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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
81/81

〜81〜瑠璃色の夕暮れ

禍々(まがまが)しいってこんな色かも」

二条邸に戻って、ぼんやり空を眺めていた。

陽の光と闇が鬩ぎ合っているような空だ。世界は静かに時を刻んでいる。

人の気配もなく、虫の声は途切れがちだ。

青々としていた草木も、枯れようとしており、葉を残す木々は色付こうとしている。

夕顔が生きていたら、一緒にこの景色を見たのかもしれないな。

「若様」

しんみりしていると、背後から惟光の声がして振り返る。

「少し、よろしいでしょうか」

静かな世界に身を任せていたせいか、声を出すのが億劫で、黙って頷く。

「法事の事なのですが」

夕顔の事だろう。

「右近から色々聞きまして、四十九日の手配をして参りました。(よわい)19の姫だったのですね。小さな姫もいたようで、さぞかし無念でしょうね。それとは別ですが、ただいま小君(こぎみ)が参っております。女君の文のお遣いでしたので、あの空蝉の方と、西の姫、それぞれに代返しておきました」

「ああ、ありがとう」

ん?

西の姫って怨霊だった、あの……?

あれも代わりがいたんだな。次の人も怨霊かもしれないから、近づくのはやめておこう。

「お逢いになりますか?」

「いや、いい」

惟光は小さく頷くと、再び口を開く。

「法事の場所ですが、兄が比叡山におりますので、延暦寺(えんりゃくじ)にて執り行う予定ですが、よろしいでしょうか」

もちろんだと示すように頷く。延暦寺って聞いた事があるような……?

「姫はどうされます? 若様の事ですから引き取りたいのではないかと思っておりますが」

え?

……姫?

「なんの姫?」

「頭中将の子になりますね」

は?

頭中将の子を俺が引き取る?

なぜ?

「あのお2人のお子ですので、複雑でしょうけど」

「…………」

言われている事を整理してみる。

「……確認なんだが、夕顔と頭中将の子ども?」

「右近からはそのように伺っています」

”江塚 夏津絵”からそんな話は聞いていない。だからその子は作られた存在かあるいは怨霊の可能性が高い。彼女のような存在である可能性もあるが……今は知りたくない。

そして怨霊だった場合は当然、近くに置きたくないし、作られた存在なら放置で大丈夫だ。

「少し、考えさせてくれ」

キッパリ断るのも不思議がられるような気がして、保留のように答えた。時間をおいて断ろう。

「かしこまりました。引き取れるかも含めて、調べさせます」

俺がそう答えると、惟光もしんみりしたように黙って、一緒に暮れ行く空を眺めていた。先ほどよりもずっと濃い紺色が広がっていた。赤と紺が混じり、青紫の部分が美しい。赤いところはあんなに禍々しいのにな。

