〜36〜怨霊さん、いらっしゃーい
正気を取り戻した鷲木さんの運転で、見知らぬ土地の山奥に入っていく。
青ざめていた未桜さんは別行動なので、大丈夫だったのか運転席の鷲木さんに確認すると、落ち着いたので大丈夫だと返ってきた。そう言うなら、まあ大丈夫なんだろうな。
「で、ここ、どこなんですか」
街灯が少なく、車のライトだけでは心もとないほど暗い山道を走っている。さすがに不安になってきてそう尋ねた俺に、助手席から師匠の呑気な声。
「察するに、関西で有名な心霊スポットだろうな。今から光に面白いものを見せてあげよう」
面白いもの……?
「疑いの眼差しを感じるな」
振り返りもせずに言い当てた師匠。そこに鷲木さんの声。
「礼さん、近づいてきました」
街灯は極端に少なく、山道だと言う事以外は何も情報がなかった。道路標識のようなものも、しばらく見ていない。
「心霊スポットにはさ、ちょと強めの奴がいるんだよ。あいつら、合わせにくるからさ」
「強めって、どういう意味ですか?合わせるって何を?」
「ま、見てのお楽しみ」
そう言うと一つ頷き、得意気に俺を見る師匠。
意味がわからないし不安しかない。
「着きました。降りましょう」
鷲木さんに言われて車を降りる。
世界って、こんなに暗い事ある?ってくらい、何も見えない世界が広がっていた。
体内巡りほどではないにしても、暗くて足元が不安だ。
「街灯って凄いんですね」
辛うじて見える師匠に向かって、呟くようにして言った。
「うん、好都合だな」
そろそろ教えてくれないかな。そして何が好都合なんだ?
「あ、ほら来た来た」
聞くタイミングを逃した。先に師匠が前方を指差して言う。
何が来たと言うのか。
「ひっ!」
思わず出た声。
顔が半分崩れた血みどろの男。振り上げられた腕は肘から先がなく、骨だけが青白く見えていた。
男の背後には、長髪で顔が腫れた血みどろの女性らしき人。
その二人がこちらに腕を伸ばしてくる。
嫌だ!
俺は本能に従って後退した。暗いのでジリジリと足元を確認しながら下がるしかないが。
ぎゅっと目を閉じてしまったが、それも恐ろしくなってすぐに開く。
「あ、あれ?」
目の前はただの暗闇が広がっており、血みどろの男女は消えていた。
「なんだったんだ、あれ」
「あれ?光見えてないか?」
「え?まだいるんですか」
「いるも何も、もう光に……」
グイッと引っ張られる感覚と共に、師匠の『腕が絡んでる』と言う声が同時に聞こえた。
そのまま引きずられるようにして、体が移動を始めている。
「崖に連れていかれるぞ〜」
師匠の呑気な声。俺はその場で踏ん張るため、前のめりになって叫ぶ。
「た、助けてください!何が俺を引っ張ってるんですか!」
「チューニングと一緒だよ」
チューニング?
力に逆らっているためか、首が締め付けられて苦しい。
「まず、見るためにチューニングする。見えたら後は感覚でなんとかしてみな」
すでに暗闇の向こうにいる師匠は、俺から見えない。声だけが暗闇に響いている。
「チューニング、チューニング……」
ポーン…………
暗闇に響く音叉の音。
残響が耳に燻る。
ふっと、首に絡まっている腕が見えた。
両手で巻きつくように絡まる腕は、片側の肉付が肘までだ。そこに隙間を見つけて、自分の手を差し込んで力を入れる。すると腕が動いたので、そのままの勢いでベリっと外す。
外れた直後、腕を逃れて音叉の方へ飛んだ。
どんっと何かにぶつかり、慌てて確認する。
「見えたな」
見上げると巻毛が揺れて、満足げな笑顔が俺に向かっていた。師匠がキャッチしてくれたようだ。
「祓えるか?」
「ど、どうやって」
師匠から体を離して聞く。
「音はどこに消えた?」
は?
