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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
45/81

〜45〜2人の過去

「それって性的な行為を誘発する呪いってことですよね?」

「まあ、そうだな」

何でそんな呪いをその身に宿しているのか、どうして取り除かないのか疑問に思った。

ただ、師匠の嫌そうな顔を見て、どこまで踏み込んで聞いて良い事なのか判断できない。

呪いの内容だけなら大丈夫かな。

「その呪いは、男女問わず、ですか?」

「まあ、男に効きやすいと思っていい」

「それって、外に出たら危ないんじゃ?」

まあね、と言って師匠は天井を見上げた。

「この店は結界で守られているから安全だが、それでもこれだけの効果がある」

「じゃあ……ランチとか行けないんじゃあ」

その問いに、師匠は『ふっ』と声に出して息を吐いた。

「オレと一緒に行けばいいだけだ」

「師匠が仕事でいない時は?その……難しい案件が多いって聞きましたけど」

「間に合うように終わらせる」

「通勤はどうするんですか?」

(なぎ)って手もある」

「凪?」

「そうだ。それに冬香(とうか)は強いしな。冬香を守っているのはオレの自己満足」

「凪ってなんですか?それと、そんなに強いなら冬香さんに弟子入りしたほうが」

「冬香を店内以外で他の男と2人にするのは許可できない」

ぴしゃりと言い放った師匠。それもそうかと納得するが、ふと疑問が湧き出る。

「もしも、なんですけど。実際に実力行使が成功した時はどうなるんですか?冬香さんの調子が悪いとか、師匠や若月さんがいないタイミングで、力のある襲撃者に遭遇しないとは限りませんよね」

師匠はベランダで水撒きしている冬香さんを見ながら答える。

「ありとあらゆる不幸が重なって、冬香が襲われた場合、襲った相手は行為の最中、ゆるゆると呪われることになる。本人も気がつかないうちにだ。肉体が重なるということは、霊体も重なるだろ?音や振動を共有することで、魂が呪いに侵され始める」

「呪い……」

「深く繋がれば繋がるほど呪われる」

そして、と師匠は言い置いて続けた。

「行為が終わる頃には命尽きているだろうな」

さぁっと血の気が引くような気がした。それと同時に冬香さんが可哀想だと思う。

「冬香さんは……体を許してもいいと思うほど大好きな人ができたら、どうするんですか?」

他人事なのに、やりきれない気分が胸中を覆っていた。

そんな俺を知ってか知らずか、師匠は呑気な口調で答える。

「その大好きな人が呪いに勝てばいいだけの話だ」

巻毛を揺らしながら、ベランダを見ている師匠。だが、その視線は冬香さんではなく、もっと遠くを見ている気がした。

「そんな簡単な話なんですか?」

呆れた顔を見せながら、師匠に問い返す。

しかし師匠はふっと微笑すると、

「簡単だよ、オレならね」

と、そう言った。

かーー!

男前か!

(ねた)ましいほど自信満々の、素晴らしく魅力的な笑み。

なんだこいつ、と声にだして言いたかった。

さっきの視線はなんだったんだ。ちょっと寂しそうとか思ってしまった俺が馬鹿みたいじゃないか。

俺は口を尖らせながら師匠に言った。

「師匠は冬香さんと、どういう関係なんですか?」

「大人の関係」

「呪いは?」

「企業秘密」

「……師匠、童貞ですか?」

いつも以上に強い力で頭を殴られた。

「そう見えんのか?」

「い、いえ……俺のささやかな希望です」

後頭部をさすりながら、涙目で師匠に目を向ける俺の背後から声。

(れい)は女性経験多いわよ。詳しい人数は知らないけど、女の敵と言っても過言ではないかもしれないわね」

いつの間にか冬香さんが俺達の背後にいた。

水撒きのために持っていた水差しは、いつの間にか猫のマイカに代わっている。

冬香さんの喉元に擦り寄って甘えているフカフカの頭。どっちも羨ましいのは俺だけじゃなく、きっと師匠も同じに違いない。

「マイカは女性の恨みに敏感だし、怨嗟(えんさ)が纏わりつくほどではなくても、泣いた人も多いんでしょう。本人が恨みを残さないように立ち回っても、人の心は簡単ではないから」

