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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽物聖女と騎士団付き魔術師の秘密

作者: 白川明

 トワ、という名前を与えたのは実の親でもなければ、私を買った伯爵でもなかった。


「あなたは今日からトワよ」


 私と同じ十三歳の少女、いや私の血の繋がらない姉が付けた。


 商人の家に生まれた私は特別な力を持っていたため、金で貴族に買われて、養子となった。私は兄弟の多い実家ではいてもいなくてもいい存在だった。


「あなたはこれからわたくしの『ちから』になるの」


 義姉であるカーラは、私にそう告げた。本当に、言葉のままだった。

 聖女であるカーラの、「力」。

 聖女だけが使える神聖魔術を、私は使えた。


 聖女は神聖教会が認定した神聖魔術を使える女性のことだ。類稀なその力で、世界を守り、癒すという。

 勿論それは建前だ。

 聖女と認められたカーラは神聖魔術を一切使えない。

 聖女は呪われた北の地の封印を維持する。そのために国家を横断しての特権が与えられる。力ある者たちはその座を巡って争う。

 その争いの結果と、私の力により、カーラは聖女となった。


 カーラが妬ましいわけでも、憎いわけでもない。

 好きでもないけれど。

 神聖魔術は、回復と防御しかできない。つまり私はただの小娘にすぎない。逆らったり、逃げたりすれば確実に殺されるだろう。

 幸い、衣食住は前の家よりも遥かに良い。

 存在しないものとして扱われる以外は、恵まれているといっていい。


 だから、私はカーラや当主たちに従っていた。

 私が用済みになるまでは。



「逃げなさい」


 王都の大聖堂を訪ねた帰りの電車の中で、カーラは言った。

 当惑する私にカーラはこう続けた。


「正式にわたくしが聖女と認められたから、あなたは用なしになった。お父様はあなたを殺すわ」

「え、北の地の封印は……?」


 数ヶ月後にカーラは北の地に赴き、封印強化の儀式をする運びとなっていた。勿論、実際に行うのは私、であるはずだ。


「あなた、信じてたの? 聖女が世界を守る存在だなんて」

「違うの……?」


 何を言っているのかと、カーラは呆れた顔をした。

 カーラに馬車から追い出されるようにして私は降りた。


「騎士団を頼りなさい。出来れば第三を」


 カーラのその声を背に私は王都の人混みに紛れた。




「えーと、どうする?」

「団長来るまで待機じゃね?」


 私は柄の悪い連中に取り囲まれていた。野盗ではないが、騎士というには素行が悪く、装備も貧乏そうだった。傭兵だろうか。

 その後、私はカーラに言われた通り騎士団に助けを求めようとした。が、それよりも先に伯爵家の追っ手に見つかり、逃げるだけで精一杯だった。旧市街の空き家に逃げ込んだものの、この連中に見つかった。

 私は神聖魔術で防御結界を張ったので、彼らには直接手出しできなかった。

 私の使える防御結界は全く強力ではなく、魔術師がいれば簡単に解除できる代物である。が、幸いなことに魔術師はこの中にいないようだった。


「団長、エドっちー こっちこっち」


 一際軽薄そうな男が手を振る。その方向を見ると、装備が比較的立派で顔面がやたら派手な男と、黒いローブを着た細身の男がやって来るところだった。ふと、黒いローブの男と目が合った。男は大きく目を開くと、


