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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
35/81

〜35〜弟子入り

「戻りました」

トイレから個室に戻った俺は、優雅にワインを飲んでいる安堂寺(あんどうじ)さんに、さっきの事を聞こうか、やめようか迷っていた。

「ん?」

そんな俺を安堂寺さんはまじまじと見て、ぽつりと呟くように聞いてくる。

「光、もしかして見てしまったのか?」

戻ってくる時、2人はまだ濃厚なシーンを継続していたが、白い手みたいな物は見えなかった。

だから、安堂寺さんの質問が、どっちの意味かわからない。

「キスしてました」

絶対に幻覚ではない方だけ、報告することにした。

「その顔……免疫ないんだな、本当に」

どんな顔をしてるってんだろ。

「くっ、そんなことは……」

平常心を保っているつもりの俺は、無意識で拳を握り込んでいた。

「そんなんじゃ、女にモテないぞ」

「好きな人に振り向いてもらえれば、別にモテなくてもいいです」

かっこよく決めたつもりだったが、安堂寺さんはその綺麗な顔を歪めて(なげ)く。

「うわ、モテないやつの言い訳でよく聞く、それ。モテないって事はさ、本命にも振り向いてもらえない確率が高いって事だぞ」

「え?」

ナンデスッテ……?

「そりゃそうだろう。魅力がないって事だし、恋人が誰からも相手されないヤツなんて、嫌じゃないか?」

それはそうだけど。

「モテないって事は、異性として意識した女の子とあまり話さないって事だし、リードもした事がないって事だろ?男がリードしないのって、ちょっと女の子は不安になるんじゃないか?」

う、た、確かに。

「それも一つの個性だけどな、やっぱり先に行動するのは男の方が喜ばれるもんだぞ」

それもそうですね!

「どうやったらモテますか!」

「う〜ん、わかりやすくてかわいいヤツ。よしよし、お兄さんが優しく伝授してあげよう」

絶対にモテそうな面構えと態度。この人になら色々教わりたい。さっきも弟子って言ってたし。

「よろしくお願いします、師匠!」

「うんうん。ところで……(うさぎ)のキスシーンってさ、制服洗う前に見た?それとも後?」

「前も後も見ました。白い手、とかも見た気が……」

この人が今から俺の師匠になるんだと思うと、なんとなくさっきの事も聞いてもらえるかもしれないと思い、見たそのままを口に出した。

自信ないままだったが、言って良かったのかも。

なぜなら、ワイングラスを即座に置いた安堂寺さんは、真顔で立ち上り、素早く扉に向かったからだ。

も、も、もしかして、やばい状況?

俺は慌ててその後を追った。

安堂寺さんは走ってこそいないものの、かなりの早さで2人のところへ向かっている。足が長いからかな、俺よりずっと進むのが早い。

置いていかれないよう、ほとんど走るようにしてその後を追う。追いついた時、安堂寺さんは白い塊の頭上で何かを掴むようにしていた。

宙を掴んだ手が小刻みに震えている。何かを鷲掴みにしているような手だが、俺には何も見えない。

そしてその白い塊はさっきまで2人がキスしていた場所だ。2人分くらいの大きさだから、あの中にきっといる。うねうねと動く白い塊は、よく見ると無数の腕だった。

海神(わだつみ)よ……」

小さい安堂寺さんの呟きが聞こえてきた。ぶつぶつ言っているので言葉までは聞き取れない。

やがて声が途切れ、安堂寺さんがぐっと力を入れたように見えた。

「少し痛いぞ」

ばりっと音がしそうな動作だった。

といっても、俺には何も聞こえなかったが、空中で引き剥がしたような動作の後、白い無数の手が収束し、鷲木(わしき)さんと未桜(みお)さんが床に崩れ落ちた。白い手は未桜さんの背中に引っ込んでいくように見えて、思わずぞくっとしてしまった。

