〜70〜イケメンすぎてドン引きの師匠
夕顔の元に戻ってしばし、右近が果物を持ってきた。
特に不機嫌な様子もないが、まぁ、主人の前でそんな顔できないか。
膳を置くとすぐに下がってしまったので、こちらからも声をかけそびれた。惟光がこちらにやって来る様子もない。
まだ、詰められてるのかな……
正座でガミガミ叱られる惟光を想像してしまった。
そのような音が聞こえるわけじゃないから、本当にただ想像なんだが。
人の気配がないので、本当に2人だけのように感じる。
陽光に照らされた庭は、不気味さが鳴りを潜めている様だ。
「せっかくなんで、果物、食べましょうか。この時代で最も安心できる食べ物ですよね」
「それは、そうね。ご飯も固いし、お肉はないし」
時々、鶏肉みたいな物は出てくるが、夕顔の家ではそれすらないのかもしれない。
魚も赤身は見かけないし、全体的になんだかよく分からない食材が多い。
「そうそう。ふっくらしたご飯なら、あれくらい盛られても食べられますけどね。全体的に味が薄いから、そんなに米も進まないんですよね。ま、果物もちょっと薄味な気もしますが」
食べ方からレクチャーが必要だったから、食材の詳細まで気にして来なかったが、こうして話していると、自分の本来いたはずの世界とかけ離れていると実感する。
「そうよね。おかずを用意するのが難しいから、仕方ないんだけど、ふっくらしたご飯は恋しいわね。頼んでみたことはあるんだけど、私が自分で料理するのは止められるし、説明だけでは上手く炊けないみたいで」
そんな事にチャレンジしていたんだな。
「何か調理法があるんでしょうか?おこわとか、炊き込みご飯みたいに、何か違う名称で調理するものの中に、ふっくらご飯になるものないでしょうか」
「ああ、言われてみれば、そうかもしれないわね。名称か……気がつかなかったわ」
言った後でなんだが、俺も調べてみようと思った。ふっくら炊き立てのご飯が食べたくなってきた。トンカツにソース掛けて、ご飯と一緒にかき込みたい。
いや、カレーかな。
オムライスもいいなあ。
鶏はいるんだし、卵はありそうだからオムライスくらいなら再現できないかな。
「ふふ、食べてもいないのに幸せそう」
夕顔にそう笑われて、はっとする。涎が垂れる前に口を閉ざすとしよう。
締まりのない顔をしていると、惟光にも怒られそうだし。
「不思議な人ね」
ふっと真顔になった夕顔の視線が、俺の視線と重なる。
「気さくで話しやすいのに、黙っていると人を寄せ付けない雰囲気がある」
え、俺が?
前半はよく言われるが、後半は言われた事がない。
「黙っていると、怖そうって事ですか?」
不安になってそう問い返すと、夕顔は首を振って否定した。
「怖いんじゃないの。……神々しいというか、神聖なものに触れてはいけないような。金の空気を纏っているような気がして、畏怖に近い感情が湧きあがってくるような……上手く言えないけど……」
そんなバカな。
俺に限ってそんな事があるわけない。
『呪ってあげる……』
冬香さんの声が脳裏に響いて、もしかしてと思う。
保護だか呪いだか分からないが、それが影響しているような気がした。
「それ、たぶん呪いです」
えっと驚きの声をあげた夕顔。その上体が俺から距離をとった。
「より強い呪いで、他の呪いを寄せ付けないって事例があったので、それの応用だと思います。詳細は分かりませんが、呪いと保護を掛けてくれている協力者がいるんです」
俺は言いながら冬香さんの唇が触れた、首の周辺を手で摩っていた。
顔もちょっと赤かったかも。
「凄い、そんな人が世の中にいるのね」
俺は大きく頷いて答えた。
「出たらその人達が出迎えてくれますよ」
「そうなのね。邪魔になるならすぐにそこから離れるから遠慮なく言ってね。ただ、外までは連れて行ってほしいのだけど」
不安気に言う夕顔に、俺は少しだけ近寄ってその手を握った。
「もちろんです。そのためにここにいるんですから」
この人が先輩なら言う事なし。違っても、助ける事ができるなら、ちゃんと出会えてよかった。握った手を胸の位置まで持ち上げて目を見た。見つめた瞳が不安げに揺れる。
「その外にいる人は、恋人、とか?」
「へ?」
とんでもない質問が飛んできた。
「恋人って、どうして……」
「だって、今、頬を染めていたから」
ついと顔を背けられる。
「ほとんど初対面の人です。頬を染めてなんかいませんし、気のせいですよ」
「本当に?」
「本当です。たぶん、出会って3日くらいですし、引くほどイケメンの彼氏がいます」
夕顔の目が丸くなる。
「引くって?引くほどの……何?彼氏が?」
「イケメンです。男前すぎて引くなんて分からないですよね。でも、見たら分かりますよ。ああ、なるほどって。美男美女って本当にいるんですね」
「つまり、男前すぎて青ざめるほどって事?」
その問いに頷いた俺を見て、安堵したように息を吐き出す夕顔。
「安心してください。絶対に見捨てたりしません。その呪いの力で外に出るんです。もし俺が怨霊に負けて死んでしまったとしても、きっと体だけは外に引っ張られる瞬間がきます。だから、それまでなんとか乗り切りましょう」
ぎゅっと握った手に力を込める。
「うん。そうね。一緒に乗りきりましょう」
夕顔の瞳が大きく揺れて光を反射する。それが涙である事に気がついて手を離した。
隠すにしても拭うにしても、握られていたら何もできないもんな。
それからしばらくは、互いの身近な事を話した。メインは右近と惟光の事で、和歌やそれに伴う教養部分での役割りについてだ。
俺は自分でも文字を書くけど、夕顔は全て右近が代筆しているらしい。
文のやり取りも実際は惟光と右近の間での事だったそうだ。
「それじゃあ惟光は、俺の代わりに書いた文と、自分用の文と2種類書いて、それを右近に渡していたって事かな?右近は自分宛の文と一緒に返事もしていたんですね」
苦笑しながらそう言うと、夕顔は少し考えて答える。
「ええ、そうよ。右近は筆跡を変えられるので気が付かなかったかもしれないわね」
筆跡を変えられる?
凄いな。
「惟光も筆跡を変えれ……」
変えれるのなら、俺に文字を教え込んで文を書かせたりしないのではないだろうか。
あ、そうか!
あの時のあれだ。
「時々、手習を持って行ったり、大量に文を書かされたりするので、それかもしれません」
「相手が何を書いてくるか分からないのに、そんな事で対応できるのかしら」
「歌の意味は深く知りませんが、どうとでも取れる内容で、似たような題材を扱ったものをいくつか用意していた可能性はありますね。手習なんて、何を書いたか覚えていませんが」
実際、光だとか花だとか、朝とか夕とか、そんなモチーフの和歌はいくつか清書した記憶がある。
それを告げると夕顔は納得した。




