子でアレックスを見上げてきた。

「申し訳ありませんでした。今朝はご挨拶もできず」

「いやいい……それより、こんなにすぐに葬儀を行うのか?」

「あ……はい……この辺りではそれが習わしなので……」

 習わし――。

 アレックスは視線を合わせようとせず、自分の細い腕をつかんでいるミランダを見て、眉間に皺を寄せた。手を伸ばして、その手首をつかむと彼女がビクッとして顔を上げる。


「検死は行ったのか?」

「それは……確認は、医師のエルトン先生がしてくださいました。ロイ……バーンズ巡査の立ち会いのもとで」 

「さきほど、棺の中を見たが……胸に杭を打ち込まれていた。あれは……昨日、君が……」

「おいっ! そこで何してんだ!!」

 怒鳴って駆け寄ってくるのは、ロイという名の巡査だ。

 ミランダの手をつかんでいたアレックスを押し退け、彼女の手を引いて後に下がらせる。


「田舎の警察官は随分と無礼だな」

「お前こそ、ミランダが嫌がってんのかわからねーのか? お貴族様ってのはもっと、紳士的なもんだと思っていたけどな!」

「君は警察官だろう。なぜ、検死を行わず埋葬するなど許したんだ? 怠慢にもほどがある。犯人を見つける気があるとは思えないな。手に余るようなら、警視を呼んではどうだ?」

「うるせぇよ、よそ者が口を挟むんじゃねえ。ここには、ここのやり方っていうやつがあるんだ。何も知らねーくせにっ! とっとと、自分の領地に帰ってろ!!」

「ろい、やめて。エルハルド子爵に失礼だわっ!」

 ミランダが慌てたように、ロイをつかんで止めた。

 アレックスを睨み付けていた彼は、「ミランダ、こんなやつにかまうな」と吐き捨てるように言って彼女を引っ張って行こうとする。

「待ちたまえ」

「何だよっ!?」

 

「君に用などない。ホーリー嬢、すまないが忘れ物をしたらしい。君の屋敷に戻らせてもらってもかまわないかな?」

 アレックスが笑顔で尋ねると、ミランダは「忘れ物……ですか?」とキョトンとした顔をする。

「ああ。うっかりしていた」

「わかりました。それならジェファーソンに……」

「葬儀は終わったのだろう? なら……君も一緒に戻ればいい。馬車もあることだ」

 表に待たせている馬車を指差すと、ロイが「はぁ!?」と迷惑そうな声を上げる。

「ミランダはまだ、これから用があるんだよ。お前一人で戻ればいいだろう」

「それは君の決めることか? 私はホーリー嬢に話しかけている。無礼は控えたまえ。バーンズ巡査」

 冷ややかな目を向けて言うと、彼はグッと言葉に詰まって黙っていた。


「ごめんなさい、ロイ。後のことはお任せします……」

「ミランダ、こいつと戻るのかよ!」

「お客様ですもの。それに、エルハルト子爵にはお世話になったのですから」

 ミランダはロイに背を向けると、「エルハルド子爵、お言葉に甘えて……私も屋敷まで乗せてもらえますか?」

「ああ、もちろんだ」

 ロイのイライラしいた視線を受け流し、笑顔でミランダに腕を差し出す。

 そんな態度に、彼女はびっくりした顔をしておずおずと手をかけた。あまり慣れていないのだろう。

「おい、ミランダ。そいつに気をつけろよ! 馬車の中で変なことをしてこようとしたら、蹴っ飛ばしてやれ!」

「ロイってば!」

 ミランダは振り返り、焦ったように言う。「かまわないさ。野良犬が吠えたところで気にはしない」と平然と答え、アレックスは彼女と共に馬車に乗り込んだ。

 走り出した馬車の窓からチラッと見れば、ロイは忌々しそうに睨んでいる。


「あの……エルハルド子爵、忘れ物というのは?」

「ん? なんだったかな」 

 窓際に肘をついて頬杖をつきながら、イタズラっぽく笑った。

 ミランダは目を丸くして、「えっと、それでは……どうして?」と首を傾げている。

「君の領地に興味が出たんだよ」

 笑みをしまうと、アレックスは真顔になって窓に視線を移した。

 この薄気味の悪い因習の残る土地と、夜な夜な徘徊する殺人鬼に――。


「子爵……あの……私を心配してくださっているのであれば、大丈夫です」

「……吸血鬼に襲われた者は、胸に銀の杭を打ち込む。襲われた者も吸血鬼となって、他の者を襲うと言われているから。そんなただの伝承を……本気で君の領民は信じているのか?」

「…………ただの伝承……そうかもしれません。ですが、それだけのことで、安心するのです。身内の者もです。死者が安らかに眠れるのであれば……たとえ迷信であっても、必要なことでしょう」

