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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
49/81

〜49〜胡蝶の夢

***


「少し心配してらしたけど、なんとか誤魔化してきたわ。継続してフォローしていくから心配しないで」

そう言って微笑む若月(わかつき)さんに、俺は無言のまま頷いた。

まさか、学校の理事長がこの人だったなんて。驚きで声が出ない。

「ところであなた、お母様やお父様はどちらも能力者じゃないの?」

なぜそんな事を聞かれたのか分からないが、俺は首を振って答える。

「聞いた事ないので違うと思います」

「そう。なら気のせいかしら……」

拳で口元を隠しながらぶつぶつ言う若月さんに、師匠から声が飛ぶ。

「何かあったのか」

その言葉に、若月さんは足を止めた。しばらく逡巡するように視線を彷徨(さまよ)わせたが、ややして同じように止まっていた師匠に顔を向ける。

(みなみ)がね、少し違和感を感じたのよ」

違和感ってなんだろ?

「霊体に干渉しずらく、耐性があるようだったと言っていたわ。だけど、本人はいたって自然に振る舞っていたし、何か能力を使っているとか、抵抗しようとして集中しようとか、そんな気配もなかったのよ」

俺には状況がよく分からないが、その南さんて人の調子悪かったとか?

「結界のようなものは感じなかったし、体質である可能性も否定できないけど、それならあたし達のやっていた事に気がつくと思うのよ。気がついて何も言わなかったようにも見えなかったし、違和感だけが残ってね」

感覚的な話だから、違和感が何って聞いても分からないんだろうな。

「父親が能力者で(しゅ)を仕込ませて持たせている可能性は?」

師匠がそう言って若月さんを見た。俺は慌てて手を上げて言う。

「うち、父はいません」

「え……」

「記憶がないくらい小さい時に死んでます。なんか財産だけは残してくれたみたいで、生活には困っていませんが、能力者とかじゃないと思います」

うちには仏壇も神棚もないし、占いめいたものはもちろん、風水グッズみたいなものもない。だからと言うわけではないが、父親が能力者とは考えにくい。

「そう……。バタバタしていたから、住所くらいしか情報をもらってなかったのよね。でもそれなら、やっぱり体質かしらね」

肩をすくめて両手を上げた若月さんは歩みを再開させる。みんなそれに(なら)うように動き始め、俺は足を進めながら首を傾げて問うた。

「じゃあ、俺の体質は母譲りって事ですかね?」

「ん〜、まあ可能性はあるわね。落ち着いたら、(れい)に見てもらうといいわ」

俺は頷いてから逆サイドの師匠を見上げる。

非現実的な美形を見上げた瞬間、その背後に走る高速道路に現実を感じた。

師匠と若月さん、それに翡翠(ひすい)さんも含めて現実に馴染まない。

すぐ横の道路を見ると、平日の昼下りで行き交う人々は忙しそうだ。

スーツを着た男性は腕時計を確認しながら急ぎ足で通り過ぎ、カジュアルな服装の女性は飲食店を眺めている。

カシェットの中から出てきて、不思議な映像を見て、怖い修行をして、ランチを食べて……

これは本当に現実なんだろうか。

「どうした?」

訝しげな顔の師匠。俺はしばし迷ったが、おずおずと口を開いた。

「もし……もしですよ。これが俺の夢だったって可能性あります?」

「ないとは言い切れないが、それを確かめる事ができるのは自分だけだな。オレには答えられない」

俺は俯いて考える。

「それじゃあ、集団中2病の可能性は?」

「はは、あるな」

師匠は苦笑しながら答える。

「己のリアルが真実かどうかなんて、誰にもわからんだろ。まさに胡蝶(こちょう)の夢だな」

「胡蝶の夢?」

胡蝶って蝶の事だっけ?

蝶が見る夢?

(はかな)いってことですか」

「あぁ、それも良い解釈だな。まあ、蝶になって飛ぶ夢から目覚めた時、果たしてどちらが現実なんだろうってこと」

「蝶になって飛んでる方が現実かも?」

師匠の頷きを見て、難しい質問をしてしまったなと思う。

「ま、細かいことを気にして、現実逃避しても状況は変わらない。少なくともオレの感覚では夢オチはないから、さっさと戻って続き、やるぞ」

続きをやるって聞くとさっきの修行みたいで、なんだか嫌だ。

俺は勢いよく手を挙げて質問する。

「はい、師匠!座学、ですよね?」

「……そうだな。仕方ないから夕方までは座学を許可する」

舌打ちしたそうな顔でそう言われてしまったが、気がつかないふりをして意気揚々と歩く。

この恐怖はまさしく現実。

逃避したって修行はきっと避けられないと知った。

冷や汗なんて、かいてないからな!








