〜45〜2人の過去
「それって性的な行為を誘発する呪いってことですよね?」
「まあ、そうだな」
何でそんな呪いをその身に宿しているのか、どうして取り除かないのか疑問に思った。
ただ、師匠の嫌そうな顔を見て、どこまで踏み込んで聞いて良い事なのか判断できない。
呪いの内容だけなら大丈夫かな。
「その呪いは、男女問わず、ですか?」
「まあ、男に効きやすいと思っていい」
「それって、外に出たら危ないんじゃ?」
まあね、と言って師匠は天井を見上げた。
「この店は結界で守られているから安全だが、それでもこれだけの効果がある」
「じゃあ……ランチとか行けないんじゃあ」
その問いに、師匠は『ふっ』と声に出して息を吐いた。
「オレと一緒に行けばいいだけだ」
「師匠が仕事でいない時は?その……難しい案件が多いって聞きましたけど」
「間に合うように終わらせる」
「通勤はどうするんですか?」
「凪って手もある」
「凪?」
「そうだ。それに冬香は強いしな。冬香を守っているのはオレの自己満足」
「凪ってなんですか?それと、そんなに強いなら冬香さんに弟子入りしたほうが」
「冬香を店内以外で他の男と2人にするのは許可できない」
ぴしゃりと言い放った師匠。それもそうかと納得するが、ふと疑問が湧き出る。
「もしも、なんですけど。実際に実力行使が成功した時はどうなるんですか?冬香さんの調子が悪いとか、師匠や若月さんがいないタイミングで、力のある襲撃者に遭遇しないとは限りませんよね」
師匠はベランダで水撒きしている冬香さんを見ながら答える。
「ありとあらゆる不幸が重なって、冬香が襲われた場合、襲った相手は行為の最中、ゆるゆると呪われることになる。本人も気がつかないうちにだ。肉体が重なるということは、霊体も重なるだろ?音や振動を共有することで、魂が呪いに侵され始める」
「呪い……」
「深く繋がれば繋がるほど呪われる」
そして、と師匠は言い置いて続けた。
「行為が終わる頃には命尽きているだろうな」
さぁっと血の気が引くような気がした。それと同時に冬香さんが可哀想だと思う。
「冬香さんは……体を許してもいいと思うほど大好きな人ができたら、どうするんですか?」
他人事なのに、やりきれない気分が胸中を覆っていた。
そんな俺を知ってか知らずか、師匠は呑気な口調で答える。
「その大好きな人が呪いに勝てばいいだけの話だ」
巻毛を揺らしながら、ベランダを見ている師匠。だが、その視線は冬香さんではなく、もっと遠くを見ている気がした。
「そんな簡単な話なんですか?」
呆れた顔を見せながら、師匠に問い返す。
しかし師匠はふっと微笑すると、
「簡単だよ、オレならね」
と、そう言った。
かーー!
男前か!
妬ましいほど自信満々の、素晴らしく魅力的な笑み。
なんだこいつ、と声にだして言いたかった。
さっきの視線はなんだったんだ。ちょっと寂しそうとか思ってしまった俺が馬鹿みたいじゃないか。
俺は口を尖らせながら師匠に言った。
「師匠は冬香さんと、どういう関係なんですか?」
「大人の関係」
「呪いは?」
「企業秘密」
「……師匠、童貞ですか?」
いつも以上に強い力で頭を殴られた。
「そう見えんのか?」
「い、いえ……俺のささやかな希望です」
後頭部をさすりながら、涙目で師匠に目を向ける俺の背後から声。
「礼は女性経験多いわよ。詳しい人数は知らないけど、女の敵と言っても過言ではないかもしれないわね」
いつの間にか冬香さんが俺達の背後にいた。
水撒きのために持っていた水差しは、いつの間にか猫のマイカに代わっている。
冬香さんの喉元に擦り寄って甘えているフカフカの頭。どっちも羨ましいのは俺だけじゃなく、きっと師匠も同じに違いない。
「マイカは女性の恨みに敏感だし、怨嗟が纏わりつくほどではなくても、泣いた人も多いんでしょう。本人が恨みを残さないように立ち回っても、人の心は簡単ではないから」
「俺は一途な男だぞ。本命は7年前から冬香だけ」
そう言いながらマイカを撫でようと手を伸ばす師匠。ひっかかれそうになって慌てて腕を引っ込めていた。
ふふ、と笑った冬香さんは何も言わず、ハーブティーを淹れにマイカと共にキッチンへ向かった。
「7年前に冬香さんと出会ったんですか」
「そうだ。今まで見た事ないほど取り憑かれた状態で、なかなか壮絶だったな。立ち会った若月の部下はその場でへたり込んでたし、あれは相当異様だったよ」
「それってどんな状態ですか?」
そうだなぁと呟いて、師匠は遠い目をした。
「体の半分は怨霊と融合してて、肩には別の怨霊が根付いてて、口元は青い干からびた手に見える呪いによって封印されてて、そのせいで唇は見えなかったかな」
え?
