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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
44/81

〜44〜冬香の体質

〜紙呪・続き〜


善意と悪意が交錯し、(たける)は何が正しいのか分からないでいた。古杣(ふるそま)に悩まされる新しく登場した女、それを渡した女とその同僚の男まで絡んでくる。やがて、同僚の男と”はなちるさと”関係者との繋がりが判明し、思わぬ犯人像が見えてきた。

(れい)若月(わかつき)が所属する神宝(しんじゅ)十家門(じっかもん)の話や、安堂寺(あんどうじ)家の内情を少し知ることができた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





ほーっと大きな息を吐き出してゴーグルを外し、師匠を見ながら言った。

「呪いってバリエーションがあって、複雑なんですね。それに師匠の家庭事情が大変そうです。コメントは控えさせていただきますが」

「まあな。そこは忘れてくれるとありがたい」

師匠の苦笑に、俺は天井の方を見ながら指を折る。

「えっと、今回かなり情報多めでしたが、色々整理いいですか?まずは何年前なんでしょうか?」

「7〜8年くらい前じゃないか」

なるほど、と(ひかる)は天井を見ながら指を折る。

「じゃあ次に人物の整理なんですが、佐間(さま)さんと都岡(とおか)さんは部外者。小池先生は当然として、香奈(かな)さんと武さん、(いさご)さんは関係者で間違いないですよね?」

「そうだ」

「主に武さん視点の時なんですが、感情が流れ込んできたのはどうしてですか?」

ああ、と言って師匠がこちらを見る。

「香奈から抽出できた情報から、感情まで再現出来なかったんだろう。若月は感情を漏らさないように制御していたからだな。武はその中間で、制御できないダダ漏れ状態だ」

つまり?と首を傾げた。

「能力の差ってことですか?」

師匠は頷きと共に説明してくれた。

「小池先生と香奈はJ(ジャック)、沙と武はK(キング)だな」

「クイーンはいないんですか?」

「今回はいないが、光の部活顧問がQ(クイーン)だな」

「え?」

部活顧問?

俺の部活の顧問の先生?

「ええ!得満(とくみつ)先生、ここの関係者なんですか」

驚きで一瞬思考が追いつかなかった。

「わりと古株だぞ」

予想外の回答に、他の質問がすべて飛んでしまった。








あんぐり口をあけたまま整った相貌を見ていると、ふいに師匠の背後から冬香(とうか)さんの声がした。

「少し、休憩にしない?お茶とお茶菓子、いかが?」

師匠が振り返ったおかげで冬香さんが半分だけ見えた。紅茶とクッキーだ!

いつの間に来たんだろう?

「と、冬香。いつ、来たんだ?」

珍しく師匠が動揺している。過去に関係のあった女の情報は、やっぱ不味いよね。

「さっきよ。時間がないのは分かるし、知識を深めるのは大切だけど、頭がいっぱいになっちゃうわよ」

冬香さんは優しくそう言うと俺に歩み寄ってきて、華やかな微笑みと一緒にトレーを差し出す。

「ありがとうございます。遠慮なくいただきます!」

クッキーを1つ取るとパクッと頬張った。噛みながらカップも取って、すぐに口を付ける。

「幸せ。バターの香りと紅茶の香りが堪んないです」

「ふふ、よかった」

さりげなくゴーグルを背後に隠す師匠が視界の端で見える。まだ、都合悪いのが出てくるのかな?

それでも、そんな行動が人並みに見えて、少し親しみを覚えた。

ゴーグルを目で追うと、青空が見えている。若月さんも映っているように見えるが、詳細は分からない。

あれは師匠の巻毛かな?

そう思った瞬間、何故か鼓動が大きく跳ねた。

「え?」

俺は左手に持っていたクッキーを落としかけて、慌てて口に放り込む。そのまま胸に手を当てる。特に問題なく動いているので、気のせいだったのかも。

なんの動悸か分からない。師匠を見ると冬香さんからカップを受け取っていた。冬香さんはミルクや砂糖を乗せたトレーごとキッチンの方へ向かい消えた。

今のこれを報告するべきか否か、しばし考える。

「ところで光、体には叩き込めて……どうした、胸に手なんか当てて」

「あ、いや……お、覚えていられるかなぁって」

どう言えばいいのか分からず、思わずそう答えてしまった。

「カシェットの中でオレは記憶失わないからな、感覚がわからないんだが……」

俺は口に出してしまった内容に便乗する事にして、さっきの動悸は忘れることにした。

「師匠の事を思い出したいって思う事は多いんです。怨霊に襲われてる時とか特に」

「邪魔が入るそうだな」

「あ、やっぱりみんなそうなんですね」

う〜ん、と唸って考えながら、紅茶を飲み干した。

「なんて言うんですかね、感覚的には師匠より冬香さんの方が、先に思い出せそうだったんですよ。それに逆らって頑張って師匠を思い出してるって感じで。師匠との時間の方が長いじゃないですか。なのに冬香さんがふっと前に出ようとする。出来事っていうより、存在そのものが出てくるみたいな。それって呪いのせいですか?」

