〜80〜平安の安堂寺
そんな決意から数日。
俺は可能な限り色んな場所に顔を出して、聞き込みを続けた。
しかし寝込んでいた期間、内裏で俺を見かけたという人物はいなかった。
俺の問いに返ってくるのは心配する言葉ばかり。
帝にも心配されたが、俺はかなり痩せて見えているらしい。
病気明けだと思うから、そう見えるだけなんじゃないかな。
「やつれた姿がまたなんとも魅力的でございました」
「色気が増しましたわね」
そんなバカなと思わず呟いた、こんな会話が漏れ聞こえてきたのは昨日の事。
なんだか前よりも注目されているような気がして、内裏にいると気疲れが半端ない。
俺は今、どんなフィルターをかけられているんだろう。
「本当に心配でございますわ」
夕方頃、二条邸に帰り着いて早々、惟光を探している俺の耳にそんな声が飛び込んできた。
家来は呼べばいいと言われているが、どうにも誰それを呼べと命令するのが苦手だ。
まず命令する人物をどうやって呼べばいいのか分からないし、視界のどこかに常に人がいるのも嫌だ。
だから惟光が近くにいない時はこうやって探すようにしている。こんな噂話が聞けるのも、自ら行動するからだし。
「若君、昨日は遅くまで泣いておられたのです。あの新参者の局あたりですわ。声に出して、ずっとです。それはそれは悲壮な感じでございまして。新参者との間に何か色めいた事でもあるのかと思っておりましたが、あれはそっち方面ではありませんわね」
「声を出してって……外まで聞こえていたのですか?」
「ええ、それはもう。あんなにお泣きになるなんて。もしや物怪にでも取り憑かれておられるのではと、思うほどに大きな声でしたもの。呪いやらなにやらで、物騒ですわね」
俺は昨日泣いていないが。
しかも声を立てて?
そんな恥ずかしい事してないぞ。
ここでもかと思ってしまった。
身に覚えのない事であれこれ言われるのは。
「はあ、疲れた」
変な噂ばかりで嫌になる。
もしやこの屋敷にも、俺の偽物が出るのかな。
考えていると、ふと先ほどの言葉が引っかかる。
「……新参者?」
って、右近かな。
もしそうなら、俺よりむしろ……。
俺の考えを感じ取ったように、右近が通りかかった。
「右近」
呼び止められた右近は、そのままこちらに寄って来る。
「ええっと……」
扇を持て余しながら、どう切り出そうかと思ったが、言葉がそこまで堪能ではない。うまい例えも歌も思いつかない俺は、少し迷ったがストレートに聞くことにした。
「もしかして、昨日、泣いてた?」
気遣うように言った俺に、右近は恥ずかしそうに頷いた。その目にはすでに薄く涙が見える。
右近の泣き声を俺と間違うなんて、どんな耳をしているのか。いや、どんな泣き方したのか?
でもそれを聞いたら、また泣いてしまうだろうし、俺も思い出してしまう。
しばし躊躇ったが、俺は違うことを聞いてみることにした。
「右近は、外での記憶はあるのか」
「外、とは……?」
涙は溜まっていたが、きょとんと顔を上げた右近。
「意味、わかる?」
静かに首が左右に揺れる。
それじゃあ、右近はこの世界が作った存在?
やっぱり俺じゃ、誰が本当の人間で、誰が作られた存在なのか分からないみたいだ。
「師匠なら分かるだろうけど、ここに入ってこれな……い……」
昨日の、あの現象。
夢じゃなかったら?
安堂寺、そう呼ばれていた人がいる。
もしかしたら、助けてくれるかもしれない!
狩衣の男達の中で、安堂寺だけ顔が見えなかった。でも、あの人達の衣服はそれなりにしっかりしてたし、貴族に見えた。
地方官じゃない限りは、どこかの省寮を探せば会えるかもしれない。
あの会話から内裏に出仕している可能性もある。
祓えや祭礼はどこが行なっているのだろう。
惟光に聞いてみよう。
偽者探しを諦め、安堂寺探しに切り替えようと、決意を新たにした。
「そのような雑事でしたら、中務省ではないでしょうか。陰陽寮なども管轄しておりますし」
そう惟光に聞いてきた俺は、中務省の建物を目指し内裏を出た。
人に道を聞きながら目的の建物を探す。
「着いた……」
人の気配がたくさんある方向に歩みを進めていると、ふいに人が多く行き交いするところに出た。
騒然としている。
「あのぉ、すみません」
誰に聞こうか迷いつつ声を出すが、誰もこちらを見ようとしない。
「この指示は誰が行なったものか、早急に洗い出せと言ったではないか!」
怒鳴り声が聞こえて肩をすくめる。誰が言ったのか不明だが、俺ではなさそうだ。
「すみませんが、どなたか……」
「人事の変更は出来ないと何度言えば分かる! 仕事の邪魔をしないでくれ」
1番近い男がそう言って俺を振り返りざまに怒鳴りつけた。
しばし時が止まる。
俺は目を丸くしていたと思うが、ワンテンポ遅れて相手も目を丸くした。
「こ、これは! 大変失礼な事を。お詫び申し上げます」
「いえ……」
誰かと間違えたのだろうか。俺の顔を知っているのか、服装から察したのかは不明だが、恐縮しているようなので好都合だ。
「近衛府の方が、この様なところに何のご用でしょうか」
おずおずと伺う男に、服装で察したのかと分かる。威圧的にならないよう気をつけつつ質問した。
「安堂寺さんはこちらにおられますか?」
「輔ですか。先ほど陰陽頭と出かけられました」
輔って、次官の事だっけ?
安堂寺さんは中務省の次官って事か。
陰陽頭って事は、陰陽寮のトップ?
はっ! 陰陽頭って、もしかして陰陽師なのか?怨霊をなんとかしてくれたり……しないかな。
「いつくらいに戻られますか」
ずいっと前に出て問う。思ったより興奮気味に聞いてしまったせいで、仰け反った男は、困り顔のまま考えている。
「詳細を伺っておりませんので、なんとも。本日はお戻りにならないやもしれませんし、日が暮れる前に戻ってくる可能性もございますし……」
何処に行ったのか分からないんなら仕方ない。
「明日は?」
「おられると思います」
「出直します。丁寧にありがとうございました」
頭を下げると慌てた男の声。
「いえ、お役に立てず申し訳ありません。輔殿には必ず伝えておきます」
再度ありがとうと残してその場を立ち去った。




