表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
74/81

〜74〜体の崩壊

昨日は惟光に止められて、夕顔の元へは通っていない。

なのに、夕顔はおかしな事を言っていなかったか。

『昨日は申し訳ありませんでした』

『そんな……謝らないで。それに私も、嬉しかったから』

来て欲しくなかったのかと思った。だから、来ても大丈夫だったのか聞いたのだ。

『例え貴方が狐で、私を化かしていたとしても、来てくれて嬉しいわ』

どこから狐が出てきたんだ?

誰かと狐が出てくる会話をしたって事なんじゃないか?

『今日は、ゆっくり眠らせてくれるのね』

これは昨日は眠らせてくれなかったって事なんじゃ……

『こんな暗闇でも、あなたってわかるから不思議ね』

ここで、もうちょっと疑問に思えばよかった。

『……初めから暗闇でも、分かったわ』

どうしてこの時気が付かなかったんだろう。

『それに、とっても良かった。少し寝不足だけど、今日は……もう、寝るわね』

「……右近」

「はい」

「昨日も俺……わたしは五条の家にいたか?」

「はい。わたしもしばらくは気が付きませんでしたが、いつの間にかお渡りになっていて……」

「惟光は来なかった?」

薄暗い灯りの中、右近がゆっくり頷くのが見えた。

「どこかにお供の方が控えていたのかもしれませんが、まるでお1人で来られたように、他の者の気配がありませんでした」

惟光もいない。随身達もいない。

「どうやって気がついたんだ?」

「それは、その……声が聞こえましたから」

話し声でも聞こえたか?

「誰の声だった?」

念の為聞いてみる。

「姫様の声だけが……その、昨日は閨事(ねやごと)も激しかったようで」

袖で赤い顔を隠す右近。

さっと青ざめて行くのが自分でも分かった。

閨事の意味はさすがに分かる。

俺じゃない誰かが、俺のふりをして夕顔の寝所に入り込み、体を重ねたという事なんだろう。

思い返せば、態度も違った。

付き合ったら女性はあんな感じになるのかな。

こんな騙すような卑怯な事を、誰がやったのだろう。

いや、人ではない可能性もある。

狐か怨霊か分からないが、なんて酷い話なんだ。

何よりそのせいで今、こうして死んでいるのではないだろうか。

俺を語った誰かが夕顔に近づき、体を重ねて……呪った。

呪いを憑けるのに、その行為が必要だったのかどうかは分からないが、冬香さんの警告から想像するに可能性は高い。


許せない。


ぎりっと歯が音を立てたせいで、右近がぎょっとした顔をこちらに向ける。

その直後、鶏の鳴き声が遠くに聞こえた。

「ようやく朝ですね。あの方が来られたかもしれません。ちょっと様子を見て参りますわ」

さっきまであんなに怖がっていたのに、鶏の声だけで勇気が出たみたいだ。

もしくは、俺が怖かったのかも。

ちょっと怒っているから仕方ないけど。

右近がこの場を離れて、姿が見えなくなった時だった。

ぐん、と引っ張られるような感覚。

「きた!」

俺は夕顔を抱えていた腕に、さらに力を込める。絶対に離さないよう、衣も絡ませてその瞬間に備えた。







***







投げ出された衝撃に、夕顔を手放してしまった。

まずいと思い顔を上げると、コップを乗せたトレー越しに冬香さんが見える。

こちらに差し出そうとしている冬香さんの腕が、他の人物を認めて引かれる。トレーが床に置かれたのを見て、ようやく思考が追いついて来た。

良かった!

ちゃんと帰って来たんだ。

すぐ横に倒れている平安の着物を纏った女に近寄る。

ぐったりした夕顔の肩を掴み、大きく揺すった。

「外……外に出ましたよ!大丈夫ですか、生きてますよね?」

肩を大きく揺らして、青ざめた顔の女を起こそうとした。

あのまま死んでいたらどうしよう。

頼むから目を開けてくれ!