「まあ、そうだな。本能に働きかけるタイプの呪いだし」

「本能、ですか……?」

小さく首を捻って見上げると、ゆっくり頷く師匠。

「ま、そっちの方が思い出せそうなら、そこに集中すべきだな。連動してオレや祓い方を思い出すかもしれないし」

そっか。

感情に従ってよかったんだ。

でも邪魔が入るんだよな。この会話も忘れているだろうし、どうしたものか。

頭を捻っていると、師匠からふぅっとため息がこぼれた。

「教えるの嫌なんだが、仕方ない。冬香の『馥郁(ふくいく)たる色香』ってやつを思い出すといい」

ふくいくたるいろか?

えっと?

俺がさらに頭を捻っていると、師匠がベランダに出ようとした冬香さんに声をかける。

「冬香」

水差しを持って窓に手をかけた冬香さん。振り返る時の伏目からぱっちり瞳が開く様子は、まるでスローモーションのように見えた。

「なあに?」

そう言って笑みと共に首を少しだけ傾けたその瞬間、ふわりと芳醇な香りがあたりに立ち込めたような気がした。

やだ、かわいいのにセクシー。

「はあぁ……たまらん」

「声に出すな」

そう言って師匠は俺の後頭部を殴った。

「どうしたの?」

「あぁ、ごめんごめん。気のせいだった。なんでもない」

頭を押さえている俺を無視して、師匠は冬香さんに手を振った。

冬香さんから小さな笑みが漏れる。

「ふふ、植物たちにお水あげたら、二人にも摘みたてのハーブを使ったお茶を入れるわね。もう紅茶は飲んじゃったでしょう?」

「ふおぉお……」

ハーブと言うワードで、だろうか。また、強烈な香りにくらりと来た。

「だから、声に出すな」

溜息と共に言った師匠から、追加のゲンコツを後頭部に頂戴した。

でもふわふわした俺には痛みなどない。

「冬香に包まれたような気がしただろ?その香りに酔ったって感じで」

「はい…………夢見心地で……」

まだふわふわしている。

「光、チェリーちゃんだからな。効きが良すぎる」

な、なんてことを言うんですか、師匠!

ふわふわからの急降下に項垂れていると、師匠は少し真面目な顔で説明してくれた。

「あれはな、呪いなんだ。その身に封じ込めた呪いが漏れ出て、男を寄せ付ける香りになる。実際に嗅覚が働いてるんじゃなくて、錯覚のようなものなんだが」

さっきのが錯覚?

「香り程度で済んでるんだから、ラッキーだよ。7年前なら敏感な奴は日中の路上だろうが冬香を襲っていたからな。効果範囲も広かったし」

え、なにそのエグい話。めちゃくちゃ怖いじゃんか。

「7年前って冬香さんいくつですか?」

今の年齢も知らないけど。

「かなり若いですよね?」

「当時は14だったな。大人びて見えていたから、外見年齢は20歳前後に見えていたけど」

14……って事は今21か。

「男のほうにしたって突然道端でムラッときて、衝動的に女を襲うなんて洒落にならんだろ?」

「た、確かに」

襲われるほうも恐怖だが、それが自分で制御できないとなると襲うほうも恐怖だ。

でも、なんとなくだけど、感覚はわかる。

俺は『ほわん』となって幸せな気分になっただけだったけど、しばらく冬香さんから目を離せなかったし。

手に入れたいとか考え始めたら、実力行使にでるかもしれない。なんか、理性みたいなモノが飛びそうな感じだったから。

「光は一度絵の中に入って色々経験しただろう?怨霊を具現化した世界を体験した。その状態は呪われているのと大差ないからな」

だから多少の耐性が出来たと、師匠は教えてくれた。

「今の冬香さんの状態で、こちら側の耐性がないとどうなるんですか?」

師匠は嫌な事を思い出したような苦い顔をした。

「よくてただの一目惚れ。もうちょっといくと熱量高めのナンパ。悪ければストーカー程度だな」

「程度って、ストーカーですよ!犯罪ですよ?」

「昔と比べて可愛くなったよな」

よなと言われても俺は知らないし同感とも言えない!

「ストーカー行為がかわいいんですか?」

「だから、昔と比べればな。いきなり実力行使のやつもいたからな。すれ違うと思った男が突然襲おうとしたり、ナンパのように話しかけたと思ったら、路地に引き摺り込んで押し倒そうとしたりとか」

そんなの、見ただけでもきっと引くのに、体験している冬香さんはどれだけ傷ついてきたんだろう。

そう思うと同時に、湧き出る疑問。

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