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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
79/81

〜79〜久しぶりの出勤

「ハァ〜」

うまかった〜。

湯浴みを済ませ、麦茶と水分の多い果物を息継ぎも忘れて食べた。

美味しいと感じるほど回復したってことだな。

「俺、何日くらい寝込んでいたんだ?」

「大体20日ほどですね」

「え、そんなに?」

「はい。初七日(しょなのか)も終わってしまいましたが、途中呪いにもあてられて、それどころではなかったのです。一時は本当に危なかったのですよ」

「呪い……」

文字が降ってきた、あれか。

半分くらい夢だと思っていたが、本当に呪われていたらしい。

3日くらいだと思っていたが、その呪いのせいで昼夜不明になって苦しんだのか。

「目を覚さない日もあって、本当に心配しました」

惟光の顔を見ると、ちょっと涙ぐんでいるようにも見えた。

「心配かけて悪かった」

「いえ、とんでもない……」

慌てて背を向ける惟光は、各所へ連絡をすると言って素早く立ち上がり出ていった。

顔を見られたくなかったのかもしれない。

1人になった俺は、改めて体の調子に目を向けてみた。

心の痛みはまだあるが、体はほとんど回復した気がする。腹に手を当てて瞳を閉じる。

外に引かれるような感覚はまだない。

「師匠、冬香(とうか)さん……」

記憶もかなりありそうだ。

「俺の探し人は?」

先輩。

何の先輩でどんな顔かは、まだ分からないようだ。

だけど、早く合流しないといけないって事だけは分かった。

遅くなればそれだけ生存確率が下がるという事だ。









「若様」

惟光の声がして顔を上げる。

「少しよろしいでしょうか」

もちろんだと頷いて示す。

「明日には死の穢れも明けますが、体調はいかがでしょうか?」

「うん、大丈夫だと思う。帝も心配しているだろうし、少しくらいしんどくても参内(さんだい)するよ」

その言葉は惟光を喜ばせるだろうと思った。しかし眉根を寄せてこちらを見ている。

「何か、まずい?」

「……」

何か迷っているのか、惟光は正座をした足の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめた。

「いずれ内裏に向かわねばならない事は分かっているのです。ですが……」

「何か、問題があるのか?」

神妙な面持ちの顔が頷く。

「若様を狙った呪いについてなのですが」

あの文字と墨のやつか。

「まず、引き剥がすのが大変でした。それでも3日くらいでなんとか引き剥がしたのですが、その呪いを消す事はできず、逃してしまいました」

……呪いって、逃げたりするんだな。

「完全に撃退できないとなると、再度襲ってくる可能性もありますから、雑色(ぞうしき)に命じて追わせました。と言っても、命じた者の内、呪いを視認できたものは少なく、追跡に手間取りました。ですから、確実とは言えないのですが、その呪いの帰結先が……」

ごくりと息を飲み込む惟光に。俺は息を止めて答えを待った。

「内裏の方角でした。仔細までは不明ですが、内裏にいる誰かが、若様を呪っているのだと思われます。若様を呪った人物がいる場所へなど、送り出したくはありません」

惟光は眉間に皺を寄せたままそう言ったが、俺は正直、なんだ、そんな事かと思った。

「大丈夫だよ惟光。呪われたの初めてじゃないし」

呪い入り唐菓子を、もらった事があると言った方がよいのだろうか。

しかしすぐにその考えを改める。

弘徽殿(こきでん)の女御様かなと思ったが、さっき見たあの美しい人もまた怪しいと気がついたからだ。

あれが夢ではなく、俺が生霊みたいな形で内裏を彷徨(さまよ)っていたとしたらどうだろう。

いや、そもそも引き寄せられていたのだとしたら?

最後のあの人。やっと来たって言ってなかったか?

「初めてじゃないって、若様!」

俺の思考を遮るように、青ざめた惟光の顔がぐっと近寄る。

「何度か襲われているのですか? どうして今まで黙っておられたのです」

「い、いや……どうしてって言われても」

普通のことなんだと思っていたから、なんて、とても言えない。多少はみんな経験している事じゃないの?