「うわーっ!!!」


 そこらに響き渡る大声で叫んだ。




「偽者、じゃない?」


 顔面がうるさい男もとい、キリアン・オブライエン第三騎士団団長は言った。


「正真正銘の神聖魔術ですよ!」


 黒いローブの男、騎士団付きの魔術師のエドウィンと名乗った男が叫んだ。

 彼らはゴロツキではなく、王国の第三騎士団の者たちだった。

 伯爵家の要請を受け、自分が聖女だと主張する偽者聖女である私を捕えに来た、という。酷い濡れ衣である。


「トワ、君は本物の聖女なのか?」

「違う。私は聖女じゃない」

「いやいや、さっき使ってた防御結界は神聖魔術のだぞ」


 私はエドウィンを睨み付けた。防御結界は彼によって無効化された。


「そうよ、私は神聖魔術が使える。でも教会が認めた聖女じゃない。それに私は私が聖女だとも言ってない」

「ええとつまり……?」


 キリアンがエドウィンの方を見た。エドウィンは嫌そうな顔で彼を見返した。


「俺たち面倒臭いのに巻き込まれたってことですよ!」

「私たちが面倒臭いのに巻き込まれるのはいつものことではないかな?」

「あんたが言うな!!」




「君の身柄は第三で預からせて貰う。私の小姓、ということにして」


 そう、キリアンもとい団長は言った。

 そういうわけで私は男の子の格好をさせられて、第三騎士団で過ごすことになった。


 私は全く知らなかったのだが、第三騎士団というのは問題がある騎士で構成された、問題がありすぎる問題を解決したり闇に葬ったりするところらしい。


 とは言っても私には関係ない。私は王城ではなく、城の外にある詰所兼宿舎にずっといた。事務作業をさせられながら。


 詰所には、大抵エドがいた。騎士たちは詰所よりも外にいることが多かった。

 文官のような仕事をさせられているエドの手伝いをさせられた。

 そんな彼の姿を見て、てっきりボンクラ魔術師なのかと思っていた。


 だが、違った。


 あるとき、魔術師崩れの強盗を捕らえる任務に同行させられた。そのときに魔術師崩れの男の魔力が暴走した。

 魔術師は魔術を習得していなくても体内で生成される魔力をぶつけることが出来る。しかし、それは危険なことだ。人が魔術を使うのは危険な魔力という力を制御するためでもある。

 騎士たちが魔術師崩れを取り押さえようとしたところ、暴走が起こった。その直前に結界を張ろうとしたが、間に合わなかった。駄目だと思い目を瞑った。

 しかし、覚悟した衝撃はこなかった。

 私が恐る恐る目を開けると、男は真っ赤な球体になっていた。

 男の体を覆う球体の結界が張られ、その中で男は内側から弾け飛んでいた。

 私は隣にいたエドを見た。彼はホッとした表情で、前方に突き出していた手を下げた。私に気付くとエドは顔を顰めた。


「おい、見るな」


 エドは無詠唱で、人間一人を覆う結界を生み出した。

 魔術師というのは例えるなら楽器のようなものだ。己の肉体を詠唱でもって震わせ、魔力を練り上げ増幅し、魔術を生み出す。詠唱が最も多く用いられるが、舞いで魔術を行う者もいると聞く。

 その練り上げと増幅無しに、魔術を発動できる者は皆無ではないがほんの一握り、と私は聞かされた。


「聞いてるのか、あれ見るな」

「なんで」

「なんでって…… 子供が見ていいもんじゃない」


 誰かにそういう風に気遣われたのは久しぶりのことだった。


 その日から私がエドを見る目は変わった。

 いや、変わったというか、エドを一人の人間として見るようになった。騎士たちについてもそうだった。

 これまでの私の人生に現れて消えていった、私に関わる、けれど私とは関係のない人たち。彼らはみんな同じようなものだった。しかし、そうではなかった。

 私と同じ人間だった。


 それから、あの事件が起きるまで、第三騎士団での日々は騒がしくも、そこそこ楽しい日々だった。

 団長が女性問題のトラブルを起こしてはなぜかエドが尻拭いさせられたり、腹黒副団長フィンの腹黒さを垣間見たりした。あとは団員たちのバカ騒ぎを呆れながら、でもこの賑やかさはどこか嫌いになれなかった。