「俺は一途な男だぞ。本命は7年前から冬香だけ」

そう言いながらマイカを撫でようと手を伸ばす師匠。ひっかかれそうになって慌てて腕を引っ込めていた。

ふふ、と笑った冬香さんは何も言わず、ハーブティーを淹れにマイカと共にキッチンへ向かった。

「7年前に冬香さんと出会ったんですか」

「そうだ。今まで見た事ないほど取り憑かれた状態で、なかなか壮絶だったな。立ち会った若月の部下はその場でへたり込んでたし、あれは相当異様だったよ」

「それってどんな状態ですか?」

そうだなぁと呟いて、師匠は遠い目をした。

「体の半分は怨霊と融合してて、肩には別の怨霊が根付いてて、口元は青い干からびた手に見える呪いによって封印されてて、そのせいで唇は見えなかったかな」

え?

なんだその激しい状態は。

思わずぞくっとした。

「普通、怨霊って複数は憑かないだろ?」

「え、そうなんですか?」

でも、言われてみれば1対1の攻防戦を見た気がする。

「普通は1体憑いたら呪い殺されるか、戦い勝って祓うか、だからな」

「複数ってのが異常なんですか?」

「異常だな」

そう呟くように言った師匠。嫌なことでも思い出しのか、眉を寄せて続ける。

「怨霊ってのは魂があるんだ。簡単に言うと、2つの魂が1つの肉体を取り合ってるわけだ」

「そ、そうなんですか?」

まあな、と師匠は言いながら腕を組む。

「魂の器として肉体を見た時、2つだと溢れてしまうから【取り憑く】んだよ」

「どうして肉体が必要なんですか?」

食べなくて良いし、勉強しなくていいし、って事にはならないのかな?

「そりゃ光くん、肉体がないと気持ちいいことできないでしょ。男も女も本能には逆らえない事はしばしばある」

そ、そこですか!

色々想像してしまった。

「ま、燃費悪いんだよ、魂だけじゃね。突き詰めて言うと、そういう事だ。実際、怨霊ってのは人に取り憑いてないと、視界も暗くて狭いんだよ。ま、死んだ事ないし、怨霊になった事ないから、そう言われているって話だけどな」

「視界が狭くて暗いなら、どうやって取り憑く人を見つけるんですか?」

「見える奴ってのは、怨霊からすると輝いて見えるらしい」

え、その輝き消したい。もしかして、そのせいで先輩を巻き込んでしまった?

「消せるぞ、ちゃんと練習すればな。でも……ま、ちょっと上級かもな」

俺の考えが判ったのか、師匠は笑ってそう言った。

「冬香さんは、すっごく輝いていたって事ですか?」

「いや、冬香のは特殊なケースだったから、輝きとはちょっと違うな」

特殊なケース?

自分が今置かれている状況が既に非日常なのに、そこからさらに特殊ケースなんて、理解できるだろうか?

冬香さんは、どうやってその状態から抜け出せたんだろう……?

「取り憑かれている本人が、その怨霊と戦えるんですか?」

「自覚できればな。能力の使い方と同じだよ」

なるほど、自覚かぁ。

絵の中じゃあ、記憶がないし、記憶がないと自覚も何もないもんな。

「じゃあ冬香さんは……自覚なかったってことですか?」

そう聞いた俺に、師匠は首を振って答える。

「自覚はあった。ただ祓うには怨霊の数は多いし、それぞれの力が強すぎた。ゆえに、拮抗状態が続いていたんだ。3体も憑いていたんだし」

「拮抗すると、融合するんですか?」

「力が拮抗している状態なら大丈夫だが、緩みや綻びを見せた瞬間押される。第一歩を踏み出されたら融合を許す事になる。一度でも融合したら剥がすのは相当なリスクを伴う」

「それじゃあ、冬香さんは師匠が助けたんですね!」

そうだなと、師匠は軽い口調で答える。

しかしその口調とは真逆の感情が、ちらりと垣間見えた。二人の間に、何か壮大な物語があるように感じとった俺は、今の問題が解決したらゆっくり聞いてみようと思ったのだった。


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