「聞こえますか、助かったんですよ」

目さえ開ければ、呪い殺されてなどいないと証明されるような気がした。

「現実世界の、朝ですよ。ほら、もう陽があんなに」

時間の流れは同じではなさそうだ。まだ薄暗かった空ではなく、すっかり夜が明けている。

「目を開けてください。お願いだから、目を……」

夕顔の瞼がピクリと動いた気がして、俺はそのまま固まって見守る。

ゆっくりと開かれる瞼。

外からの採光に輝く瞳が、俺を見つめ返す。

「光、(ぎみ)……?」

肯定するように頷く。

「ここは……?」

床の上で辺りを見回す夕顔。ガラス窓に目を止めると、眩しそうに目を細めた。

「本当の、陽の光」

「そうです。外に出られたんですよ」

わふりと笑ったその顔を、きっと俺は一生忘れる事が出来ない。

「光、その人は……」

冬香さんの後ろから師匠。すっと立ち上がってそれに答えた。

「夕顔の君です」

記憶の戻った今の俺なら分かる。

この人は先輩ではなかった。それでも、助け出せて良かった。

右近も助けるべき人なのか、これからゆっくり聞けばいい。

俺はこの後、また中に引きずり込まれるかもしれないが、1日くらいあれば師匠か冬香さんが聞き出してくれるだろう。

今、右近は絵の中で意気消沈って感じかな。主を失ったんだから、俺が引き取ればいいか。

惟光との事もあるし、近くにいれば外にも連れ出しやすい。

そう瞬時に考えを巡らせた俺は、床に座ってまだぼんやりしている夕顔に手を差し出した。

「立てますか?」

窓の外を見ていた夕顔は、俺の言葉に視線を彷徨わせた。俺の目を見て、後ろの冬香さんや師匠を見て、最後に俺の手を見る。

その手を掴もうと、自分の手を持ち上げつつ、笑顔を向けてくれる。

「本当の名前、思い出せましたか?」

俺の問いかけに、軽く頷いた夕顔。

「私の名前は江塚(えづか)……」

しっかり握られた手は、しっとり柔らかい。

夏津(かづ)……()……」

その手から砂が流れ落ちるように、夕顔の体が崩れた。

「え……?」

俺の視界に、夕顔はすでに写っていなかった。

ただ、手だけが、握手の状態で保持されている。

何が起きたのか理解できなくて、救いを求めるように背後を振り返った。

両手で口元を覆い、泣きそうな顔をしている冬香さんの肩を、師匠が抱き寄せているところだった。

振り返った俺の手元から、崩壊してこぼれ落ちるような感覚。

手が風に晒されているのを感じながら、2人をぼんやり見ていた。

涙を湛えた冬香さん。

憐れみの目をした師匠。

俺は、どんな顔をしているのだろう。

「光」

師匠が冬香さんを抱きしめたまま俺を呼ぶ。

(れい)、一緒に行って」

涙をいっぱい溜めた冬香さんが、師匠の胸元に手を置いて俺に差し出す。

「光くんと一緒なら、入れるかもしれないわ」

何をどう言っていいのか分からず、ぼんやりと近づいてくる師匠を見ていた。

「本来なら入る人間を厳選しないものなんだ。時間と場所、これだけの条件で誰でも入れるはずだった。それなのに、オレは拒否され、光は引きずり込まれた。でも光に触れていれば、中から外には出てこられるようだ。それなら、逆も……」

がしっと首回りに腕を回す師匠。

呆然としたまま、なるがままにされていた。

「光くん!」

横に移動してきた冬香さんが、俺にコップを差し出す。

「飲んで、今すぐに」

そう言われたが体が動かない。

トレーに乗せられたコップを持ったのは、師匠だった。

腕を回して固定し、コップを俺の口に押し当て、中の液体を流し込もうとした。

とろりとしたものが喉を通るが、味も何も分からない。水なのか、スポーツドリンクなのかも判別できないが、頭が思考を拒否するみたいに動かなかった。

「こんな時に、ごめんね」

冬香さんの腕が師匠の腕に重なり、その唇が俺の首筋に向かう。

あぁ、保護をかけてくれるんだ。

でも冬香さん、師匠がいるなら大丈夫じゃないかな。

心の中は冷静なんだろうか。

頭の遠くのほうで、そんな考えが聞こえてくるようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