~43~光の修行初級2から中級
〜傀〜
霊なのか、幻覚幻聴なのか。
診療内科で統合失調症と言われた中学2年生の少年は、同じ視界を持つ青年と出会う。霊体には白いモノと黒いモノがあって、少年は幻覚だと思い悩んでいたが、出会った青年から病気ではないと言わた。少し心が軽くなった少年は偶然にも礼とすれ違い、その際に怨霊に取り憑かれている事を告げられる。
自覚したことで怨霊の姿が見えるようになった少年は、そのせいで殺人を犯した人に気がついてしまう。危ないところを若月に救われた少年は、黒い霊体と白い霊体の違いについて教わる。
そして怨霊を若月に取ってもらった。
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物語の最後に、主人公が玄関の扉を開く。そこで画面が消えた。
今回学習したのは、主に黒い”傀”と呼ばれる奴と怨霊についてだ。
怨霊ほどではないけど、黒いやつも十分注意しないといけない事が分かった。
本当に見えているのか、精神疾患なのかって主人公の少年は悩んでいたが、俺にはもっと気になる事がある。
「まさかの、岳斗先輩」
この物語の主人公は、雅楽部3年の岳斗先輩だった。
「しかも中2か中3ですよね?ってことは今から4年くらい前か。師匠、前から岳斗先輩の事、知ってたんですか?」
師匠は少し上を見て首を傾げる。
「さあ、岳斗って名前は記憶ないけど」
「通りすがりみたいだったし、それもそうか……このカードは部活の先輩の記憶でした。それにしても」
俺はそう言って、確認するように師匠の目をじっと見た。さっきの映像で見るよりもずっと柔らかい雰囲気だ。
「師匠、今より、人間味がなくて作り物みたいですね。怨霊級に美形ですけど」
師匠は俺をしばし見つめてから、首を軽く捻った。
「それは褒められているんだよな?」
「もちろんです!でもちょっと雰囲気違って、かなり尖ってますね」
「冬香と出会う前だからな」
「冬香さんと出会って、丸くなったんですか?」
「ま、そんなトコだ」
うわぁ、冬香さんありがとうございます!
あの雰囲気の師匠と出会ってたら、きっとビビって口もきけない。
「それにしても、岳斗先輩がここの関係者だったなんて。あれ?じゃあもしかして部長も?」
「さあな。オレは若月の雇ってる全員を知っている訳じゃないし。光だって制服着てなかったら声をかけていなかったかもな。それよりも次、行くか?」
「はい!次も見てめきめき成長したいと思います!」
「ん、頑張れ。初級3な」
師匠が次のカードを引いた。
俺は慌ててゴーグルを装着する。
***
〜怨霊〜
怨霊が見える青年の話。
最初に取り憑かれたのは青年の母だった。
怨霊が精神に及ぼす影響はひどいモノで、母はどんどん変わっていった。
思い悩むも、それをどうする事もできない青年は、見える目を呪う。
怨霊のせいで母と友人を亡くした青年は、徐々に心を病んでいく。見えるものすべてが不快で、目を潰してしまおうと思い詰める。
しかし決行場所に”はなちるさと”の近くを選んだ為に、若月と出会う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ずっと、ずうっと辛い事の連続だった物語がようやく終わり、俺はゴーグルを外して涙を拭った。
怨霊がどうやって人に取り憑き、どうやって性格を変えて行くのか。その典型例のような物語だと師匠は言う。
そして今回の物語の中には、若月さんのお姉さんが登場していた。
「よかった。よかったです。最後くらいは報われて」
ずずっと鼻を啜る。
「そして月花さん、美人ですね。師匠も会った事あります?」
師匠はそんな俺にティッシュをくれた。見上げるその首は横に振られている。
「若月は姉妹多いし、見かけた事があるかもしれないが、顔と名前が一致しない。それよりも、怨霊についてはなんとなく分かったか」
「はい!今にして思えば、最初の大倭さんと将生さんの時に出てきた、教室に現れて早く帰れって言ってたのも怨霊だったんですね。なんだか今回は見え方が違うので、より肌で体感したみたいです。怨霊の纏っている雰囲気が分かったというか、空気感を理解したというか……」
どう表現して良いのか分からなくて続きを言えないでいた俺に、師匠が小さく首を上下に振りながら問うてくる。
「どう違った?」
「前までは、映画を見ているみたいな視界だったんですけど、今回は、まるでその人の視界のようと言うか、自分がその人になったようなリアルな感じでした。物に触る感じとか、肌に感じる怨霊の嫌な感触とか」
なるほど、と巻毛を揺らして師匠は頷く。
「能力の差だな。前の2人はJだろ。今回はQから得た抽出物だから、追体験の精度が高い」
ジャックにクイーン……。
察するに、ジャックよりクイーンがレベル上なんだな。キングもその内出てきたりして。
「そうなんですね。でも、そのせいで顔が思い出せません。なんか、自分が動いていたような感じだったので、前の顔が思い出せないっていうか、そんな感覚です」
「気になるなら、今度若月に誰の記憶か聞いてみるといい。次、行くか?話が少し重めだったから、休憩挟むか?」
俺はティッシュで鼻をかみ、ゴーグルを装着した。
「まだ行けます!」