「内裏がそんな危ないところだったなんて。帝のお膝元ですのに」

惟光はそう言うと立ち上がった。

「呪い避けなど、あの覆面以外にもご用意いたします」

そう言い残して、惟光は明日へむけての準備に入った。












翌日。

「いや、えっと」

俺は朝から見知らぬ女房に号泣されていた。

お粥を持ってきてくれたから、ありがとうと言って一口食べた直後、女房が息を呑むような音を出したから顔を見ると、みるみる涙が溢れてきた。

驚いていると、そのまま床に突っ伏しての号泣。意味がわからずお粥を手に持ったままおろおろしていた。

「若君、ご回復されてようございました。このまま儚くなってしまうのではないかと、みんな心配していたのでございます」

あ、そういうことか。

「新参の右近も暗い衣ばかり羽織っておりますし、何かの暗示のようで……あぁ、本当に、本当によかった」

そう言って再び号泣する。

かなり心配かけたのだと反省し、お粥を置いて女房に近寄る。その肩にそっと手を置くと、あやす様にポンポンと叩いた。

しかしそれが裏目に出た様で、俺を見上げた女房は顔を真っ赤にして気を失った。

慌てて惟光を呼び、対処してもらって理由を聞くと、ただの興奮との回答。

俺の病気が回復したら、そんなに興奮するもんなのか?

よくは分からないが、病気の発作とかじゃないみたいでよかった。

夜の出発までに無事を確認できたらいいな……










「内裏へは左大臣様が送ってくださるとのことです」

「え?」

まだ見ぬ妻の、父。

この義父は少し言葉が聞き取りづらくて苦手だ。

惟光が言うには、娘の元にもっと通って欲しくて、あれこれ世話してくれるとの事だが、左大臣邸に行ってもその娘は俺の前に姿を現さない。存在を感じた事もないほどの徹底ぶり。

本当にいるのかな、その娘。

「あれこれ説教されるでしょうけど、頑張って耐えてください」

「説教って、何言われるんだろう?」

「物忌明けですので、やっておかなければならない儀式のような事など、あれこれ教えてくださるでしょう。お札など細々したものは、ご用意くださっていると思いますよ」

ありがたいけど、聞き取れるかな。










惟光が言った通り、牛車に乗り込んでから、左大臣の説教? レクチャー? がずっと続いている。しかしあまり聞き取れない上に、まだ本調子じゃない俺は、車の揺れに早くも気持ちが悪くなっていた。

引き返したかったが帝の心配を思うと、早く顔を見せてあげたいと思うのと同時に、他に調べたい事もあった。

だから、この揺れには耐えねば……

「大丈夫ですか」

左大臣の声が聞こえて、ふと顔を上げる。

いつの間にかぐったりして目を閉じていたようだ。

口を開くと吐きそうだったので、袖を口に当てて頷いた。

そのおかげか、左大臣もその後はあまり口を開かず、半分寝た状態で内裏に辿り着いた。









内裏に辿り着いた俺は、誰かに支えられながら自室に戻った。おそらく牛車からしばらくは左大臣、その後は淑景舎(しげいしゃ)で世話をしてくれる女房が支えてくれたんだと思う。

用意された寝床に倒れるようにして寝転んだ。

眠気よりも気持ち悪さが優って眠れない。

だからと言って、対策できる事が何もない。こうやって横になってじっとしているのが最善だろう。

気持ちが悪いが、考える事はできる。

熱に浮かされていた時は思考も何もなかったが、車酔いはまだましだ。

時々気が削がれるが、なんとか考える事はできる。

「どこから調べるかな……」

そう、俺は調べたい事があるんだ。

俺に変わって活動している奴がいる。

夕顔の寝所に忍び込んだ誰か。

もし俺が寝込んでいる間に誰かが代わりに出勤していたら、その存在を確認する事ができるかもしれない。

よし、明日は色んなところに顔を出して確認してみよう。


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