最強のスライム、黒鉄
スライム、それは雑魚。
それは普通で当たり前。
初級冒険者であろうと誰でも倒せる弱い魔物。
どの魔物が一番弱いかを決める大会があれば、皆が迷わずスライムを上げる。
満場一致の超弱者。
それがスライムだ。
「こんなスライムありかよ」
目の前の一匹のスライム。
手こずっていた。
硬かった。堅かった。固かった。
まるでアダマンタイトだった。
黒鉄のように黒くくすんだ色合いをしているスライムが一匹。
どれだけ剣を振るおうが、剣筋がスライムの身体を通り抜けることはなかった。
あまりにカタ過ぎた。
柔な身体を持つスライムとは一線を画していた。
だがスライムは動こうとしない。まるで自分が狩られることを全く想定していないような様子で、奴はただじっとその場に、森の中で、木の傍でのそっとしている。
「調子に乗るんじゃねえっ」
スキル『超斬撃』を発動。
『剣王』であるオレが、たかがスライムにやられっぱしなんて気に喰わねえ。
「格式一閃ッ」
構えた剣を振り下ろし、音を置き去りに。
キイイイイイイイインッ。
切り裂いていた。
森を、大地を、天を。
剣筋に沿って放たれた圧が、すべてを切り裂いて一直線に断ち斬られていた。
『……』
だが黒鉄は一歩も動かずにそこに居た。
目の前の光景はあまりに凄惨。
なのに黒鉄は無傷にでそこに居る。
「ざけんなッ、竜をも断ち切る技だぞッ!?」
剣の頂へと至ったこの技。
全てを断ち斬るこの技。
それがたかがスライムごとに通用しないなんてこと。
『…………』
スライムが動いた。
身体はスライムらしくぽよよんと動いているのに、その身体はオレの斬撃に耐えうるカタさを誇っている。
剣を構え、スライムを睨みつける。
だがスライムは。
「あ?」
グッと身体を伸ばしていた。
そして口を開けて欠伸をかましている。
「てめえ、調子に乗るのもいい加減しやがれ」
スキル『異次元斬撃』を発動。
格式一閃を超える更なる境地。
神をも切り裂いたその力。
「格式零閃ッ」
横に太刀筋を煌めかせた。
森が、山が、直線状の全てを横一線に切り離し、空間すらも切断する最強の一閃。
切り裂いた空間の向こう側。
亜空間へと繋がるその脅威。
『…………?』
スライムは首を傾げた。
何が起きたのかと、奴は不思議そうな顔をして。
「てめえっ!」
雄たけびを上げた時だった。
奴が消えた。
「なっ」
スキル『気配超絶感知』を用いて周囲を探る。だが黒鉄は何処にも反応しない。
さらに領域を広げ、この星全体を覆うほどに。
だが何処にも居なかった。
何処にも存在しない。何処にも見当たらない。
「一体どこに」
急に気配を感知した。
場所は、俺の下。
見る。
居た。
足の間。
「は?」
そしてまた消えたかと思うと、股間に感触。
そして。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?」
途轍もない痛みと共に、俺は初めて地面に伏した。
勢いよくゴロゴロと地面をのたうち回って、股間を押さえて。
真っ赤に濡れる股間を。
『亜空間収納』からエリクサーを取り出して飲む。
これも初めてだった。
痛みが一気に吹き飛び、立ち上がる。
取り落とした剣を拾い、オレは目の前のそいつに向き合う。
「こいつは驚いた……」
完全な視覚からの攻撃。
股間を狙うという卑怯な奴だが、それでも攻撃が通ったのは事実。
オレの『ディフェンスアーマー』を軽々と突き破って、オレの身体を損傷に追いやった。
全てが初めての事。
「通用しねえ……」
技と言う技が通じない。
こいつが、こいつこそが。
この世界で最強の、スライム。
俺は言葉も用いずにその場で膝をつき、頭を下げた。
敬意を込めて、礼儀を尽くして。
オレは目の前のスライムに尊敬の念を抱き、座している。
「オレはまだ修行不足だ」
剣を鞘に戻して、その場を去る。
敵前逃亡。
人生初めての、完全なる敗北。
オレは負けたのだ。
これまで見下していた圧倒的弱者のスライムに。
奴は強かった。
この世界で最強のスライムで、最強の生物。
更に修行を積み、オレは必ずリベンジを果たす。
その時まで。
しばらくして。
「あ、コウちゃん。いたいた」
『♡』
一人の少女が黒鉄に近づいた。
「うわ、なにこれ」
天地の裂かれた光景を見て、少女は驚いている。
「こんな程度でこの子を倒そうとしたの?」
彼女はケラケラと笑った。
「はい、コウちゃん、いつもの」
『♡』
少女は『亜空間収納』から剣と鎧を取り出した。
どちらも最高で最硬の素材、アダマンタイトを用いて作られた装備だった。
その素材を鍛錬することを夢見て鍛冶師になった人間は数知れず。
だが誰一人として達成できずに鍛冶師たちを泣かせてきた代物。
その装備を、黒鉄は贅沢にも一瞬にして飲み込んだ。
あらゆるバフ効果が付与されたその装備を捕食し、飲み込む黒鉄。
更にレベルアップして強さを得る。
「コウちゃんはもう神話レベルだね。あなたを倒せる人なんてもういなんじゃない?」
少女はにこりと笑った。
「私も最高の鍛冶師として鼻が高いわ」
アダマンタイトを加工して装備に作り上げた少女。
誰もがなしえなかった偉業を、彼女は何てなく胸を張って誇らしげにしていた。
「早くダークマターを加工できるようになりたいわねえ」
ダークマター。
もはや伝説とまで言われた謎の鉱物。
それを目にした人間は誰もおらず、ただ伝説として語り継がれるだけの作り話。
のはずだが。
「ねえコウちゃん、宇宙最強の生物、目指したくない?」
『?』
黒鉄は首を傾げた。
「フフっ、コウちゃんには難しい話だったかしら」
少女は『亜空間収納』からサンドイッチを取り出して食べ始める。
「最強って、良い響きよねえ」
黒鉄に小さな鉱物をたくさんあげた。
喜ぶ黒鉄。
「どこまでを最強って言うのか、まだまだ試したいことばかりだわ」
少女はにこりと笑って、黒鉄を撫でていた。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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