「素晴らしい瑠璃紺ですね」

惟光がそう呟く。

同じところを見ていたようだ。

ふと、その色から安堂寺さんを思い出す。

夢の中で見たあの3人のうち、顔の見えなかった安堂寺さんの着物も、こんな色をしていた。

「なあ、惟光。陰陽寮(おんみょうりょう)って分かる?」

「はい。中務省(なかつかさしょう)の隣にある寮ですね」

隣だったのか。ちょっと足を伸ばせばよかった。

「ご用事ですか?」

「中務の(すけ)にちょっと聞きたい事があって。訪ねて行ったら陰陽頭と出かけていたみたいだ。仲良いのかな」

「中務省の管轄の中に陰陽寮があるので、他の省寮の方よりは接点が多いでしょうね。仲が良いかどうかはわかりませんが」

惟光はそう言うと、何かを思い出したように付け加える。

「前に若様が記憶をすっかりなくされた時、帝へのお使いを快く引き受けて下さったのが、中務の輔である安堂寺様です」

そうだったのか。ここへ来たばかりの時だな。

二条邸ここで教育を受けていた時、時間稼ぎに貢献してくれた人が、あの瑠璃紺の着物の人なのか。

そして、師匠と何か関係があるかもしれない人だ。

「安堂寺って有名?」

神宝(しんじゅ)の一つですから、それなりに有名なのではないでしょうか。歴史に名を残さないように動いていると聞いてびっくりしましたけどね」

「え、そうなの?」

「そうです。記録に名を残さない。個人的な日記に書くのさえ、許さないと聞きましたよ」

「日記に書くなって言われても、こっそり書かれたら止めるなんて無理じゃないか?」

「ええ、ですが、日記に書いたら抹消するように依頼が来ると聞きましたよ」

日記なんて家で書くもんだろ? どうやったらそんな事分かるんだ…… 

こわっ。

「……神宝って有名なの?」

「まあ、その筋の人には有名ではないでしょうか」

「安堂寺以外は知ってる?」

蜂須賀(はちすか)物部(ものべ)もそうだと伺っています。全部で10あるはずですが、存じ上げているのはそれくらいですね」

若月さんもそうだったはずだ。

瓊樹(たまき)ってのは?」

「存じ上げません。貴族ではないのかもしれませんね」

貴族じゃなくても苗字あるもんなのかな?それとも文献に残さないようにしているくらいだから、別の苗字を名乗っているとか。

「ところで若様、馬での長距離移動は大丈夫ですか?比叡山はそれなりに遠いので、できれば馬で移動したいのですが」

え、馬で長距離は不安。でも牛車だと酔いそうだし。

「牛車だと、どれくらいかかる?」

「舗装されていないので、牛車では都を出る事ができません。馬か徒歩です」

……なるほど。ほっとしたような、選択肢が狭まったような。

「ちなみに徒歩だと?」

「丸1日はかかりません。順調にいけば半日ほどでしょうか。しかし山ですから、可能な限り馬をお勧めいたします」

出発まで、練習しよう……。










それから法事の日まで、俺は馬の練習と安堂寺さん探しを日課とした。

勤務時間が同じだからなのか、接点がないからなのか、安堂寺さんに会うことができないでいる。修行の映像で見た師匠は呪われてるって言ってたけど、ここの安堂寺さんもやっぱり呪われているのかな……

そんな事を考えながら訪問チャレンジを続け、目的の人物にようやく会えたのは比叡山への出発前日だった。

「やっと会えた」

「こちらの方が中務輔(なかつかさのすけ)、お隣の方は陰陽頭(おんみょうのとう)でございます」

案内してくれた人物が、2人を交互に見ながら言う。

「これは、源氏様。このような場所へ何用でございますか」

袖を顔の前であわせて頭を下げた男。中務輔だと紹介された男だ。

となりには、あの日夢で見た髭面の男もいる。

髭の男は陰陽頭で蜂須賀と名乗った。その間も中務輔は顔を上げない。許可を待っているのだろうか?

でも陰陽頭の蜂須賀さんは、さっさと顔上げて名乗っていたしなぁ。

「中務の……いえ、安堂寺さん」

まだ名乗っていないのに俺が名を呼んだからか、袖が下ろされて顔が見える。

「あ……師匠……」

俺の呟きには訝しげな表情。よく見ると、師匠より少し年上に見えるうえに、髪を結っているので、師匠よりも生真面目に見えた。

当たり前だけど別人だ。

冬香さんとか若月さんがこの世界の構築に関わっているのなら、単純に似た人物を作り出している可能性だってある。だから右近や他の女房達みたいに、害にも薬にもならず、ただそこに存在しているだけかもしれない。

でも気がつくと、俺はその腕に取り縋っていた。

「助けてください!」

師匠ではないと分かっているのに、体が勝手に動いていたのだ。

戸惑いの表情を見せた安堂寺さんは、それでも小さく頷いてくれた。

「何やら複雑な事情があるようですね。もしよろしければ、我が家へお越しくださいませんか」

嬉しい提案に大きく頷いたのは言うまでもない。


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