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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
34/81

〜34〜濡れ場の目撃

「ところで光はさ、藤沢にある瓊樹(けいじゅ)の学生だろ」

え?

突然学校名を言い当てられて顔を上げる。

「あ、はい。そうです。ご存じなんですね」

ワインを一口飲んで、頷いた安堂寺さん。

「理事長と知り合いだからな」

「え、そうなんですか!」

すげぇ、理事長なんて誰かも知らないよ。

「なんで関西にいるんだ?」

演奏の仕事なんだが、正直に言うべきか?

いや、ややこしいよな。

「部活、みたいなものです。明日、大阪で演奏するので」

「滞在予定は?」

「演奏後、帰る予定ですが……」

「ふーん。顧問は?」

得満(とくみつ)先生です」

言ったところで分かるのだろうか?

「得満、得満……あぁ、秋寅(あきとら)か。って事は雅楽部?」

「えっ」

驚いた。京都でうちの高校を知っていて、顧問も部活動まで知っている人に出会うなんて。

理事長の知り合いってのは嘘じゃなさそうだ。

「じゃあ、大丈夫そうだな」

「何が?」

俺の問いには答えをくれず、重ねて問われる。

「光を(かば)った女の子も同じ部?」

「はい、1コ上の先輩です」

「なんで庇われる事になったんだ?」

庇われた覚えはないんだけど。

答えられず、俺は思いっきり首を傾けた。

自分的には、ほぼ90度。

そんな俺を見て安堂寺(あんどうじ)さんの口が弧を描く。イケメンの笑顔は破壊力がある。

思わず首を正面に戻してしまった。

「光、俺の弟子にならない?」

はい?

弟子?……なんの?

無言のまま首を先程とは逆方向に、思いっきり傾けた。

「あの女の子、光の代わりに囚われたんだよ」

んん?何の話?

「光を取り込もうとしていたモノが、さっきの着物の女だな」

「それ、先輩も言ってたんですけど、着物の女って何ですか?何が見えてたんですか?」

「ん?……光、それも見えてなかったのか?」

「あ、はい……」

ふうん、と言って、安堂寺さんはテーブルに片肘をつき、顎を抱えて考え始めた。

「じゃ、音叉(おんさ)の後からチューニングが合ったってことか。元々見えない割に、すぐに見えたって事だ。自衛できているのに見えない?そんな事が……」

俺にと言うよりは、自分に言い聞かせているようだ。最後の方なんてぶつぶつ言ってて聞きとれない。なんだろうと思って見ていると、安堂寺さんはふとこちらに目を向ける。

「今まで、不思議な体験をした事は?」

これは俺に聞いているよな?

「特には」

「本当に?人に見えないモノが見えている事はなかったか。不思議な残像が見えるとか、影が目の前を横切るとか、そんな事はなかったか」

う〜ん、そんな事あったかなあ?

「人に見えているモノが見えていない、ならあったかもしれませんが」

俺の視野の狭さがなせる技だ。

なんの自慢にもならない。

「へえ……それって、なかなかいいね!やっぱ、弟子になんなよ」

自分を卑下して言ったつもりだったのだが、安堂寺さんはそれに興味を持ったようだった。

なぜ…………?

「失礼します」

疑問符をいっぱい浮かべて首を捻っていると、4回ノックの後に男性が入ってきた。

褐色の短髪に紺のスーツ。オレンジのようにも見える茶色の瞳が特徴的な、骨格がしっかりした男性だ。健康的に焼けた感じの肌色だ。軽薄な雰囲気は一切なく、誠実そうな印象を受けた。

金のブローチはないし、ここの従業員ではなさそうだな。

「礼さん、お久しぶりです」

安堂寺さんに向かってそう言った男性は、爽やかな薄い笑みを一瞬浮かべると、すぐに表情を引き締めて頭を下げた。

「先ほどは未桜(みお)が大変、失礼いたしました。よく言い聞かせておきますので、どうぞお許しください」

安堂寺さんに飛びついていた女性のことか。未桜さんって言うんだな。

「怒ってないよ」

「お連れ様にも、不快な思いをさせていないと良いのですが」

「光、免疫なさそうだし、驚きはしただろうけど……」

俺をじっと見る安堂寺さん。ややして、ニッと笑ってスーツの男性に言った。

「ま、大丈夫じゃないかな」

なんの免疫ですか!

