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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
46/81

〜46〜カオリンのカシェット

「お待たせ。ハーブティーにしようと思ったけど、こっちの方が貴重かもしれないと思って」

かちゃり、とトレーを置いた冬香(とうか)さん。

琥珀色の芳しい液体がそこにはあった。

平安の世界では決して味わえない飲み物、それはコーヒー。

なるほど、できたお人だぜ。

俺はカップを手に持ち、ゆっくりと息を吸い込んで香りを堪能する。

スティックシュガーを3本淹れて、苦味と甘味(あまみ)と香りを楽しんだ。

「ハーブティーも平安では無理なんじゃないのか?」

師匠が冬香さんにそう聞いている。

「その気になれば、その辺に生えているもので作れるもの。でもコーヒーは自生していないでしょ?」

「え、ハーブってその辺に自生してんの?」

驚いた様子の師匠が少し新鮮に感じて、俺は2人のやりとりを黙って見ていた。

「探せば街中でもあるわよ。蓬やドクダミなんかはよく見かけるし、ミントやローズマリーもあるわ。少し山に登ればもっとたくさん見つける事ができるから、アスファルトのない平安なら普通にあるかもしれないわね」

「山育ちだけあって詳しいな。よく()ってのか?」

「ええ、辞典に載ってたのを集めてきて、色々ブレンドを変えて飲んでいたわ」

山育ち?

冬香さんが?

なんだか似合わない。

詳しく聞いてみようか迷っていると、冬香さんがこちらに顔を向ける。

「ランチはゆっくり()りましょうね」

そう言って華やかに微笑んだ。ハーブの話は終わったようで、師匠もこちらを見た。

「光、食べたいものあるか?」

師匠から嬉しい質問。

「なんでもいいんですか?」

こくりと頷いた師匠に、俺はあの時代では味わえないものを考えた。

「スイーツ、とか」

「却下」

ええ!?

なんでもいいって言ったばっかじゃん!!

(れい)

冬香さんが師匠を見て、嗜めるような口調で言った。

「ビュッフェランチをやっているホテルはどう?」

女神!女神がここにいるよ!!

「あぁ、なるほど」

師匠も納得してくれた。

「よし、じゃあ歩いていけるとこにある、某有名ホテルのビュッフェに連れて行ってやろう。そうと決まれば、昼飯の前に修行だな」

え?修行?

「時間ないから巻きでいくぞ。コーヒー飲んだら昼食前の軽い運動だ。その後は夕食まで修行するからな」

「座学はもう終わりですか?」

「まだあるけど、一度試してそっちが無理そうなら戻る。行けそうならそのまま修行だ」

師匠はそう言ってから、

「カオリン」

と、何者かを呼ぶような仕草をする。

しばらくすると、ぽわんと輝いた白い小狐が俺の足元に(じゃ)れついていた。

なんだこのかわいい物体は!

抱き上げてみたくて、コーヒーを一気に飲み干した。

冬香さんにご馳走様でしたと告げて、足元の小狐を抱き上げる。

狐は俺の目をじっと見つめ、自分の鼻を俺の鼻にくっつけてきた。

「きゃわいい……」

そう呟いた時だった。狐はその体を捩るように動き、形を変えて床に落ちる。

「え!!」

驚いて師匠を見るが、半笑いのままこちらを見ているその口からは、何の言葉もなかった。

代わりに声を発したのは、冬香さんだ。

「カオリンは訓練させてくれる【カシェット】になれるの」

冬香さんはそう言うと、床に落ちた一枚の絵を拾い上げる。

絵を抱え上げ、裏側をそっと撫でながら移動する。

「礼も一緒に入るの。無茶しないように言ってあるから、許してね」

例の空間が歪む壁へと向かっているんだと、直感で分かった。

俺も慌てて後に続く。

冬香さんは無機質なコンクリートの壁の前に立ち、狐だった絵を白紙委任状があった壁にかける。

手をかざすと、絵はぼんやりと輝きを帯び始めた。

さっきの小狐ではなく、大人の狐が描かれた絵だった。

「時間はこっちの3倍よ。礼と一緒に入れるわ。もう時間がないから1時間くらい経ったと思ったら帰ってきてね」

振り返って横に避けた冬香さんは、猫のマイカを抱き上げながらそう告げた。

この壁の絵って、入れる時間は朝だけじゃないのか?

そう疑問に思っていると、師匠が俺の肩に手を置いて、そのままぐいっと前へ突き出す。

「さ、行こうか」

「うわっ」

吸い込まれるような感覚があったが、意識は保っていられそうだ。

「頑張ってね」

手を振りながら言う冬香さんに、俺も手を振り返したかったが、師匠に阻まれてできなかった。

俺の代わりに師匠が手を振ってウィンクまでしている。

舌打ちしたいのを我慢しながら、絵の中に吸い込まれて行った。





***





「外ではできない事が出来ていいんだよ、カシェットは。大暴れも可能だ」

空に浮かんだ師匠を、俺はぼんやり眺めている。

抜けるような青い空に映える美形が、静かに俺を見下ろしていた。

なんだこれ、どんな状況だ?

