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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
52/81

〜52〜蜘蛛の糸

「こんばんは〜」

その空気を破る女性の声。

師匠と同時に玄関の方へ顔を向ける。

「冬香に頼まれて、差し入れ持ってきましたよ〜」

明るく元気なその声に、聞き覚えがあった。

ひょこっと顔を出した女性を、少し前に見た記憶がある。

「あ」

俺は小さく声を出したが、師匠が被せるように言った。

美卯(みう)

そうだ!

箱根の美卯さんだ。

さっき見た少女が急に成長して目の前に現れる。なんだか不思議な感覚だった。

「あ、君が後輩くんかぁ。(たいら)美卯でーす。瓊樹(けいじゅ)の1期生だよ、よろしくね」

「よろしくお願いします!」

爽やかな笑顔が印象的だった。あの苦悩から解放されたからだろうか。

「え〜っと、これが(れい)さんの分で、こっちが後輩くんの分ね」

紙袋の中から、バゲットサンドとホットドリンクが出てきた。

手渡された俺はすぐに外装をとって食べ始める。噛みごたえのあるそれを頬張る俺に、美卯さんが紙袋の底から何かを取り出す。

「で、これが冬香がわざわざ採りに行った桃ね」

「桃?」

美卯さんは笑顔のまま頷くと、セラミックの果物ナイフで皮を剥き始めた。

「桃は魔除けで有名な果実でね、これを体の中に入れておくようにって……って食べるの早っ!」

バゲットサンドを食べ終わった俺は、美卯さんが剥いてくれた桃を次々と口に放り込む。

「甘くて美味しい!」

「それで冬香は?」

にこにこしながら俺の食べっぷりを見ていた美卯さんに、師匠から疑問の声。

「料理中?明日の朝までに作っておきたい何かがあるとかで、手が離せないみたい」

「なるほど」

そう頷いてバゲッドサンドを齧る師匠。

思い当たることでもあるのか、その言葉で納得したみたいだ。

すっかり食べ終わった俺は、食後の甘いカプチーノを飲んでぼんやりしていた。

2人は近況報告のような会話をしており、あの白に戻った霊体”菖蒲(あやめ) むいか”の名前が出ていた。

そういえば師匠はずっと俺に付き合ってくれてるな。

今まで見た映像のおかげで、いかに凄い人なのかが分かった。

運良く弟子になれて良かったのかも。

「さっきの霊体の話だが、美卯のは見えるか」

言われた俺は美卯さんをじっと見つめる。俺にジロジロ見られているというのに、美卯さんはにっこり微笑むと、ふっと力を抜いた。

「わ!」

急に眩しく感じて目を閉じる。

「よしよし。ちゃんと見えてるな」

「へえ、凄いね。光くん、(デュース)以下だって聞いてたけど、この修行方法のおかげ?」

輝きが収束したのを感じて目を開ける。

「その輝き、コントロールできるんですか?」

J(ジャック)以上はみんな出来るわよ」

「それって、魂の輝きをコントロールしてるって事ですよね?」

そう問うと、美卯さんは首を横に振って言う。

「冬香が言うには、魂の輝きはそれぞれ決まってるんだって。大きくしたり、小さくしたりできないから、私達がやっているのは、霊体のコントロールって事になるかな」

「霊体の、コントロール?」

美卯さんは頷いて続ける。

「わかりやすく言えば、霊体に色を付けて見えなくしているのよ。遮光カーテンみたいな感じかな。コントロールしなければ霊体は透明な状態だからね」

「なるほど」

だから魂の輝きが透けて見えるって事か。

ふぅんと言いながら、ずずっとカプチーノを飲み干した。それを察したのか、師匠の顔がこちらを向いた。

「さて、総括の前に着替えようか」

「え?」

「シャワー使っていいぞ。本来なら従業員専用だが、光は特別に許可するそうだ」

言われてみれば、ずっと風呂も入ってない。

「でも着替え……」

若月(わかつき)から預かってる」

ええ!