「あれくらい、どうって事ないですよ。えっと、ところで……どなたですか」

目が泳いでいる事を悟られまいと、目前にある赤茶のソースがかかった肉を箸で掴みながら質問を飛ばす。

「さっき入口であった店員の婚約者」

「こ、婚約者!?」

あ、ダメだった。

動揺を隠すの失敗。肉が服に落ちた。

婚約者がいたのに、あんなに積極的な行動に出ていたのか、未桜さんという人は。

鷲木(わしき) (うさぎ)と言います」

俺にも軽く頭を下げた鷲木さんは、改まって安堂寺さんに向き直る。

「実は未桜の非礼を詫びに来たわけではありません。オーナーからシランス回収を命じられて参りました」

「急ぎ?」

そう言って安堂寺さんは青い小箱を取り出し、鷲木さんに渡した。

「別件でややこしい案件が入ったようです。今はそちらに取り掛かっておられますので、終わり次第、こちらに取り掛かるとの事です」

「時間的にギリギリってことか。ま、ちょうどよかった。菟ってさ、関西の案件管理してたっけ?」

「はい。クイーンの管理をしておりますので、そのレベルですが」

「うん、好都合。いくつか教えてくれないか」

「かしこまりました」

鷲木さんはタブレットを取り出す。

「今、フィヨン・システムに、一時的に礼さんを組み込みました」

そう言って安堂寺さんを見た。

安堂寺さんはタブレットを取り出して画面を確認している。

「人があまりいない場所がいい」

「軽い案件ではありませんが、5番はどうでしょうか」

「5番……うん、いいね」

「かなり山奥になりますので、わたしが直接ご案内致します。ただ、こちらのシランスは未桜に運ばせようと思いますが、大丈夫でしょうか」

鷲木さんの問いに、安堂寺さんは少し斜め上を向いて考える。

「ま、大丈夫かな。女の子が一人囚われているから、慎重に運ぶよう伝えて」

かしこまって頭を下げ、箱を持って退席しようとした鷲木さんの背中に、安堂寺さんが思い出したように声をかける。

「若月、一人だけど運ばせて大丈夫か」

鷲木さんは振り返らずにしばし固まっていたが、ややしてぎこちない笑顔を見せ、無言で頭を下げると静かに退室していった。

「どういう意味なんですか?怖い、とか?」

「いや、マズイってだけ」

「どうしてですか?」

「彼女、さっきのを雇い主にもやるんだよ。まあちょっとした挨拶みたいなもんでな」

あ、挨拶?あれが?

「彼女の能力に由来する行動なんだけどな。(さわり)があるだろ、色々と」

「まあ、誤解されますよね」

「ん〜、まぁ、それもあるんだけどな。彼女、口付けると霊体に干渉できるんだよ」

はい?

「まぁ、意味わかんないわな。あ、そうだ。食べ終わったらすぐ出るから、今のうちにその制服のシミ、落としておいで」

「わ、忘れてた」

それじゃあ、と俺は呟くように言って席を立った。

個室の扉をあけ、トイレのマークと矢印を辿って角を曲がる。

「矢印までもオシャレなんだな」

そう1人呟いて角を曲がる。それと同時に、ドスンと音がしたのでそちらに目がいった。

「ぅぉ!」

壁際で濃厚なキスシーンが展開されており、固まってしまった。

鷲木さんと婚約者の未桜さんだ。未桜さんは鷲木さんの首を両腕で抱えている。すがる様に(まと)わりついていると言う方が正しいか。鷲木さんの両腕も未桜さんの腰を抱えていた。凄い密着している。

通り過ぎようとしながらも、チラチラ見てしまう。

なるべく見ないようにしていたからか、本人達ではなく、未桜さんのつけているブローチが目に飛び込んできて、突然何に似ているのか分かった。

制服に縫いつけられている腕章を見て、確信を得る。

うちの校章と似ているんだ。

なるほど、と一人納得してトイレの扉を確認し、もう一度鷲木さん達をチラ見すると、ゆらりと揺れる変な幻覚が見えた。

「い!」

思わず声が出てしまった。

未桜さんの背中から、白い手がたくさん伸びていて、それが鷲木さんを覆い隠すように包んでいるように見えたからだ。しかも指先が気持ち悪く揺れている。

漏らした声のせいで、2人に気づかれてしまった。

と言っても、離れるわけでもなく、目だけがこっちに向いている。

怖い!

「す、すみません!」

トイレの扉を急いで開け、逃げるようにして入った。



***



夕方から濃厚な時間だったなとしみじみ思う。

だけどここで終わりじゃない。まだまだ絵の中に入るまでに、俺の知らない世界を次々と知っていく事になる。

まずはこの人を師匠と呼び始めるところから。

チーズスフレをつつきながら、続きを思い出していた。



***


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