「だから、その役目を領主である君が負うのか?」

 ミランダを見つめて静かに問うと、彼女は俯いて自分の手をギュッと握り締める。

 昨晩、馬車に乗った時、彼女の袖や手が血で濡れていた。杭はあの時に打ったのだろう――。

 

「……軽蔑……なさいますよね……死者を冒涜する行為だと……」

「……必ず、領主がやらなくてはならないことなのか? 身内の者や、あのバーンズとかいう巡査が行えばいい。誰が杭を打ち込んだところで、同じだと思うが」

 こんな細腕の令嬢に、そんな役目を押しつける領民も、あの巡査もまともだとは思えない。

「いいえ、それは私の役目なのです。代々、そうなのです……私の父も、祖父も、曾祖父も行ってきたことです……父がいない以上、私がやらなくては」

 ミランダは毅然として顔を上げると、そうはっきりと答える。

 今まで、何人の死体に杭を打ち込むなんて仕事をやらされてきたのか――。

 決して平気なわけではないだろう。震えていた手を見ればわかる。誰だって、慣れるものではない。

 死体を毀損する行為など。


 アレックスは息を吐いて、彼女の白い頬に手を当てる。

 相変わらず冷たいのは、もともと体温が低いのだろう。

「あ、あの……エルハルド子爵!」

 逃げるように身を引いた彼女の頬の血色が少しばかりよくなった。

「少しはましな顔色になったな」

 アレックスはフッと笑って、伸ばしていた手を戻した。

「えっ?」

「今にも倒れそうなひどい顔色だった」

「それは、申し訳ありません……っ」

 うつむいて恥ずかしそうに声を小さくする彼女に、「なぜ謝る?」と呆れて聞き返した。


「ご心配をおかけしてしまったので……っ」

「ああ、そうだな。実に心配だ。だから、あと数日、君の屋敷に滞在することにしたよ」

 脚を組みながら答えると、「あ、はい……」と彼女は答えてからバッと顔を上げる。

「あと、数日……ですか!?」

「吸血鬼が徘徊しているんだろう? また出没するかもしれないじゃないか。あるいは、今日埋葬したあの娘が棺桶の中から蘇ってくるかもしれない。そうなれば、杭を打ち込むなんて真似をした君の元に、真っ先にやってくるかもしれないぞ」

「そ、そんなことは……それに、事件が起こるのはいつも朔の晩と決まっているのです。ですから、しばらくは何も起こらないのです。それに、今まで私の元に……やってきた吸血鬼はいませんからっ!!」

「今まではいなかったかもしれないが、今回はわからないだろう? 例外というものはある。油断している時が一番危険なものだ」

「ですが……あのっ、エルハルド子爵が王都にお戻りにならないと、心配されてしまいます!」

「ここに来る時、どうせ知人の屋敷に寄るつもりだったのだ。私が戻らなくても、心配などされないよ。これでも一応は成人しているんだから。まあ、一応は電報くらいは打っておこう」

 

「あ、あの、ですが……ですか……っ!!」

 あわあわしている彼女がおかしくて、アレックスは笑いそうになる口元に手をやる。

「そんなに私がいるのは迷惑か? 別に執事やメイドの世話にならなくても、自分のことくらい自分でできるつもりでいるが。ああ、それに屋根の修繕くらいは手伝える」

「いいえ、とんでもありませんっ! 子爵にそのようなことはさせられませんからっ!」

 ミランダは両手を前に出して拒否していた。

 

「ホーリー嬢、私は幽霊も吸血鬼も信じてはいない。そんなもの、一度も見たことがないからだ。だから、今回の事件も、君や領民たちが考えているような迷信の産物とも思えないんだよ」

「それは……人の仕業だと?」 

「ああ、そうだ。どんなに凄惨な事件だって、起こすのは人間だ。私が学生だった頃も、王都で吸血鬼騒ぎが起こったことがある。狙われたのは貧民街の娼婦ばかりだった。目を覆いたくなるような事件だったようだが、犯人を捕まえてみれば……なということはない。ただの異常な性癖を持つただの人間だった。こんな話……ご令嬢にする話でもないが。つまりは、吸血鬼などいないということだ。だが、殺した者はいる。その者は棺桶の中などではなく、今も君の領地で善良な村人の振りをしながら何食わぬ顔をして生活しているということだ。そのことの方が、私は吸血鬼や幽霊よりも怖ろしい」

 アレックスは「そうは思わないか?」と、彼女を見る。

 考え込んでいたミランダは、「それは……そうかもしれません」と頷いていた。


「ですが、百年以上も前から続いているのですよ?」

「同じ人間の仕業だと、なぜわかるんだ? 伝統というのは、継承される。その伝統が殺人であっても同じだ」

「殺人を継承……」

「なら、君と私でその悪しき伝統と風習を終わらせてみようじゃないか」

 アレックスはニヤッと笑う。

 つまらない田舎の領地だと思ったけれど、これはなかなか――興味をそそられる。


 これはただの、暇潰しだ。

 そのつもりだった――この時はまだ。

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