問答か何か?
「音叉の残響はどこへ吸い込まれた?」
音叉の残響……
「えっと、耳の奥?」
「その先だな」
ポーン……
また音叉だ。師匠は何もしていないので、鷲木さんだろうか。
耳の奥に吸い込まれた音は、喉の背後を通り過ぎ、背中を過ぎ、前に移動するように腹へ到達したような……しなかったような?
「光はさ、腹だろ?」
「な、なんでわかったんですか」
「オレだから、かな。まあ、いきなりは無理か。見本が必要だな」
師匠が俺の前に立つ。さっきの男女は俺を追ってきたのか、再び近寄っている。
「こんな風にさ」
そう言って、師匠は俺に右手を見せる。
その右手で拳を作るとすぐ、深く青い揺らめきが立ち登るようにして現れた。
青い揺らめきは徐々に大きくなり、辺りを照らす光源のようだ。
「目を逸らさず、きちんと見ておくように」
背後の俺にチラリと目を向けて言う師匠。俺の頷きと同時に師匠の手を離れた青い揺らめきは、血みどろの男女に向かう。
「当たった!」
俺がそう叫んだ直後、男女は蒸発するように掻き消えた。
え!どういう現象?
「なんて名前の必殺技なんですか!?」
「名前?そんなものないけど……これ見て最初に出てきた質問がそれか?」
「かっこいいじゃないですか」
「あそ。じゃ、光が適当につけていいよ」
やったね!
そんな興奮気味の俺に対し、鷲木さんは物静かに佇んでいるだけだ。しかしあっけに取られた様な声で、師匠に感想を伝えている。
「初めて見ました。2体同時とは。礼さん、存じておりましたが、改めて凄いですね……」
口調からするとかなり驚いているらしい。
「菟もできるって」
「いえ、わたしなど、まだまだです。力を飛ばす事すらできませんし」
「カシェットの中でも?」
「それも1度成功しただけです」
「なら大丈夫だろ。そのうち、できるようになる。イメージもできなきゃどうしようもないからな」
よく分からない2人の会話を聞いていると、師匠がこちらを見て言った。
「これ、次の現場で再現な」
「え?」
「え、じゃなくて。女の子の口説き方から、怨霊の祓い方まで見本付きで教えます!」
そう言って、師匠はさっきの怨霊と同じ位置に腕を絡めてきた。
「光は俺の唯一の弟子だからな」
そう言って俺の顔を覗き込み、にっと笑った。
巻毛が揺れて眉間にかかり、その笑顔を演出する。
色々、意味不明の事を言われているが、選択肢が他にはないような気がした。
「じゃ、次、行こっか」
「まだあるんですか?」
「まだある?」
俺に腕を絡めたまま、師匠は鷲木さんに聞いている。
「青ポイントでしたら、近くにもう1件ございます。それとも、赤になさいますか?」
問われた師匠は、俺からようやく腕を外す。自分の顎に手を当ててしばし考え、首を横に振って答えた。
「いや、青にしておこう。これ以上シランス増やしても、若月が対応できないだろうし、光もバリエーションありすぎると解らないだろうし。まだどれも点滅してないだろ?」
「はい。では移動いたしましょう。大阪方面ですし好都合ですね」
大阪方面と聞いた俺は、これが夜通し続く事をようやく理解し、それと同時に覚悟した。
それでも、朝にはホテルに戻れるのだと思って、鷲木さんに頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございます」
送ってくれて、ありがとうという意味だった。
ホテルに戻ったら、先生になんて言おう。
先輩がいなくても演奏できるだろうか。いや、そもそも、なんて言ったら状況を理解してもらえるだろう。
師匠は、一緒に説明してくれるかな……。
そんな感じに一生懸命言い訳を考えていた。
言い訳などする時間がないことを、この時の俺は思いつきもしなかったから。