 またある時はエドの元師匠というデボラ・タウンゼントに引き合わされたりもした。彼女は元聖女だと言う。


「もし俺……俺たちになんかあったらあの人に頼れ」


 終始苦虫を噛み潰したような表情をしていたエドは言った。彼女が苦手なようだった。どうも、母親ではないが、母親代わりだったらしい。


「タウンゼントって、宰相と同じ名前?」


 アーロン・タウンゼント。この王国の宰相を務める魔術師。


「ああ。正妻だよ、あの人」




 それが起こったとき、詰所には珍しく団長も副長も主な団員が揃っていた。

 私は団員から集めた経費の申請書を整理しているところだった。


 異変に気付いたのは私だった。


 今まで感じたことのないような悪寒が走った。骨まで震えるような。

 それは恐怖だった。


「トワ?」


 エドが近寄ってくるのを感じた。が、彼は途中で足を止めた。


「何だ……? 敵襲!」


 エドが声を張り上げる。すぐにその場にいた騎士たちは身構えた。


 次の瞬間、入り口の扉が吹き飛んだ。

 それから黒い影が幾つも入り込んだ。

 黒い影は団員たちに襲い掛かる。


 私のところにも、それは来た。

 真っ黒なそれは、狼に似ていた。しかし凶々しい、黒い靄を纏っていた。

 黒い狼の目は血走り、涎を垂らしながら、躍り上がるように私に向かってきた。


 そのときの私は自分が防御魔術を使えることが頭から完全に抜けていた。

 だから、私は為すすべもなく狼の牙が私に食い込もうとするのを見ていることしか出来なかった。

 しかし狼は、私に牙を突き立てる前に吹き飛ばされた。


「何、ぼうっとしている!」


 怒った顔でエドは私を引き寄せた。

 魔術で黒い狼を撃退したらしい。


 その後もエドは次々と魔術を狼に向かって放つ。

 団員たちも狭い室内であることに苦戦しながら必死に応戦した。


「トワ、自分の分だけでいい結界張れ」

「う、うん……」


 エドの言葉に従って、詠唱を始める。しかし、いつもならすらすらと続けられる言葉が途切れる。


「え、ちょい……これまずくね?」


 誰かの言葉が耳に入ったが、私は詠唱を続けるのに精一杯で、それが、私のことを指していると気付かなかった。

 やっと最後の節まで辿り着き、詠唱を終えようとしたとき、私はふと顔を上げた。

 何匹もの黒い狼がこちらにゆっくりと近付いてくるのを見た。

 最後の一節は舌がもつれて、紡ぐことが出来なかった。


「トワ!」


 エドの叫ぶ声が聞こえた。私は耐えきれず目を瞑った。

 そのとき、私は突き飛ばされ、その場に転んだ。続いて、狼の断末魔と怒号が聞こえた。

 私は、今度はすぐに目を開いた。

 目に飛び込んできたのは、私の目の前に立つ黒いローブ姿だった。それから、酷く血の匂いがした。


「エド!」


 彼は振り返ろうとして、崩れ落ちた。

 私が駆け寄る前に団員たちが来て、狼を斬り伏せた。

 団長がエドを担ぐと、声を上げた。


「ここを捨てる。全員撤退だ」


 そうして、彼らと私は居場所であるはずの場所を追われた。





 追われた。

 追われたのだが。


「マリーちゅわーん、俺の手当も手取り足取り腰取りおねがーい」

「アンタもう終わってるでしょ。あとアタシ、いま仕事中じゃないから。黙れ」


 胸元がやたら強調されたドレスを着た女は、ベッドに寝転がった団員に冷たく言い放つ。団員はそんな態度を取られても満更ではなさそうな様子だった。

 私は溜め息をついてから、目の前のベッドに横たわる人物を見る。血の気の引いた顔でうなされていた。

 多分、意識を取り戻したら、さらに血の気が引くだろうなと私は思った。


「メイベル嬢! 会いたかったよ!」

「あたくしは会いたくありませんでした」


 団員の看護をしている中でも、一際目立つ美しい女がよく通る声で言った。


「特にお客様ではないあなたには」

「うーん、それは面目ない」


 ここは、王都で一番人気の娼館、であった。


 第三騎士団は自分たちのホームである詰所兼宿舎を捨て、どこかで態勢を立て直そうとした。しかし、そんな場所第三にあるはずもなかった。団長は一応大貴族の出身だが勘当同然で、王都の屋敷も領地にも足を踏み入れられないそうだ。

