表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
6/71

〜6〜龍笛

ぼやけた世界の中、学生服の男女が話をしている。

「いいですけど、先輩。俺の名前で遊ぶのやめてください」

学生服の男子は俺にそっくりで、文句を言いながらも嬉しそうな表情で、同じような学生服の女子に返している。

「遊んでるんじゃないわ。これはあれよ。ちょっかいってやつ?ひかるくん、私のお気に入りだし」

「いや、それが遊んでるって言うんですよ!」

おい、お前!

そんなこと言っても、その表情じゃ喜んでるってバレるぞ!

ああ、そうか。

あれは俺だ。

似てるんじゃなくて、俺と俺の探してる人だ。

そうか、先輩が『はなちるさと』なんだ。

そんなに年上じゃない。1つしか違わない。

先輩の名前、なんだっけ。

どこに行けば会えるんだろう。

無事、かな。


……………………


…………


……



パチン!

「…………はっ……」

扇を閉じるような音で、うたた寝から目覚めた。

俺は片膝を立てて座っており、柱にもたれて頬杖をついている。

衣服も着崩して、かなりリラックスした格好だった。

外からは雨のような音。ゆっくりと首をもたげて辺りを確認する。

ふと斜め横に人影を感じ、そちらに目を向けると、見たことがあるような男が、こちらをまじまじと見て立っていた。

扇で口元を隠し、ふっと笑う男。

あぁ、そうだ。この前、肩を借りた男だ。

「本当に悩ましいお姿で。これでは女達が放っておかないのも道理というもの」

そのような内容に聞こえた。

こんな所まで入ってくるということは、相当親しいんだな。

どうしよう、言葉がまだ怪しいのに誰かも分からない。

戸惑っていると、男は親しげに微笑んで近くに座った。

ニコニコとこちらを観察している男に、何か言わねばと話題を探す。

「雨……」

ふと顔を上げてそう呟くと、続きを引き取るように男が言った。

「なかなか明けませんね。長雨も物忌も」

俺は安堵の表情を隠して、鬱陶しいですねとでも言っているかのように、ゆっくり大きく頷いた。

「後で持ってきた衣服を届けさせますね」

そんな感じの事を言われたので、思わず眉を寄せて男を見た。

「ああ、私の実家からですよ。あなたの事が気になって仕方ないのでしょう。来て欲しくて父が色々と持たせるのです」

んん?

なんで俺に来て欲しいんだ?

「まあ、(しゅうと)という者はなにくれと世話を焼きたがるものです」

舅!

と言う事はこの人が、あの女房の言っていた中将か?

え〜と、会ったこともない妻の兄弟ってことだよな。

ふうん、俺と仲良しなんだな、本当に。

俺より年上に見えるのは、落ち着いているからだろうか。それとも年上の妻の兄弟だと聞いているから?

あ、この人も既婚者なのかな。

カマかけてみるか。

「あなたはどうなんです?」

そう問うと中将は嫌そうな顔をして、

「右大臣の姫のことですか?」

と聞いてくる。

よく分からないので、頷いて肯定しておいた。でも既婚者だな。

「妻の人柄がどうこうよりも、しがらみが重くて。正直楽しくないのです。親があれこれ世話を焼いてくるし、妻と話していても格式ばって面白みがない。話など気軽に聞いてくれたらいいのに。何もわからなくて、ただ微笑んで聞いてくれたらそれでいいのにねぇ」

はぁ、と大きな溜息。よほど嫌なのか、表情が非常に険しい。

「自分がそうなので、あなたにも無理強いできない心境ではあります。実家の事を思うと、そうも言っていられませんがね」

「物忌が明けたら、必ず」

そう言うと、ほっとした表情になる中将。

笑顔の華やかな、いい男だった。

この人、モテそう。

なんだか華やかっていうのかな。動きが優雅で男前だし。

……なんだか、最近よく美形と知り合うな。この前も……

この前?

なんだっけ?

首に手を当てて目を瞑った。

「若月さん……」

はっと目を開いて中将を見る。

言葉を発したためか、中将は不思議そうな顔で俺を見ていた。

どうかしたのかと問われたが、首を振って否定する。

放置して申し訳なかったなと思いながら、再度中将に目を向けると、にこりと微笑みが返ってきた。

「雨のせいで体調がすぐれないようなので、また改めて遊びにくるよ」

すっと立ち上がり、そう言った中将。

「今度は楽しい話でもしよう」

「楽しい話?例えば、どんな?」

中将はニヤリと笑って、パチリと扇を鳴らした。

「恋多き源氏の君と話すのなら、もちろん恋の話でしょうな」

そう言うと、颯爽と帰っていった。

古今東西、恋愛の話題は盛り上がるんだろうな。恋多きってトコがよく分からなかったけど。

どんな話が聞けるのか、少しワクワクした。

中将が帰ると、遠慮して下がっていた女房が出てくる。

「中将様のことは覚えておいでですね。少し安心いたしました」

肩を借りた時の事しか覚えてないけど。

「曖昧だけどね。すり合わせしたいから、中将のことや仲のいい人達の話を聞かせてくれる?」

女房にそう頼み、予習しておこうと思った。

「中将って役職だよね?」

確認するように問うと、女房は静かに頷き補足してくれる。

中将は蔵人所(くろうどどころ)の頭、つまりはトップでありながら、近衛中将を兼任しており、皆は頭中将(とうのちゅうじょう)と呼ぶらしい。

「頭中将……か」

ちなみに俺も役職は中将らしい。

本当に仲が良いらしく、俺は左大臣邸へ行っても妻といるより中将と話していたり、そのままこちらへ戻ってきたりするのだとか。

まさに親友だな。覚えてない事に罪悪感が湧く。

中将の実家に行ったら、心配事の妻へたっぷりサービスしないとな。

でもサービスって何したら喜ばれるんだろう?

