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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
36/81

〜36〜怨霊さん、いらっしゃーい

正気を取り戻した鷲木(わしき)さんの運転で、見知らぬ土地の山奥に入っていく。

青ざめていた未桜(みお)さんは別行動なので、大丈夫だったのか運転席の鷲木さんに確認すると、落ち着いたので大丈夫だと返ってきた。そう言うなら、まあ大丈夫なんだろうな。

「で、ここ、どこなんですか」

街灯が少なく、車のライトだけでは心もとないほど暗い山道を走っている。さすがに不安になってきてそう尋ねた俺に、助手席から師匠の呑気な声。

「察するに、関西で有名な心霊スポットだろうな。今から光に面白いものを見せてあげよう」

面白いもの……?

「疑いの眼差しを感じるな」

振り返りもせずに言い当てた師匠。そこに鷲木さんの声。

「礼さん、近づいてきました」

街灯は極端に少なく、山道だと言う事以外は何も情報がなかった。道路標識のようなものも、しばらく見ていない。

「心霊スポットにはさ、ちょと強めの奴がいるんだよ。あいつら、合わせにくるからさ」

「強めって、どういう意味ですか?合わせるって何を?」

「ま、見てのお楽しみ」

そう言うと一つ頷き、得意気に俺を見る師匠。

意味がわからないし不安しかない。

「着きました。降りましょう」

鷲木さんに言われて車を降りる。

世界って、こんなに暗い事ある?ってくらい、何も見えない世界が広がっていた。

体内巡(たいないめぐ)りほどではないにしても、暗くて足元が不安だ。

「街灯って凄いんですね」

辛うじて見える師匠に向かって、(つぶや)くようにして言った。

「うん、好都合だな」

そろそろ教えてくれないかな。そして何が好都合なんだ?

「あ、ほら来た来た」

聞くタイミングを逃した。先に師匠が前方を指差して言う。

何が来たと言うのか。

「ひっ!」

思わず出た声。

顔が半分崩れた血みどろの男。振り上げられた腕は肘から先がなく、骨だけが青白く見えていた。

男の背後には、長髪で顔が()れた血みどろの女性らしき人。

その二人がこちらに腕を伸ばしてくる。


嫌だ!


俺は本能に従って後退した。暗いのでジリジリと足元を確認しながら()がるしかないが。

ぎゅっと目を閉じてしまったが、それも恐ろしくなってすぐに開く。

「あ、あれ?」

目の前はただの暗闇が広がっており、血みどろの男女は消えていた。

「なんだったんだ、あれ」

「あれ?(ひかる)見えてないか?」

「え?まだいるんですか」

「いるも何も、もう光に……」

グイッと引っ張られる感覚と共に、師匠の『腕が絡んでる』と言う声が同時に聞こえた。

そのまま引きずられるようにして、体が移動を始めている。

「崖に連れていかれるぞ〜」

師匠の呑気な声。俺はその場で踏ん張るため、前のめりになって叫ぶ。

「た、助けてください!何が俺を引っ張ってるんですか!」

「チューニングと一緒だよ」

チューニング?

力に逆らっているためか、首が締め付けられて苦しい。

「まず、見るためにチューニングする。見えたら後は感覚でなんとかしてみな」

すでに暗闇の向こうにいる師匠は、俺から見えない。声だけが暗闇に響いている。

「チューニング、チューニング……」

ポーン…………

暗闇に響く音叉(おんさ)の音。

残響が耳に(くすぶ)る。

ふっと、首に絡まっている腕が見えた。

両手で巻きつくように絡まる腕は、片側の肉付が肘までだ。そこに隙間を見つけて、自分の手を差し込んで力を入れる。すると腕が動いたので、そのままの勢いでベリっと外す。

外れた直後、腕を逃れて音叉の方へ飛んだ。

どんっと何かにぶつかり、慌てて確認する。

「見えたな」

見上げると巻毛が揺れて、満足げな笑顔が俺に向かっていた。師匠がキャッチしてくれたようだ。

(はら)えるか?」

「ど、どうやって」

師匠から体を離して聞く。

「音はどこに消えた?」

は?