「光、どれくらい今の状況を把握している?」

「えっと……」

よく見ると俺も空に浮かんでいた。

「え!浮いてる?」

そう声に出した瞬間、ガクンと視界が動き、落下が始まった。

「!」

突然のことに声が出せない。恐怖に目を閉じようとした瞬間、ガクンと衝撃が走り、落下が止まった。

地上はまだ遠い。

学校の3階から眺める景色よりも、ずっと遠かった。

「光、自分の足で立てるはずだぞ」

俺の背中を掴んだ師匠によって落下が止まったのだと、この時知った。

「ど、ど、ど、どうやって!」

「カオリンは対象者のレベルに合わせた世界を作るから、光なら空スタートでも良いと判断したんだろ。立てると思って立ってみな」

そう言われて足を出してみるが、空を蹴るだけで立てる気がしない。

「じゃあ離すぞ」

「いや、ちょっと待っ……!」

師匠の手が離れたのを感じ、同時に落下が始まる。

嫌だ!落ちたくないー!

浮いてると気がつく前は大丈夫だったのに、こんなのってないよ!

できると言われてできるのなら、すでに落下は止まっているはずなのに、地面はどんどん迫っている。

し、死ぬーー!

半ば諦めの境地で覚悟を決めた俺を、掴んで止めてくれたのはやはり師匠だった。地上10メートルくらいから襟首を捕まれ、首の締め付けと同時に減速していった。

恐怖と苦しさに涙が出そうになり、もう限界というところで、無事地に足をつける事ができた。

そのまま崩れるように、両手を地について項垂れる。

「こ、怖かった……」

「高所恐怖症とか?」

「そんな次元の高さじゃなかったでしょ!」

剥き出しの身一つで、あんな高いところ平気な奴なんて、危険本能麻痺してるとしか思えん!

「まあ、でもここ、精神世界だし」

肩をすくめて両手を天に向ける師匠。冗談でしか見ないそのポーズが、やたらと決まっていてムカつく。

「精神世界で死んでも大丈夫ってことですか?」

「……」

「無言はやめて下さい!」

怖いんだよ、あんたの無言!

「よし、高さに慣れようか」

師匠はそう言うと、背中の服を鷲掴みにして大きくジャンプした。

「ぎゃあぁあぁぁぁ!」

早すぎる景色に動体視力がついていけず、恐怖も相俟って目をぎゅっと閉じた。

「さ、着いた」

「へ?」

目を閉じた直後。ほとんど一瞬だった。

ぱっと目を開けると、すべての景色が遠い。はっと振り返り師匠やその周りを確認する。

鉄の骨組みの上に、身一つの剥き出しで座っていた。

「こ、ここどこですか?通天閣とか?」

「いや、マカオタワー」

「マ、マカオ?」

そう言って師匠は右手の人差し指を立て、鉄の上をカンカンいわせながら歩く。すぐに端の方に立つと、片足を宙に出す。

「ま、イメージだけね。バンジーとかやってんじゃん。高さに慣れるのちょうどいいでしょ」

「マカオってどこ!高さになれる必要、あるんですか?」

師匠は縁の端から足をだし、まるで講義をしている先生のように3歩進むと、宙に浮いたまま振り返った。

「マカオは香港から船で20分って感じかな。楽しいじゃん、飛べたら」

具体的な場所なんてどうでもいい!

「ハードル高すぎるわ!」

思わず敬語も忘れて叫んでしまった。

「ちっ、ダメか」

「俺で遊ぶのやめてください」

「なんか光ってそういう体質なんじゃないの?彼女にも遊ばれてないか?」

そう言われて思い出す先輩との会話。

『いいですけど、先輩。俺の名前で遊ぶのやめてください』

『遊んでるんじゃないわ。これはあれよ。ちょっかいってやつ?ひかるくん、私のお気に入りだし』

ふと、真顔で師匠に不安を溢す。

「先輩、大丈夫でしょうか」

「それは光の成長具合によるな」

ん?

俺の成長が先輩の無事と関係ある?

なぜ?

「長期戦になると具合が悪い。とりあえずここから地表に力を飛ばせたら、少しは見込みあるんだけどな」

「力ってあの必殺技みたいなヤツですか?」

そうそうと言いながら、宙から戻ってくる。再びカツンと鳴る音に安堵した俺の胸ぐらを、グッと掴む拳。

え?

「ま、その辺りは遊園地で教えてあげよう」

「遊園地?」


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