「お前は未桜に甘すぎ」

(たしな)めるようにそう言った安堂寺さ……、いや、師匠は、今度は未桜さんに向かって警告する。

「制御できない様なら結婚なんて無理だぞ」

恍惚とした表情で座り込み、ダラリとしている鷲木さんと、青ざめて両手で自分を抱えている未桜さん。

「暴走するなんて、どうして……?境界が、境界が消えてしまった。まるで訓練を受ける前に戻ったみたいに」

青い顔の未桜さんが、師匠にそう訴えている。

「きっかけはなかったのか」

未桜さんは自分を抱きしめたままぎゅっと小さくなり、首を左右に振った。

「分からない……突然暴走して……」

震えながらも、未桜さんはさっきの状態に至るまでを話してくれた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「このシランスには、少女が閉じ込められているようです。オーナーの元まで届ける役を、引き受けてくださいますか」

未桜は答えるまでに手をだして、青い小箱を受け取りながら言った。

「もちろんよ。でもいいの?」

下から見上げるようにして聞く未桜に、鷲木は小さく首を傾げた。

「はい。こちらは礼さんの補佐で動きます」

シランスを近くにある花瓶を置く台座に載せると、寂しげに溢す未桜。

「……そう、なら帰りは朝ね。明日も忙しいんでしょう?」

「1案件だけです。夕刻からなので、同じタイミングで眠れると思います」

ぱっと表情を明るくした未桜は、鷲木に顔を向けた。

「本当?」

「はい。だから”はなちるさと”で待っていてください」

「嬉しい!」

飛びつくように腕を回した未桜。抱き止めた鷲木も力を込めて、その体を包み込んだ。

「おや?」

訝しげな声に、未桜は鷲木の胸元で顔を上げる。

「どうしたの?」

「何か、不思議な気配が……」

少し体を離して未桜を見る鷲木。観察されている未桜はしばらくじっとしていたが、ややして焦れたように腕を伸ばす。鷲木の首に腕を絡めると、そっと唇を寄せていった。

気配を探っていた鷲木も拒否はせず、婚約者の口付けを受け入れる。

唇が重なったその瞬間、ぞわりと懐かしい感覚が2人を包んだ。


その出会いが、忌まわしい記憶が、瞬時に蘇った。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「冬香さんがくれた、桜の祝福が消えたの」

目に涙を浮かべた未桜さんが、師匠へ必死の形相で訴えている。

「きっかけは?」

「分からない、分からないの」

取り乱した様子の未桜さんは、青い顔のまま涙を零す。

そんな未桜さんをそのままにして、師匠は鷲木さんの元へ移動した。

何がどうなっているんだ?

「おい、しっかりしろ」

鷲木さんは頬を強めに叩かれている。

「うっ」

ブルブルっと頭を振った鷲木さんは、未桜さんと師匠を交互に見る。

自分の置かれた状況がわかったのか、慌ててその場で正座をして頭を下げた。

「ご迷惑を」

「光が未桜の呪いを見てなかったら、オレも助けに来れなかった」

師匠がそう言って、後ろの俺を親指でさす。

それを見た鷲木さんは、俺にも頭を下げる。

「光さんにも、感謝を」

「えっと、あの……いや、俺は何もしてません。きっと、俺を向かわせたのも、師匠の采配なんだと思います」

俺はそう言って照れ隠しに横を向いた。

「師匠……?」

不思議そうな声で顔を戻したが、鷲木さんはすでに俺の方を見ていなかった。

「弟子を取られたのですね」

師匠にそう言っている。

「ま、かわいい弟子が欲しかったんだよ」

「それは……そうですか」

鷲木さんはそう呟くと、俺の方を向いて折り目正しく言う。

「おめでとうございます。正直、羨ましいです。光くんが」

え?なんで?

婚約者がいるなら、モテなくてもいいじゃん。

不思議そうにしているのが表情でわかったのか、鷲木さんは補足するように言ってくれた。

「誰が望んでも叶わなかった事ですから」

「え?じゃあ、俺が弟子の第一号ってことですか?」

嬉しいような、不安なような。

非常識な出来事が続いていたからか、この時の俺は発想も思考も、常識的な視点に頑張って戻ろうとしていた。

冷静に考えていれば、この後の恐ろしい体験を、避ける事が出来たかもしれないのに。

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