「よし、じゃあ次のカードだな。喜べ、やっと中級だぞ」
ゴーグルを嵌めたまま大きく頷く。
そして、新たな物語を受け入れる体制に入った。
まさか師匠の濡れ場を見る事になるとは知らずに。
***
〜紙呪〜
”はなちるさと”に届く紙を媒介した呪い。従業員の”大波 武”は礼や若月と共に騒動に巻き込まれて行く。やがて呪いから派生した事件は、古杣と呼ばれる怨霊の排除へと発展する。怨霊に悩まされていた依頼者の香奈は礼に惹かれ、武は香奈に惹かれていく。
一行は香奈の自宅で古杣を発見し、排除に動くが……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
にやけてはいけないにやけてはいけないにやけてなどいない。
「ちょっと待った」
いいところで、突然ゴーグルを外された。師匠の手に移ったゴーグルの内側に見えている映像には、肩を肌けた女。
「あぁ、これからって時に!」
「怪しいと思ったんだよ、あのカード」
ゴーグルを見ながら、大きなため息を漏らす師匠。
「それよりも師匠、それ、まだ続いていますよね」
「あの後、ネックレスの先についているピンクの石を破壊して、呪いは終了。めでたし、めでたしって話だ」
思わず立ち上がってゴーグルに手を伸ばしながら、叫ぶようにして言った。
「なんで隠すんですか!」
「光にはまだ早……いや、何もなかったって事で見なくてもよろしい」
腕を天に掲げた師匠は、俺の顔を押し下げながら言う。
「何もないなら見てもいいじゃないですか」
「いや、オレの濡れ場見ても楽しくないだろう」
「何もかもあるじゃないですか!そっちの教育にもなるから見せてくださいよ」
刹那の沈黙。ゴーグルを覗いていた師匠は、見下ろすように俺に視線を向けると小さく言った。
「……冬香には言わないように」
「い、言いませんよ、そんな事。都合悪いなら、なんで見せたんですか」
憮然とした師匠の表情から、想定外だった事を悟る。
「迂闊だったよ、オレから採ったのはここから随分先のやつだから、てっきり武から抽出したもんだと思ってた。香奈から抽出……いや、色んな奴から抽出して混ぜたのか……ひょっとして若月の記憶も……いや、まさかあいつのも……」
ぶつぶつ言う師匠。だけど俺は別のことが気になった。
「え、香奈さんってここの人なんですか?」
「まあな。会っても変な顔するなよ?」
「が、頑張ります……」
自信がなくて目を逸らしながら答えた。その隙にゴーグルを確認している師匠を見て、思わず口を開いた。
「それにしても」
俺の呟きに、こちらに戻ってくる相貌を見ながら続ける。
「師匠、話し方というか雰囲気、やっぱり違いますね。言葉は粗暴って言うか、尖ってますし、ちょっと怖いです」
「そうか?まぁ、若かったんだよ」
「年齢の問題ですか?……18のくせにやたら大人っぽいし。なんか今まで見てきたの全部なんですけど、笑ってませんよね、師匠。あれってわざとですか?」
「いーや、無意識。でもまぁ、愛想笑いくらいは出来たぞ」
愛想笑いくらい覚えろと、映像の中で言われていた気がするのだが。
「……俺は今の師匠でよかったです」
追体験とは言え、この人に向かい合って睨まれたら怖いに決まってる。
彫刻のような顔立ちのせいか無機質に感じることもあり、じっと見られるとドキドキなのかヒヤヒヤなのか分からない感情が芽生えるのだ。
「師匠、相手を観察しているだけで怖がられた事ありませんか?」
そう問うと腕を組んだ師匠は頷き答える。
「よくある」
「あ、もしかして、視界を調整する力のせいですか?」
「どうだろうな。多少は影響あるだろうが、他人の感情の機微なんざ、理解しようがない。だから分からないな、実際何を感じとっているかなんて」
この言い方。
理解する気はあるんだろうか。
「……ちなみに香奈さんは師匠より年上ですか?」
「武と同じ年だったような……よく覚えてない」
興味なさそ〜。
過去の香奈さんに同情するよ、まったく。
「まぁ、それはいいとして、結局呪いってなんだったんですか?解呪方法とかいまいちよく分からなかったんですけど」
気持ちを切り替えるように問いかけた。
「解呪方法は多岐にわたるから、これが呪いでこれが解決法だって言い辛いモノだな。この続きはその一例でしかないし」
「続き、見せてください」
じっとゴーグルの内側を見ている師匠。俺の距離からは端の方しか見えない。
人肌が触れ合っているように見えるのだが、詳細がわからなくてモヤモヤする。
だがそれ以前に……。
「尖ってても怖くてもモテるなんて、理不尽」
ぽそっと無意識に口から出た言葉。
「何か言ったか?」
「いえ!なにも言ってません!」
慌てて首を左右に振り、またゴーグルの内側を覗く様に見たが、今度は何も見えなかった。
(全カットかぁ。ま、でもこれ見たら、見る目変わっちゃうかも?)
少しの悔しさと、少しの安堵が入り混じった複雑な心境だ。
「よし、この辺りからなら見てもいいか」
師匠がそう呟いてゴーグルを返してくれた。
「もう途中で取り上げないでくださいよ」
「善処する」
疑わしげな視線は装着したゴーグルによって隠された。
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