どうして若月さんが俺の着替えを?

「実家から預かってきたんだろ」

俺の考えが分かったのか、師匠が補足してくれて納得した。

師匠に小さなリュックを渡され、浴室に移動した。

見覚えのあるそれは、まさしく実家からやってきたものだ。








「さっぱりです!」

着替えが入っていたリュックに、脱いだ服を入れて師匠に言う。

「顔色もよくなったな」

「懐かしの制服じゃなくなったか〜」

美卯さんが笑顔で言うのを見て、改めて聞いてみる。

「お兄さんは、今も箱根に住んでるんですか?」

「あ、私達の戦いの歴史を見たのね」

「はい!いろいろ勉強になりました」

少し興奮して言うと、美卯さんはさらに笑みを深めて教えてくれた。

「奉職して立派に神社を守ってるわ。まだ新米だけどね。ここへは一応登録しているけど、副業みたいなもので、実際は安堂寺(あんどうじ)の関係者になるかしら」

あの神社、師匠が買い取ったって言ってたもんな。

「それじゃ、総括といこうか」

俺の思考時間を遮るような師匠の声。

ゴーグルを受け取る。

「これで座学が終わり……」

俺はもうちょっと美卯さんと話していたい。

だが、断れるはずないので、惜しみつつゴーグルの中を覗き込む。

残念なような、やっと勉強から解放されるような、複雑な気分のまま装着した。







〜音とはなちるさとの物語〜







失恋の痛みを抱えた高校1年の”遠野 (おと)”が店を訪れる。綺麗になりたいとやってきた彼女は、怨霊と融合していた。

無自覚な彼女に、若月は怨霊を撮影した写真を見せて自衛を促す。しかしタイミング悪く、怨霊を無理に引き剥がす事になってしまった。

霊体に損傷を与えてしまった事を、自分のせいだと言った冬香は、彼女に呪いと保護を同時にかけて、霊体が治るまで毎日会いに行くと言う。

翌日、学校で音は、失恋の原因に遭遇するが、その男もまた、自分と同じように取り憑かれていた。男に捕まりそうになったその瞬間、冬香に助けられ、男は礼によってシランスとなる。

その後、解呪のため店に来るように言われた音。

そこには不思議な絵があった。絵の中に吸い込まれていく人物を見送り、怨霊や呪いの話を聞きながら解呪を待つ。

やがて絵の中からは意外な人物が出てきて、音に衝撃を与えた。若月や礼のおかげで解決したものの、自分の未熟さに涙を止める事が出来ない。それを若月の言葉が包みこむ。

音は瓊樹への転校を決め、新しい生活を始めようとしていた。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「せ、先輩!」

ガバッとゴーグルを外した俺は、師匠の顔を見てそう叫んだ。

「音はまだ通ってるからな。顔見知りでもおかしくないか」

「違います!そうじゃなくて」

ここにきて、間接的とは言え、先輩とこの店との細い接点を見つけた。

「転校先がうちの学校なのも驚きましたけど!最後、美里(みさと)先輩が出てきたんです」

師匠も驚いたのか目を見開いている。

「音と接点があるのか」

「あのまま仲良くなってれば!」

「調べる。翡翠(ひすい)、あと頼んでいいか」

そう言って振り返った師匠。そこには美卯さんの代わりに青いショートヘアが待機していた。

師匠の代わりに俺の前に移動してきた翡翠さん。

「それではそのまま横になって」

体を包み込むようなハスキーヴォイス。俺の興奮はその声に吸い込まれるように消える。

言われるまま横になり、なんとなく目を閉じた。

どっと疲れを感じる。

「もっと強固に意識して自衛しないと、冬香さんの呪いと保護があっても危ないですよ」

声に出して返事したかったが、頷くのがやっとだ。

これが終わったら、先輩の事……聞かない……と……。

俺の意識は深く沈み込み、そのまま世界は暗転した。


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