なんだその激しい状態は。
思わずぞくっとした。
「普通、怨霊って複数は憑かないだろ?」
「え、そうなんですか?」
でも、言われてみれば1対1の攻防戦を見た気がする。
「普通は1体憑いたら呪い殺されるか、戦い勝って祓うか、だからな」
「複数ってのが異常なんですか?」
「異常だな」
そう呟くように言った師匠。嫌なことでも思い出しのか、眉を寄せて続ける。
「怨霊ってのは魂があるんだ。簡単に言うと、2つの魂が1つの肉体を取り合ってるわけだ」
「そ、そうなんですか?」
まあな、と師匠は言いながら腕を組む。
「魂の器として肉体を見た時、2つだと溢れてしまうから【取り憑く】んだよ」
「どうして肉体が必要なんですか?」
食べなくて良いし、勉強しなくていいし、って事にはならないのかな?
「そりゃ光くん、肉体がないと気持ちいいことできないでしょ。男も女も本能には逆らえない事はしばしばある」
そ、そこですか!
色々想像してしまった。
「ま、燃費悪いんだよ、魂だけじゃね。突き詰めて言うと、そういう事だ。実際、怨霊ってのは人に取り憑いてないと、視界も暗くて狭いんだよ。ま、死んだ事ないし、怨霊になった事ないから、そう言われているって話だけどな」
「視界が狭くて暗いなら、どうやって取り憑く人を見つけるんですか?」
「見える奴ってのは、怨霊からすると輝いて見えるらしい」
え、その輝き消したい。もしかして、そのせいで先輩を巻き込んでしまった?
「消せるぞ、ちゃんと練習すればな。でも……ま、ちょっと上級かもな」
俺の考えが判ったのか、師匠は笑ってそう言った。
「冬香さんは、すっごく輝いていたって事ですか?」
「いや、冬香のは特殊なケースだったから、輝きとはちょっと違うな」
特殊なケース?
自分が今置かれている状況が既に非日常なのに、そこからさらに特殊ケースなんて、理解できるだろうか?
冬香さんは、どうやってその状態から抜け出せたんだろう……?
「取り憑かれている本人が、その怨霊と戦えるんですか?」
「自覚できればな。能力の使い方と同じだよ」
なるほど、自覚かぁ。
絵の中じゃあ、記憶がないし、記憶がないと自覚も何もないもんな。
「じゃあ冬香さんは……自覚なかったってことですか?」
そう聞いた俺に、師匠は首を振って答える。
「自覚はあった。ただ祓うには怨霊の数は多いし、それぞれの力が強すぎた。ゆえに、拮抗状態が続いていたんだ。3体も憑いていたんだし」
「拮抗すると、融合するんですか?」
「力が拮抗している状態なら大丈夫だが、緩みや綻びを見せた瞬間押される。第一歩を踏み出されたら融合を許す事になる。一度でも融合したら剥がすのは相当なリスクを伴う」
「それじゃあ、冬香さんは師匠が助けたんですね!」
そうだなと、師匠は軽い口調で答える。
しかしその口調とは真逆の感情が、ちらりと垣間見えた。二人の間に、何か壮大な物語があるように感じとった俺は、今の問題が解決したらゆっくり聞いてみようと思ったのだった。