 そんなときフィン副団長が提案したのが、娼館に匿ってもらう、というものだった。団長が贔屓のメイベル嬢がいる娼館のため、団長は一も二もなく頷いた。そういう時にいつもなら止めに入るエドは気を失っていた。団長同様皆喜んでいた。

 男って嫌だな、と私は思った。



「それにしてもこれからどうしようかね」


 のんびりと団長は言った。


「そうですね。あちらの狙いは明白ですが」


 副長はそう言うと、私を見た。

 私は息を飲む。


「トワが魔術発動しようとした途端あいつらトワしか目に入らなかったもんねー」

「彼女一人が目的にしてはやりすぎだけどねえ」

「大方、我々が邪魔な方々と結託されたんでしょうね、とある御貴族が」


 団長は腕組みして、真剣な顔で言った。


「さてはて、どうしたものか」


 何で目線がメイベルにいっているのだろう。彼女もうんざりした顔をしていた。


「勝ち目は俺たちにありますよ」


 突然隣から上がった声に私は飛び上がりそうになった。


「エド!」


 目覚めたエドが起き上がろうとしていた。私はそれを支えた。


「何言ってんの、エドっち?」

「どういう意味かな?」

「あの黒い奴ら……帝国の呪いそのものですよ」


 その言葉に私含めて団員のほとんどが首を傾げた。

 団長と副長は合点がいった、という顔をした。


「どういう意味……? 帝国って、あの帝国?」


 現在、この大陸に帝国と呼ばれる国家は存在しない。だが、千年前にはこの大陸のほとんどを支配する巨大な帝国があった。今よりも遥かに魔術が発展した国家であったらしい。

 その帝国の都はこの大陸の北部にあったらしい。今では呪われた忌み地として人は住んでいない。


「帝国が滅んだ理由だよ」


 帝国が滅んだのは帝位継承を巡った内乱だったという。

 エドの話はわけがわからない。


「なになにエドっち、陰謀論?」

「違う。ある程度の魔術師なら皆知ってる。帝国が戦争のために産み出した魔術で造られた獣。そいつらが制御出来なくなって帝国を滅亡に追いやった」

「それがあの狼なのかい?」


 団長の言葉にエドは頷いた。


「トワ、君は何も知らないのかい?」


 団長が私の目を見て言った。私は首を振った。


「そうか。しかし、まあ、つまり、あちらはやってはいけないことをやってしまったというわけだね」

「ええ。加えて、トワがあの獣を倒せば、名実ともに彼女が聖女だと証明できる」

「揉み消されるのではないかい?」


 副長のもっともな疑問に、エドは口を歪めて笑った。


「奴らが絶対に揉み消せない野郎の前でやってやればいいんですよ」




 計画が練られ、裏工作を行い、決行の日になった。

 エドは私の魔術で傷は癒えたもののまだ全快ではない。だが、無理をして参加した。


 私たちは、日中堂々と娼館を出て、詰所に向かった。

 