妻の事も記憶ないから、好きなモノとか分からないぞ。

珍しいお菓子とか、花とか、そんなん?

「演奏されてはいかがでしょう?」

それは女房からのアドバイス。

頭中将とはここで談笑したりもするが、楽器を奏でていくこともあるようだ。

催し物が近い時などは、頻繁に合奏しているらしい。

楽器は好きだな。久しぶりに笛でも吹きたい。

女房に俺の楽器は何だと聞くと、笛や琴など多様な楽器が得意だと言われた。

う〜ん、本当かなあ。

「笛かぁ」

吹きたいと思ったのか、女房は探して参りますとその場を後にする。

龍笛は得意な気がするけど、琵琶とか琴みたいな弦楽器、あんまり得意じゃないんだよなぁ。

練習した事があるような気もするんだが。

弦楽器なら、むしろ先輩の方が……

……って、先輩!?

冬香さんに先輩。少し記憶が戻っている。

え、でも先輩って何の先輩?

冬香さんは……いや、冬香さんもそれ以上分からない。

顔と名前だけ思い出せたようだ。

自然と首に手が伸びる。

先輩は俺の1個上で、冬香さんはもう少し上だったと思う。だから同じ人物ではないが、どういう知り合いだ?

『優しく……て……げる』

記憶の断片。

なんだ、なんだっけ。

思い出せ、今、思い出せ!

『……優しく呪ってあげる』

そうだ!

そう言ったのが冬香さんだ。

台詞は物騒だが、このくらくらムラムラする感じ、イヤじゃないぞ。

その後、艶かしく首に吸いつかれて……

う〜ん、誰かに後頭部を殴られたような……

はて、それなら中将の事など覚えていなくて当然か。

こっちの記憶なんてあるはずない。

俺は現代人で、何故か平安京みたいなとこにいる。

いや、源氏物語の中?なのか?

だとすると、俺は……本当の俺は誰だ?

さっきの夢で、先輩は俺を「ひかるくん」と呼んでいた。

惟光も俺が「ひかる」と知っている。

俺は「光」……なのか?

本当に?



どくん……



「……うっ」

疑問で頭がいっぱいになったと思った瞬間、心臓が大きく脈打つ。

直後、体が崩壊していくような感覚に見舞われた。

「な……に……」

ポロポロこぼれ落ちるように、自分が消えて行くような気がして焦るが、止め方もわからず目を閉じた。

『自分の存在に違和感を感じないように。記憶が戻らない内に、絵の中で人格が崩壊したらお終いだからね』

ふっと誰かの声を思い出す。いや、誰かじゃない。これは冬香さんだ。

そうだ、俺は「光」……偶然にも「光」なんだ。

『光屋 光』という名前の現代人だ。

この世界のことはわからないけど、先輩を探しにきた。

己を認識したら、突如崩壊が止まった。

ふうぅと長い息を吐き出した瞬間、その隙をついたかのような衝撃。

ズシン。

腹の底から何かがもぎ取られるようなそんな感触で、一気に体が重くなる。

見えない手が、俺の腹から何かを抉り出そうとしている。

「や……め……ろ…………」

指一本動かすことが出来ない。

(嫌だ、止めろ、俺から魂を奪っていくな!)

心の奥底から勝手に出た思考だった。

魂を奪うな、その心の声がきっかけだったように、腹にグッと力が入った。

見えない誰かの手から、己の魂を守る。

何をどうやったのか分からないが、下腹部に力が収束し、頭上から抜けていくような感覚があった。

腹に食い込んだ手を掴んで、背負い投げした。

そんな感じ。

「こちらが若君の横笛(おうてき)でございます」

はっと目の前に現れた女房を見た。何事もなかったかのようなその様子を見て、冷や汗をそっと拭う。

嫌な感覚もすでに消え失せている。

この女房が来たから?

俺は自分が撃退したと思っていたのだが、人が来たから逃げたんだろうか?

じっと女房の顔を見ている俺に、気まずそうな表情が返ってきた。

はっと状況を思い出し、その手に視線を落とした。

女房は布に包まれていたであろう龍笛(りゅうてき)を、恭しく俺に差し出している。

俺の笛、なのかな?

疑問に思いつつ手にとってみる。

「運指が……分かる」

龍笛の音域は五線(ごせん)をはるかに越える。五線を越えてさらに1オクターブよりも上の高音がでる。

「なんだか、久しぶりだな」

自然と構えて『レ』の音を吹いた。

清浄な気をはらんだような音だ。

禍々しいものを遠ざける音色に聞こえた。

そして自分が今まで使っていた楽器より、数段鳴りがいい。

自分の楽器を思い出した訳ではないが、そう感じた。

「あぁ、楽器っていいなぁ」

さっきの変なものも近寄ってこれないんじゃないか、そう思えるほど澄んだ音色。

続いて折指と言う運指を試すべく『シ』から半音づつ下がって『ラ』までの三音を吹いた。

そこで急に不安になって女房を見る。

「今、吹いてて怒られない時間?」

「若君を怒れる者など、帝を除いて他に誰がおりましょう」

え、そうなの?

でも迷惑な時間とか、場所とかないのか?

まあここ広そうだし、音も隣の局まで届かないってことなのかな。

とりあえず今は大丈夫そうだし、もうちょっとだけ吹こうかな。

そうして俺は随分遅くまで、久しぶりの龍笛を堪能したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