はなちるさとに戻った俺は、座学の時に使っていたソファーに移動する。

師匠から金の丸い物体を渡され、開けるように言われる。

「なんですか、これ。コンパス?懐中時計?」

「アコールって名前の道具。開けてみな」

上のスイッチみたいなものに触れると、ピンっと小さな金属音。

中には金属の5つ円があり、上と下に歯車が見える。金属の円にはそれぞれ数字が書いてあり、内側から1、2、3、5、6、歯車は上が4で下が7だ。

「能力を使って動かせるか」

能力と言われましても師匠。

「とりあえず力を抜いて、意識をこっちに持っていく」

言われるまま肩の力を抜き、ソファーに深く沈み込む。

じっと盤面を見ていると、中心の円が反時計回りに動いた。ゆっくりゆっくり動くと共に、少し歪な音も聞こえる。回転が安定すると、綺麗な音が聞こえた。

「シ?」

「凄いわね。逆回転もいける?」

若月さんがそう言って盤面を覗く。

意識して見ると素直に回転した。

「時計回りはドだ!じゃあ次の円はレ?」

「勘がいいわね。鳴らせる?」

2の数字が書かれている円は時計回りにレ、反時計回りはレのフラットが鳴る。

3はミとミのフラット、5はソとソのフラット、6はラとラのフラットだった。

「あれ、でも順番に鳴らしていったら、足りない音がありますね」

「歯車よ」

若月さんの指が上の歯車を指す。

歯車をじっと眺めていると、くるりと回転してファの音が鳴った。下の歯車はシのフラットだ。

なんて面白い楽器なんだ!

好きな曲、演奏できるかな。

俺は眼を閉じて楽譜を思い出すように上を向いた。

「あら、フォーレのゆりかごね」

「凄いな」

嬉しそうな若月さんの声と、次いで師匠の声。

頭の中で思い描くだけで音が鳴るなんて、夢のような楽器だ。

自分の鳴らしている音に身を委ねていると、急激にぐわんと目が回った。

「おっ……」

思い出す牛車(ぎっしゃ)の揺れ。

気持ち悪くなりそうだと思ったが、揺れはすぐに収まり、さらに深くソファーに沈み込む。

「あら大変。翡翠、お願いできるかしら」

薄く眼を開けると翡翠さんの手が眼を覆うところだった。すぐに暖かく包まれるような感覚になった。

「どれくらいかかりそう?」

若月さんの声が聞こえる。

「損傷箇所は多いですが、全て軽傷です。ただ、時間は少しかかりますね」

初めて聞くその声はハスキーで、女性にしては低め、男性にしては高めだと思った。声を聞いてもどっちか分からないが、それがこの人の魅力のように感じる。

「そう……どうする、礼」

「夜、光が寝ている間に治療ってのは可能か」

師匠の声が聞こえてきて、俺はこの後のスケジュールに変更がない事を悟る。

「可能です。何時まで潜ってますか?」

「予定では……時くらいまで」

ボソボソ話しているから聞き取れなかった。3時くらいまでって聞こえた気がする。まさか明け方じゃないだろうし、夜の23時でもないだろう。きっと15時の事だ。

あと2時間くらい?

「わかりました。それでは、仮眠をとってその頃来ます」

「悪いな」

いや、15時なら仮眠なんていらないよね?

「いえ、それでは」

包まれているような感覚が消えた俺は、ソファーに背中から着地するような気がした。

目を開くと、翡翠さんはすでに背を向けて出て行こうとしている。

「さて、アコールがダメなら、こっちを再開だな」

師匠がそう言ってゴーグルを手渡してくるものだから、翡翠さんへ何の言葉も投げられなかった。

「中級2か……お、光も知ってる人物の登場だぞ」

その言葉に、意識が師匠に戻る。

「誰ですか?」

カードを掲げた師匠を見て、ゴーグルを装着しながら質問した。

未桜(みお)(うさぎ)だな」

白い手に包まれたキスシーンを思い出した。

「中級2。こんなパターンの呪いもあるって事例だ。対処方法の1つも分かるんじゃないか。ま、参考程度だけどな」

フィルターのかかった視界の先で、師匠の手からカードが離れる。

ちょっとドキドキしながら、物語の中へと進んでいった。


***


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