 無残に破壊された詰所、いや詰所跡に着く。


「お客さんが来るまでは各自待機で」


 団長の呼びかけにそれぞれ適当な声が上がる。

 私は一人拳を握り締めた。


「固くなるな」


 エドがそう言って、近付いてきた。


 今回、私は黒い獣を神聖魔術で倒さなければならない。

 神聖魔術唯一の攻撃魔術。それを手紙で元聖女のデボラ・タウンゼントから教えて貰った。今日まで、何度も試したが、一度も成功しなかった。


「本番で成功すればいいだけだ」

「簡単に言わないで」


 エドを睨みつけると、彼は軽く私の背を叩いた。


「大丈夫だ。何ともならなくても、団長や俺が何とかする」


 それに、とエドは続けた。


「副長があらゆる手段を使ってどうにかするだろ」

「……確かに」

「そこ、聞こえてるよ」




 まもなくして、奴らは来た。

 凶々しい魔力を纏った、醜い黒い獣たち。

 エドが予め張った弱体化の結界により、前回よりも動きは鈍い。

 そいつらは私の元に真っすぐ向かってくる。

 団員たちもエドも手を出さない。


 私が倒さなければいけない。


「トワ、お前なら絶対に出来る」


 隣にいたエドが静かに言った。

 私は詠唱を開始した。

 獣は私の方へ駆けてくる。

 この魔術の詠唱は短い。私は最後の一節を紡ぐ。


 そして、獣は私に食らい付く寸前で、光の粒になって霧散した。

 それに続いた他の獣たちも同様に、光となって消えていった。



「いかがですか、宰相閣下?」


 私はエドの声に顔を上げる。魔力を使い果たして、地面に座り込んでいたからだった。

 エドは皮肉気な表情で、いつの間にか現れた陰気な顔をした上等な黒いローブを纏った男を見ていた。

 アーロン・タウンゼント。元聖女の夫でもある人物だ。


「帝国の呪いの、残滓だな」

「この娘は魔術でそれを消し去りましたね」

「ああ。ならばその娘、本物聖女の可能性があると言える」


 茶番であった。宰相は私が神聖魔術の使い手であることは知っている。

 宰相は第三騎士団の視察という名目でここに来て、私が帝国の呪いを退けたところを目撃した。

 伯爵家や、その他の有象無象では消せない証言者。それが彼だった。


 そんな大物を呼び出せたのは、エドが彼の子であるからだという。庶子ではあるが、気にかけているらしい。



 宰相の証言と、恐らく様々な人物の工作により、私は本物の聖女と認定された。

 伯爵家は強制的に当主が代替えとなり、関係者は投獄もしくは処刑された。どうも宰相側の都合で、そうなったらしい。



「高貴な方々のやることって怖いねー トワトワも気を付けるんだぞー」

「……うん」


 団員の一人がそう言って、私の頭を撫でた。鬱陶しいが、最後なので我慢した。


 私は、タウンゼント家に引き取られる。彼らの庇護のもと、私は聖女として生きていくことになる。



 カーラの処刑前日に、彼女と会うことができた。なぜここに来たかと嫌そうな顔をしたが、どこか晴れ晴れとした様子だった。

 カーラは私を助けたことで恩赦がなされ、彼女の父親たちのような斬首などの酷刑ではなく、毒薬を飲まされる刑となった。あまり苦しまずに死ねる薬だという。


 彼女に私は助けられた。

 けれども私は彼女に何も返せない。


「わたくし、一度でいいから自分の意志で何かをしたかったの」


 笑って、彼女は言った。


「行きなさい、トワ。あなたの黄昏(トワイライト)はもうおしまい」

 

 翌朝早く、彼女は毒を賜り、死んだ。




「じゃあな、トワ」


 ぶっきらぼうにエドは言った。

 私は再建された第三騎士団の詰所を訪れていた。彼らとの別れのために。


 女であることを隠す必要がなくなり、私は綺麗に着飾らされていた。


 「エド」と私は彼に呼びかける。彼は私の言葉を待つように、こちらに向き直った。


「今までありがと」

「ああ、別に」


 大したことではない、というように言った。

 カーラと、エド。彼らが私を助けてくれた。望んだ道ではないけれど、ここまで生き延びることが出来たのは彼らのお陰だ。


「ありがと」

「……何度も言わなくていい」


 彼に伝えたい言葉が他にあった。きっと叶わない願いもあった。

 けれどもそれは口にしなかった。


 ずっと彼のことを見てきた。だから、彼がいつも見ている先も見えた。


 私は彼への想いを胸にしまった。


「おーい、トワ」


 エドの見ている先の人物がのこのこやって来た。

 本当に、趣味が悪いと思う。


 団長はまじまじと私を見た。


「いやあ綺麗になったね、トワ」


 その言葉にエドはげんなりした表情になった。


「団長、まさかトワにまで色目使う気ですか」


 キレ気味に言うエドに対し、団長はあっけらかんと答えた。


「まさか! 私は子供と同僚は恋愛対象外だよ」


 私はエドの顔を見る。呆れ半分、傷付いている半分、という感じだった。


「どんまい」

「うるさい」


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