問答か何か?

「音叉の残響はどこへ吸い込まれた?」

音叉の残響……

「えっと、耳の奥?」

「その先だな」

ポーン……

また音叉だ。師匠は何もしていないので、鷲木さんだろうか。

耳の奥に吸い込まれた音は、喉の背後を通り過ぎ、背中を過ぎ、前に移動するように腹へ到達したような……しなかったような?

「光はさ、腹だろ?」

「な、なんでわかったんですか」

「オレだから、かな。まあ、いきなりは無理か。見本が必要だな」

師匠が俺の前に立つ。さっきの男女は俺を追ってきたのか、再び近寄っている。

「こんな風にさ」

そう言って、師匠は俺に右手を見せる。

その右手で拳を作るとすぐ、深く青い揺らめきが立ち登るようにして現れた。

青い揺らめきは徐々に大きくなり、辺りを照らす光源のようだ。

「目を逸らさず、きちんと見ておくように」

背後の俺にチラリと目を向けて言う師匠。俺の頷きと同時に師匠の手を離れた青い揺らめきは、血みどろの男女に向かう。

「当たった!」

俺がそう叫んだ直後、男女は蒸発するように掻き消えた。

え!どういう現象?

「なんて名前の必殺技なんですか!?」

「名前?そんなものないけど……これ見て最初に出てきた質問がそれか?」

「かっこいいじゃないですか」

「あそ。じゃ、光が適当につけていいよ」

やったね!

そんな興奮気味の俺に対し、鷲木さんは物静かに佇んでいるだけだ。しかしあっけに取られた様な声で、師匠に感想を伝えている。

「初めて見ました。2体同時とは。礼さん、存じておりましたが、改めて凄いですね……」

口調からするとかなり驚いているらしい。

「菟もできるって」

「いえ、わたしなど、まだまだです。力を飛ばす事すらできませんし」

「カシェットの中でも?」

「それも1度成功しただけです」

「なら大丈夫だろ。そのうち、できるようになる。イメージもできなきゃどうしようもないからな」

よく分からない2人の会話を聞いていると、師匠がこちらを見て言った。

「これ、次の現場で再現な」

「え?」

「え、じゃなくて。女の子の口説き方から、怨霊の祓い方まで見本付きで教えます!」

そう言って、師匠はさっきの怨霊と同じ位置に腕を絡めてきた。

「光は俺の唯一の弟子だからな」

そう言って俺の顔を覗き込み、にっと笑った。

巻毛が揺れて眉間にかかり、その笑顔を演出する。

色々、意味不明の事を言われているが、選択肢が他にはないような気がした。

「じゃ、次、行こっか」

「まだあるんですか?」

「まだある?」

俺に腕を絡めたまま、師匠は鷲木さんに聞いている。

「青ポイントでしたら、近くにもう1件ございます。それとも、赤になさいますか?」

問われた師匠は、俺からようやく腕を外す。自分の顎に手を当ててしばし考え、首を横に振って答えた。

「いや、青にしておこう。これ以上シランス増やしても、若月が対応できないだろうし、光もバリエーションありすぎると解らないだろうし。まだどれも点滅してないだろ?」

「はい。では移動いたしましょう。大阪方面ですし好都合ですね」

大阪方面と聞いた俺は、これが夜通し続く事をようやく理解し、それと同時に覚悟した。

それでも、朝にはホテルに戻れるのだと思って、鷲木さんに頭を下げてお礼を言う。

「ありがとうございます」

送ってくれて、ありがとうという意味だった。

ホテルに戻ったら、先生になんて言おう。

先輩がいなくても演奏できるだろうか。いや、そもそも、なんて言ったら状況を理解してもらえるだろう。

師匠は、一緒に説明してくれるかな……。

そんな感じに一生懸命言い訳を考えていた。

言い訳などする時間がないことを、この時の俺は思いつきもしなかったから。

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